第4話 かわいそうなお義姉様
「あら、もう?」
「帽子店や仕立て店から、昨日こちらへ届きました」
私が答えると、お義姉様は初めてこちらを向いた。
「まあ、ヴェロニカが預かっているのね。では、お支払いをお願いするわ」
「……合計額をご存じですか?」
「細かくは見ていないわ。店の方に任せましたもの」
「北の村の水路を直せるほどの金額です」
お義姉様の口元から笑みが消えた。
「ねえ、ヴェロニカ、それは、私に買い物をするなという意味?」
「いいえ、ただ金額をご確認いただきたいのです」
「必要なものを買っただけよ」
「香水が六本ございますが……」
「どれも、香りが違うでしょう?」
「夜会用のドレスも含まれていました」
「招待された時に、着るものがなければ困るわ」
「来月、夜会のご予定があるのですか?」
「今のところはないけれど、そのうちあるでしょう」
お義姉様はカップを受け皿へ戻した。
「あなたはまるで、私が無駄遣いをしたように言うのね」
「そんな…… 支払いの相談です」
「同じことよ」
「オクタヴィア」
義母がたしなめるように名を呼ぶ。お義姉様は母親へと向き直った。
「だって、お母様。私が何を買っても、ヴェロニカったら、領地のことばっかり言うのよ。ここへ戻ってきてから、必要なものをそろえているだけなのに」
「ヴェロニカも、あなたを責めたいわけではないわ」
「では、どうして朝からこんな話をするの?」
朝から話すつもりは私にはなかった。お義姉様が自分で請求書の話を始めたのだ。
「昨日、届いたばかりが、支払期限が近いため、お義父様へ相談しようと考えておりました」
「まあ! 父に言いつけるつもりだったのね」
「家のお金ですから、当主へ確認するのは当然です」
「家のお金なら、私が使って何が悪いの?」
お義姉様は確かにランフォード家の娘だ。
けれど、結婚した時に家から持参金を受け取って婚家へ入った。そして実家へ戻った後の生活費については、両家で正式な取り決めができていない。
それだけではない。正式な離縁も成立していなかった。
夫婦の間で交わされる手紙は少なく、弁護士を立てた様子もない。
義父は先方から話が来るのを待ち、先方もお義姉様が戻るのを待っている。
もう、八か月間、何も進んでいなかった。
「オクタヴィア。今はヴェロニカが家計を預かっているんだ」
義父が新聞を畳んだ。
「領地の修繕が重なっているなら、お前も買い物は少し控えなさい」
「そんな、お父様まで……」
「お前も必要なものは、もう十分にあるだろう」
「私がどんな暮らしをしてきたか、お父様はご存じないから、そんなことを言えるのよ!」
お義姉様は椅子から立ち上がった。
「向こうの家では、何をするにも許可が必要だったのよ! 茶会を開くにも、招待客の名簿を見せろと言われたの。ドレスを作れば、去年のものがまだ着られるでしょうと言われたし! そんな暮らしを六年も続けたのよ、私!」
「伯爵夫人なら、家の支出を相談するのは普通ではないのか」
義父が尋ねる。
「お父様にはわからないわ!」
お義姉様の声がひときわ高く、食堂に響いた。給仕たちは目を伏せ、壁際に控えている。
「私はあの家で、ずっと責められていたのよ。夫の仕事に関心を持て、領地のことを覚えろ、子供の教育を考えろ。何をしても足りないと言われたわ」
「まあそれは…… つらかったわね」
義母が席を立ち、お義姉様の腕へ触れた。
「戻ってきたばかりの頃も、夜になると眠れないと言っていたものね」
「今だって、あの家のことを思い出すと苦しくなるわ」
「もう考えなくていいのよ」
「子供たちのことだって、忘れた日はないの」
お義姉様は目元を押さえる。
「ああ、オスカーは寒がりだから、ちゃんと厚い上着を着せてもらっているかしら。リリアナは夜に怖い夢を見ると、私の部屋へ来ていたのよ」
「そんなに会いたいなら、迎えに行ってはどうだ」
義父が言う。すると即座にお義姉様は顔を上げた。
「お父様! 私に、あの家へ戻れとおっしゃるの?」
「戻れとは言っていない。子供に会うための話し合いをすればよい。必要なら私も先方へ手紙を書く」
「嫌よ!」
返事は早かった。
「またあの人たちに何を言われるかわからないもの。絶対、私が悪いと決めつけられるわ」
「弁護士を通せばよいのではないですか?」
私は口を挟んだ。
「直接会わずに、子供たちとの面会を求めることもできます。先方が拒むなら、正式な手続きを進めればよいのです」
「簡単に言わないで!」
「簡単なことだとは申しておりませんが……」
「あなたは何でも書類で済むと思っているのね」
「書類は、子供たちへ会うために必要です」
「でも、私という母親から子供を奪ったのは向こうよ! どうして私が頭を下げなきゃいけないの」
子供を置いて出てきたのは、お義姉様だった。先方が面会を拒否したという手紙も届いていない。
それでも義母は、お義姉様の背をさすっている。
「今すぐ決めなくてもいいのよ。心が落ち着いてから考えましょう」
「ええ、ええ、お母様。私、まだ無理だわ」
「そうよ、あなたは十分頑張ったもの」
義父も先ほどの提案を引っ込めた。
「では、しばらく様子を見るか」
お義姉様は涙を拭い、再び椅子へ座る。
給仕が新しい茶を注ぐ。数分前まで支払いをどうするか話していたはずが、いつの間にか、お義姉様を慰める時間になっていた。
「それでヴェロニカ、請求書は?」
茶を一口飲んだ後、お義姉様が尋ねた。
「支払わなければ、お店に迷惑がかかるでしょう?」
「オクタヴィア」
義父がため息をついた。
「今回だけだぞ」
「ありがとうございます、お父様」
お義姉様はすぐに笑った。
「ヴェロニカ。そういうことだから、お願いね」
「用水路の契約金はどうなさいますか?」
「そこは、お前が調整してくれ」
義父は新聞を広げ直した。
「領地のことは、これまでどおりお前に任せる」
「……北の村では、次の雨まで持たない可能性があります」
「雨が降ると決まったわけではないだろう?」
「崩れてからでは遅いのです」
「だから、《《何とかしてほしい》》と言っているのだよ」
義父の声には、怒りも苛立ちもなかった。私なら方法を見つけると、本気で信じているのだろう。
「そうそう、ヴェロニカはしっかりしているもの。きっと大丈夫よ」
義母も同意した。お義姉様は、砂糖を一つ茶へ落とした。
「それなら安心ね」
*
食堂を出ると、玄関広間に箱が積まれていた。
帽子箱が三つ。仕立て店の大箱が二つ。香水店の包み。宝飾店の小箱は、お義姉様の侍女が抱えている。
運び込んだ御者たちが、ハロルドの前に立っていた。
「……若奥様」
ハロルドがこちらへ来る。
「馬車の代金についても、支払いを求められております」
「店から屋敷までの運賃ではないのですか?」
「昨日、オクタヴィア様が王都から郊外のお屋敷へ向かわれ、その後こちらまで来たため、二日分になるそうです」
請求額を聞くと、村へ土嚢を運ぶ荷馬車を、三台出せる金額だった。
「……支払ってください」
「よろしいのですか」
「御者に待ってもらうわけにはいきませんから」
「かしこまりました」
ハロルドは会計係を呼びに行った。
私は積まれた箱の横を通り、執務室へ戻った。机の上には昨日の請求書と、北の水路の報告書が並んでいる。
義父から支払いの許可は出たから、四通の請求書を処理し、馬車代も家計へ加える。
だがその分、どこかを削らなければならない。
南の橋は延ばせない。領兵の冬服も、これ以上薄くできない。
医師の給金を減らせば、せっかく来てもらった診療所を去るだろう。
種籾の貸付金は、すでに村へ約束している。
削れる場所を探して帳簿を開いた時、扉が叩かれた。入ってきたのは、お義姉様だった。
「ヴェロニカ、少しよいかしら」
「何でしょう」
「来週、王都へ行くでしょう?」
「その予定はございません」
「あら。仕立て店へ支払いに行くのではなくて?」
「送金します」
「あら、そうなの」
お義姉様は残念そうに椅子へ腰を下ろした。
「では、馬車だけ貸してちょうだい。エレノア様がお茶会を開くの。昨日、誘っていただいたのよ」
「領地用の馬車は修理に入ります。王都用も、来週はお義母様がお使いになる予定です」
「あら、一台くらい、どうにかならない?」
「なりません。無理です」
「それは困ったわね。せっかく誘っていただいたのに」
「貸し馬車をお使いください」
「私が?」
お義姉様は聞き間違えたように首を傾けた。
「伯爵家の娘が、貸し馬車でお茶会へ行けと言うの?」
「昨日も貸し馬車でお戻りになりましたでしょう?」
「あれは急だったから仕方がなかったのよ。今度は、皆が見ているじゃないの」
私が返事をしないでいると、お義姉様は机の上の報告書へ目を向けた。
「また領地の仕事?」
「はい」
「あなたも大変ねえ。けれど、たまには息抜きをした方がいいわ」
「ありがとうございます」
「そうだわ。一緒に行きましょうよ」
「いいえ、結構です」
「遠慮しなくていいのに。お母様の言うとおり、あなたは少し地味すぎるもの。王都の方々とお付き合いをすれば、リュシアンも喜ぶわ」
「来週は、水路の件がございます」
「それくらい、家令に任せればよいでしょう?」
お義姉様は、昨夜届いたばかりの帽子を直した。
「ヴェロニカは真面目すぎるのよ。だから、何でも抱え込んでしまうのね」
そして笑いながら、もう一度言った。
「馬車のこと、お願いね」




