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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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三分間のラスト・オーダー

 二十一時五十七分。地上二百メートルの空中庭園は、文字通りの地獄へと変貌しつつあった。 ガラス張りの社長役員室。その広大な空間を、ビルの基幹システムが異常を告げる真っ赤な警告灯パトライトが、冷酷な規則性を持って照らし出している。天井の排気口からは、目に見えない都市ガスが不気味な音を立てて室内に充満し始めていた。靴の裏に染みつくような鉄と硝煙の匂いの中に、現社長・神楽坂宗一郎の口元から滴る、あの甘ったるいキャラメルソースの死臭が濃く混ざり合っている。 その光の海の真ん中で、白いワンピースを着た「レナ」――いや、あどけない童顔の皮を被った悪魔、玲那が、自らの細い喉元に冷たい銃口をピタリと突き立てたまま、楽しげに笑っていた。「おじさん、あと三分。三分経ったら、この部屋にあるすべての火花がガスと同期するの。私とパパ、そしてあなたたちも一緒に、この街の綺麗な夜景の一部になるんだから。……ねえ、本当に私を撃てる?」 彼女の左手に握られたスマホの画面には、ハッキングされたタイマーが残り『二分三十秒』を告げて刻一刻と数字を減らしている。警察の突入よりも早く、このビルそのものを無理心中の巨大な棺桶へと変えるための秒針だ。「左神! その女を撃て! 爆破を止めろ!」 意識を失った宗一郎の巨体を抱え、退路を確保しようとしていた千影が、血走った目で俺に叫んだ。だが、俺の右手はトレンチコートのポケットの中で硬直したまま、引き金に指をかけることすらできなかった。 撃てるわけがない。それを、目の前の怪物は完璧に見抜いている。無垢な少女の笑顔の奥から、三年前のあの雨の夜、名駅の時計台の下で俺の胸に顔を埋めた玲那の幻影が、嘲笑うようにこちらを見ていた。「撃てるわけないよね。おじさんは、私を『逃がす』ってあの日約束したんだもの。どんなに私が汚れても、どんなに人を殺しても、おじさんはわたしの唯一のサードプレイス(居場所)でいてくれる。……そうでしょ?」

 玲那の真っ赤な唇が、歪んだ大人の愛着を込めて囁く。

彼女の指先が、引き金へとじわりと力を込めていくのが分かった。 

俺は、激しく明滅する真っ赤な光の中で、静かにため息を吐いた。

そして、左手に持っていた、キョウコさんから手渡されたあのベンティサイズの紙コップを、社長室の重厚なマホガニーのデスクの上へと、音を立てて置いた。

「……生憎だが、玲那。お前のモバイルオーダーは、もう注文が通っちゃいないぜ」

「――え?」 

玲那の完璧だった笑顔が、初めて微かに凍りついた。

「十五階のスタバで、俺の仲間たちが仕掛けた注文爆撃(DDoS攻撃)。あれの本当の狙いは、お前の端末をフリーズさせることじゃない。キョウコさんたちバリスタが、数千件の偽装注文データの中に、スタバの社内回線を経由した『特定の暗号コード』を混ぜ込んで、お前のサーバーへ逆流させたんだ」 

俺の言葉と同時に、玲那のスマホの画面が、バチバチと激しいノイズを立てて暗転した。 

残り一分四十五秒。 

真っ赤に明滅していたハッキングタイマーの数字が、その場でピタリと停止する。

スタバのサードプレイス(人情のネットワーク)が、彼女が構築した冷酷なデジタルシステムを、内側から完璧にハッキングし返した瞬間だった。

ビルのガス供給停止バルブが遠隔で強制遮断され、中央制御室のアラームが、ふっと消えた。

「……やっぱり、おじさんは、最高に邪魔な警護員ボディガードだね」 

玲那の瞳から、あどけない少女の光が完全に消え失せた。

自らの喉元に向けていた銃口が、今度は迷いなく、俺の眉間へと水平に向け直される。 

残り一分。システムによる自動心中は止まった。

だが、この二百メートルの上空で、本物の「心中事件」の引き金が引かれようとしていた。

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