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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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港湾の人情と、二重の包囲網

灰色の軽自動車は、地鳴りのようなロードノイズを響かせながら、名四国道を南へと下っていた。

 港区の臨海工業地帯へと近づくにつれ、車窓の景色は巨大なクレーンやコンテナの山、そして煤けた赤錆色の製鉄工場へと姿を変えていく。

空を覆う重油混じりの低い雲が、まるで今にも崩れ落ちてきそうなほどに重たい。  

すでに長久手の事件から数時間が経過しており、愛知県警が発した俺への緊急手配は、最悪のレベルにまで達していた。

「おじさん、見て。あそこの交差点、お巡りさんがいっぱい。車を一台ずつ止めて中を覗いてるよ」 

助手席のレナが、フロントガラスに細い指を突きながら、まるで遠足の道すがら珍しいビルを見つけたかのような調子で言った。 

彼女の指差す先、金城ふ頭へと続く唯一の臨港海道の手前には、赤色灯を激しく明滅させたパトカーが四台横付けされ、防弾チョッキを着込んだ機動隊員たちが検問のバリケードを築いていた。 

今の俺は、スタバのシステムを利用して次々と神楽坂グループの幹部を屠る「正体不明のシリアルキラー」だ。顔を割られた指名手配犯がこの検問を突破することなど、普通に考えれば不可能だった。

だが、普通じゃないやり方なら、俺にはまだ残されている。  

俺はダッシュボードに置いた臨時の無線機を掴み、周波数を合わせた。

「……こちら左神。十三号地の手前で完全に足止めを食らっている。力を貸してくれ」 

ザザッ、と激しいノイズの向こうから、潮の香りが染みついたような野太い男の声が返ってきた。

「待ってたぜ、左神の旦那。あんたがサツに追われてるって聞いたときは肝を冷やしたが、あの神楽坂の犬どもを小気味よく片付けてるってありゃあ、本当かい?」

「話せば長くなる。だが、今は時間がないんだ。俺の身内が、あそこの倉庫に囚われている」

「分かった。昔、俺たちの密輸の濡れ衣を命がけで晴らしてくれた恩、ここで返さなきゃ男が廃る。野郎ども、網を上げるぞ!」 

その直後だった。 

検問の手前、片側三車線の道路を埋め尽くしていた大型のキャリアカーや、20トントラック、海コンを引っ張ったトレーラーたちが、まるで示し合わせたかのように同時に蛇行を始めた。 

プシューッ! という激しいエアブレーキの音が何重にも重なり、轟音と共に一台の巨大なトレーラーが交差点の真ん中で斜めに停止する。

「おい! ナンバー3のコンプレッサーがいかれちまった! 動かねえ!」

「こっちもだ! シャフトがロックした!」 

運転席から飛び出してきた強面の労働者たちが、わざとらしくボンネットを開けて怒鳴り散らし、道路を完全に物理封鎖したのだ。

背後からは何十台もの大型車がクラクションを鳴らし、臨港海道は一瞬にして身動きの取れない大渋滞の地獄へと変貌した。

「おい、車を動かせ! どけ!」 警察官たちが血相を変えて拡声器で叫ぶが、トラック乗りたちは「動かせねえもんは動かせねえんだよ!」と逆に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。

警察の包囲網は、港の男たちの「お節介」という名の悪意によって、内側から完璧に麻痺させられていた。「すごいね、おじさん」 レナが窓の外、警察官たちを怒鳴りつけているトラック運転手の姿を見つめながら、感心したように呟いた。

「またおじさんの『人情』が街を動かしたんだ。みんな、おじさんが人殺しだって信じてるのに、それでも助けてくれる。……でもね、その人たちの優しさ、本当に最後まで持つかしら」 

彼女の横顔を、パトカーの赤い光が規則的に照らし出していく。

その瞳は、命がけで道を切り拓いてくれた労働者たちの血の滲むような善意を、ただの使い捨ての舞台装置として冷酷に眺めていた。

「豊、今のうちに側道から臨海堤防のキャットウォークへ回れ。車はそこに乗り捨てる」 

俺はレナの言葉を無視し、灰色の軽自動車のギアをローに入れた。 

渋滞の脇、トラックの巨体の隙間をすり抜けながら、俺たちは警察の目を完全に眩まして、神楽坂グループの私設倉庫がある第2工区へと潜入した。 

しかし、警察の網を抜けた先に待っていたのは、さらに深い血の匂いだった。 

倉庫の周囲には、すでに「暗殺者・左神豊が襲撃してくる」というデマと恐怖に突き動かされた、神楽坂グループの武装SPたちが十数名、自動小銃の詰まったケースを抱えて完全に戦闘態勢で待ち構えていた。 

 俺は、助手席に座る小さな怪物の手を握り締めた。 これから向かうのは、サードプレイスなどではない。

血と硝煙で満たされた、本物の屠殺場だ。

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