ベンティサイズの孤独(幕間)
俺たちは雨を避け、スパイラルタワーズの地下にあるスタバへ逃げ込んだ。
地上のような喧騒はなく、コンクリートの壁に囲まれた空間はどこかシェルターじみている。
「はい、おじさんの分のタオル。それと、これ。温かいほうがいいでしょ」 凛が差し出してきたのは、何の飾り気もないドリップコーヒーのトールサイズだった。 俺は濡れたコートを椅子の背にかけ、泥だらけの顔をタオルで拭ってから、そのカップを受け取った。
「……悪いな」「お礼なら、今度の空手着の買い替え代に上乗せしといて。
あ、あと、さっきの男たちのクリーニング代もね。制服に返り血飛んだら最悪だったんだから」 凛はそう言って、さっきまで戦っていたとは思えない手付きで、自分のフラペチーノにチョコソースを追加している。
彼女の持つカップには、バリスタが描いた可愛らしいクマのイラスト。俺のカップには、ただ真っ黒な液体。
「なあ、凛。女子高生から見て、さっきの『カフェミスト、キャラメルソース抜き』って注文、どう思う?」 俺が問いかけると、凛はストローを咥えたまま、少しだけ考える仕草をした。
「うーん……。ありえない、かな。例えるなら『イチゴパフェ、イチゴ抜きで』って頼むようなもんじゃない? 意味不明。でも――」 彼女は窓の外、雨が滴るコンクリートを見つめた。
「本当にその飲み物が好きなんじゃなくて、『それしか頼めない理由』があるなら、ちょっと切ないかもね」「理由?」「そう。本当はもっと甘いのが飲みたいのに、甘いものを自分に禁じてるとか。
あるいは、誰かに自分の居場所を知らせるための、その人にしか分からない暗号とか」 凛の言葉は、時々、鋭いナイフのように真実を突く。
彼女は俺が三年間、何を求めてスタバを彷徨っているかを知っている。だが、決して深くは踏み込んでこない。それが彼女なりの優しさなのだと、俺も分かっていた。「……おじさん、納屋橋に行くんでしょ。準備はいい?」「ああ。コーヒー一杯分、体を温めたら行くさ」 俺は熱いコーヒーを喉に流し込んだ。 ブラックの苦みが、さっきの乱闘で切れた口の中の傷に染みる。
「凛、お前はここで待ってろ。ここから先は、大人の時間だ」「はいはい。そう言って、またボロボロになって電話してこないでよ? 名鉄の終電、結構早いんだから」 凛はふにゃふにゃになった紙ストローを器用に操りながら、最後のホイップクリームを掬い取った。 俺は空になったカップをゴミ箱に放り込み、まだ湿り気の残るトレンチコートを羽織る。 納屋橋まで、歩いて十分。 雨は、まだ止む気配がなかった。




