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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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笹島のアンダーグラウンド3

 「おい、もういい、行け! 時間を食わせるな!」

 外で機動隊員の苛立たした怒鳴り声が響き、直後、バタンと不機嫌にフロントのボンネットが叩かれる音がした。 

プシュー、と再びエアブレーキが解放され、4トントラックの巨体が大きく揺れて前進を始める。

笹島の高架下に集まった夜の住人たちの野次と、パトカーの遠ざかるサイレンの音が、コンクリートの壁に反響しながら背後へと消えていった。 

俺たちは、街の泥臭い「お節介」に命を救われ、名駅周辺の網の目を完全にすり抜けたのだ。 

それから三十分ほど揺られただろうか。トラックが完全に停止し、ガチャンと観音開きの扉が外側から開け放たれた。 

流れ込んできたのは、雨混じりの冷たい夜風と、どこかアジアの路地裏を思わせる、スパイスと異国の調味料が混ざり合った独特の匂い。

「左神の旦那、ここまでだ。ここは中区の、大須の裏路地だ」 

作業服の男が手短に言い、俺たちに一足の古いスニーカーと、地味なマウンテンパーカーの束を放り込んできた。

「旦那のトレンチコートは目立ちすぎる。それを着て雑踏に紛れな。豊のハゲ親父にも連絡は通してある。……あんたが人殺しなんかじゃないってこと、港の連中全員が信じてるからな」

「……ありがとよ」 

俺は汚れたトレンチコートを荷台の隅に脱ぎ捨て、泥のついたパーカーを羽織った。

隣では、レナ――玲那が、ピンクの染みがついた白いワンピースの上から、大きすぎるメンズのナイロンジャケットを嬉しそうに羽織り、フードを深く被っていた。 トラックはそのまま夜の闇へと消え、俺たちは大須観音の裏手にある、街灯の切れた暗いアーケードの影に取り残された。 

昼間は古着屋やオタクショップ、多国籍の屋台でごった返す名古屋最大の混沌の街も、深夜三時を回れば、ただの不気味な巨大な迷宮だ。

「ねえ、おじさん。さっきの、見てくれた?」

 玲那が、マウンテンパーカーのポケットに無理やり俺の手を突っ込み、その中で自分のスマホの画面を光らせた。 

液晶の放つ淡い光の中に表示されていたのは、スタバの公式アプリの注文確定画面。 

『大須万松寺店。明日12時。モバイルオーダー完了』 その注文履歴の末尾には、トッピングの数値を不自然に配列した、新たな「死のレシピ」が刻まれていた。

『ホワイトモカ。エスプレッソショット追加×3、チョコチップ追加×7、キャラメルソース追加×0』 

俺はその数字の並びを脳内で即座に反転させ、戦慄した。 

「3」「7」「0」――。 

それは、大須の闇ルートで本物の偽造パスポートを取り扱う、裏社会のブローカーが使う暗号ダイヤル(周波数)だった。 

彼女は俺に、自分を海外へ高飛びさせるための「本物の偽造書類」を、明日この大須のスタバで手に入れろと要求しているのだ。

「おじさんの『逃し屋』としての腕前、楽しみにしてるね。……もし失敗したら、今度はこの街の誰の口に、バニラビーンズが詰め込まれるか分からないよ?」

 玲那はあどけない少女の声を響かせ、俺の首元に冷え切った指先を這わせた。 

神楽坂グループの総本山を爆破し、すべてを灰にした怪物は、今度はこの大須の混沌を利用して、自らを世界へと羽ばたかせるための最後のチェックインを始めようとしていた。 

俺は、彼女の冷たい手を強く握り締め、暗いアーケードの奥へと歩き出した。 

凛を巻き込み、千影を狂わせ、街の人情を血で汚した終わりのない警護。 

その第二の戦地となる大須の街に、冷淡な夜明けの霧が、静かに立ち込めようとしていた。

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