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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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15階スタバ、偽りのチェックイン

二十一時三十分。

名駅の巨大な吹き抜けを貫くシャトルエレベーターは、夜の静寂へと向かう重たい空気を含んで、静かに上層階へと滑り上がっていた。 

ガラス窓の向こう、名古屋の夜景が地上二百メートルに向かって一気に広がっていく。

だが、その百万ドルのネオンの輝きが、俺にはすべて、張り巡らされたカウントダウンの数字のように見えてならなかった。 

JRゲートタワー15階。 

日本で一番高い場所にあるスターバックスのフロアに降り立った瞬間、俺たちの皮膚に、ピリピリとした無機質な緊張感が張り付いた。 

フロアのあちこちには、私服を装ってはいるが、衣服の下に明らかに重い「鉄」の感触を隠した神楽坂グループの私設SPたちが鋭い眼光を走らせている。

さらにビルの外周は、長久手の事件で俺を連続猟奇殺人犯と断定した愛知県警の機動隊が、完全に包囲網を固めていた。 

誰もが、俺が「暗殺者」として、ここに殺しに来るのを待ち構えている。

 だが、俺は逃げも隠れもしない。

くたびれたトレンチコートの襟を立て、堂々とガラス扉を押し開けて入店した。

「……遅かったじゃない、左神さん」 

閉店間際の、客の疎らなカウンター。 

そこに立っていたのは、第2話で星ヶ丘テラス店にいたはずのベテラン店員――キョウコさんだった。

彼女の胸元には、誇らしげなブラックエプロン。 

彼女は俺の汚れきった顔を見ても、驚く素振りすら見せなかった。

ただ無言で、湯気を立てるドリップコーヒーのベンティサイズをカウンターに差し出す。

ブラック。

氷はなし。俺たちの間で、それ以上の言葉は不要だった。

「キョウコさん……。なぜ、あんたがここに」

「あなたがここに来るって、街のタクシー運転手や藤が丘の男の子たちから連絡が回ってきたのよ。名駅の店長に無理を言って、今夜だけシフトを代わってもらったわ。……あなた、また最高に不味そうな顔をしてるわね」 

キョウコさんは鼻で笑いながら、カウンターの陰で、レジの横にあるカスタムハッキング端末のスイッチを入れた。 

これこそが、俺がこれまで名古屋の街で撒いてきた「お節介」という名の種が結実した、最大の反撃だった。

「始めなさい。……この街の探偵さんに、最高のサードプレイスを用意してあげるわ」 

キョウコさんの合図と同時に、店内にいた「客」に変装していた地元の若者たち、そして深夜営業を終えた豊のタクシー仲間たちが、一斉に自分のスマホを開いた。 彼らが仕掛けたのは、暴力ではない。スタバのシステムそのものを利用した、前代未聞の「偽装注文爆撃(DDoS攻撃)」だった。 

レナ――いや、最上階で待つ玲那のハッキング端末に向けて、名古屋中の協力者、総勢数百人から、この15階店へのモバイルオーダーが同時に、数千件規模で送信され始めた。

『エスプレッソショット追加×10、キャラメルソース抜き、バニラシロップをアーモンドに変更、氷抜き、豆乳へ変更――』 

ありえないトッピングの文字列が、システムの許容量を超えて玲那のハッキングサーバーへ雪崩れ込む。

画面の向こうで、彼女がビルの防犯システムを遠隔操作するために使っていた通信回線が、偽の注文データの波に呑まれ、一瞬にして完全にフリーズした。

「左神、ビルのセキュリティログがジャミング(電波妨害)されたぞ。

監視カメラの映像が完全にストップした。

……行くぞ!」 

背後に音もなく現れた千影が、防水コートの裾を翻してバックヤードの専用エレベーターへと駆け出す。 

俺はキョウコさんから受け取ったベンティサイズの紙コップを握り締め、彼女に小さく頷いた。

「ありがとよ、キョウコさん。お陰で、上等なチェス盤が仕上がった」

「生きて戻りなさいよ、左神さん。ワンモアの2杯目、165円で用意して待ってるんだから」 

閉店を告げる穏やかなBGMが流れるスタバを背に、俺たちは最上階の役員室へと続く、最後の死線の中へと飛び込んだ。

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