ベンティサイズの孤独(乱闘)
黒塗りのセダンから、二人の男が降りてきた。
雨に濡れたアスファルトを、磨き上げられた革靴が叩く。男たちの懐には、間違いなく「鉄」の重みがあるはずだ。
「……一分で済ませる、なんて大口叩くんじゃなかったな」 俺は奥歯を鳴らし、拳を構えた。
正直に言おう。俺は強くない。元警護員なんて肩書きは、反射神経が衰え、酒と不摂生でボロボロになった今の俺には、重すぎる看板だ。
一人の男が踏み込んできた。重い右のフック。俺はかろうじて腕で受けたが、衝撃で視界が火花を散らす。
「がっ……!」 腹を蹴り上げられ、雨の路上に膝をつく。
口の中に鉄の味が広がった。
「終わりか、探偵さん。泥水の飲みすぎで体が錆びついたか?」
男が嘲笑い、とどめの蹴りを繰り出そうとした――その時だ。
「――おじさん、また無茶してる」
雨の音を切り裂くような、凛とした声。
直後、男の横面に、目にも留まらぬ速さの上段回し蹴りが突き刺さった。
鈍い音とともに、大男の体が木の葉のように舞い、濡れた路面に叩きつけられる。
「あ……?」 もう一人の男が呆気に取られた瞬間、制服の上に赤いレインコートを羽織った影が、鋭い踏み込みで間合いを詰めた。
「正拳、一突!」 鋭い気合と共に放たれた突きが、二体目の男の溝打ちを正確に貫く。
男は呻き声さえ上げられず、その場に崩れ落ちた。「……凛、か」 俺は泥水を吐き出し、立ち上がった。 左神 凛。俺の兄貴の娘。
女子高生でありながら、フルコンタクト空手の全国大会常連という、我が家の最終兵器。
彼女は俺のピンチに、こともあろうにスタバの新作フラペチーノを片手に持って立っていた。
「もう。スタバで待ち合わせって言ったのに、なんで名駅のこんなとこで喧嘩してんの? ストロー、紙製だからすぐふにゃふにゃになっちゃうんだよ」
凛は不満げにフラペチーノを啜り、俺に手を貸した。「……悪かったな。急ぎの依頼が入ったんだ」「ふーん。また『あの人』のこと?」
彼女の鋭い視線に、俺は答えを窮した。
凛は俺が彼女を待ち続けていることを知っている数少ない人間だ。
「十時、納屋橋でしょ? 案内してあげるよ。おじさん、方向音痴なんだから」「……仕事だぞ」「ボディガードのボディガードが必要でしょ? それにこれ、期間限定。今日中に飲まないと後悔するもん」 俺は、彼女が差し出したふにゃふにゃのストローを眺め、苦笑した。
どうやら今夜の納屋橋は、コーヒーよりもずっと騒がしくなりそうだ。
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