制服の探偵と、ふにゃふにゃのストロー(結)
深夜一時。
作戦を数時間後に控えた名駅近くの古い雑居ビル。
左神の個人事務所には、重苦しい沈黙が流れていた。 机の上には、藤が丘の高級マンションの図面、そして「逃し屋」として手配した偽造パスポートが並んでいる。「おじさん、これ見て」 私がカバンを放り出し、スマホの画面を突き出すと、おじさんはトレンチコートを羽織る手を止めて眉をひそめた。
「凛、早く家に帰れと言ったはずだ。ここから先は――」
「大人の時間、でしょ? いつまでも子供扱いしないで。
……これ、昼間にぶつかったあの『レナ』って女の子のスタバのアカウント。モバイルオーダーの履歴を見て」 画面に映し出されたのは、彼女が昨日注文したシールの写真だった。
『バニラビーンズ追加×5』
「これがどうした」
「昨日の夜、高架下で死んでた配達員の口に詰め込まれてたものと同じ。その前の星ヶ丘の事件のときだって、彼女のオーダーには『キャラメルソース追加×9』って履歴があったの。おじさん、これがただの偶然だと思う?」
おじさんの身体が、微かに硬直した。
死体の傍らに残されていた、スタバのカップ。警察はおじさんをシリアルキラーとして疑っているが、その「殺人のレシピ」を事前に指定していたのは、他ならぬ守るべき対象であるはずの「娘」だった。
「彼女はおじさんを呼んでるんじゃない。おじさんを『犯人』に仕立て上げるために、スタバのシステムを使って死体を並べてるんだよ!」
私の叫びが、狭い事務所に虚しく響く。
おじさんは静かにスマホから目を離し、煙草に火をつけた。
紫煙の向こう側で、その目は酷く冷めていた。「……凛、お前の言う通りかもしれないな」
「じゃあ、作戦は中止だよね?」
「いや、行くさ」
おじさんは灰皿に煙草を押し付け、図面を鞄に仕舞い込んだ。
「あの子が怪物だろうが、何だろうが関係ない。
俺が約束したのは、玲那を――そして玲那が遺したものを、この街から安全に逃がすことだ。
たとえその果てに、俺の首に縄がかかるとしてもな」
「おじさん……!」
「ワンモアのコーヒーは、もうお終いだ。凛、お前はもう首を突っ込むな」
おじさんは私の肩を軽く叩くと、重いコートを翻して夜の闇へと消えていった。
机の上に残されたのは、冷めきったスタバの紙コップと、ふにゃふにゃに折れた私の紙ストローだけだった。




