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「何とかするのがお前の仕事だろう」と言われましたので、すべてを引き継いで出ていきます。  作者: さんけい


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第25話 何のためのお茶会ですの

 翌朝、ロベールは朝食前に馬を出させた。

 玄関前へ降ろされた荷物は、革鞄が一つ。従僕の分を合わせても、到着した時と同じ二つだけだった。


「なあ、せめて朝食を食べていけよ」


 見送りに出たリュシアンは、まだ上着の釦を留めている途中だった。


「街道沿いの宿で食べる。日のあるうちに帰りたい」

「二泊の予定だっただろう? 釣りへ行く話もしていたじゃないか」

「その釣りも、いつ出るのか決まっていなかった」

「今から決めればいいじゃないか」

「馬へ荷を載せた後で?」


 従僕が手綱を引き、二頭を玄関前へ並べる。

 ロベールは鞍へ上がる前に、一通の封書を侍従へ渡した。


「これを、モラン公証事務所へ届けてくれ。料金はこちらで払う」

「モラン公証人へ、何の用だ?」

「《《ヴェロニカ夫人への》》礼状だ」

「礼状?」

「三年前のことまで覚えて、食事の引き継ぎを残してくれていた。おかげで昨日は、肉を食べずに済んだ」

「そんなもの、料理人が覚えておくことだろう」

「今の料理人は、初めて会う私の食事まで知らん」


 ロベールは手袋を嵌めた。


「お前が夫人の居場所を知らなくても、公証人なら手紙を届けられる。それだけだ」

「俺の友人から、妻に手紙を出すのか」

「礼を伝えるだけだ。中身が気になるなら、公証人へ尋ねろ」


 鐙へ足を掛け、馬上から玄関広間をのぞく。侯爵家の書記たちは、朝から長卓へ書類を広げていた。


「この騒ぎが片づいたら、改めて招いてくれ」

「それなら来るんだな?」

「泊まる部屋と、当日の予定が《《決まっていればな》》」


 馬が石畳を進む。リュシアンは門が閉まるまで見送ったあと、侍従へ向き直った。


「なあ、その手紙、本当に公証事務所へ届けるのか?」

「ロベール様より料金もお預かりしております」

「俺には見せずに?」

「宛先はヴェロニカ夫人でございます」


 封書は、朝の便を入れる籠へ収められた。


 *


 昼前になると、客室から外された薔薇が玄関広間へ運ばれてきた。

 白い花はまだ開いている。暖炉に近かった四本だけ、花弁の縁が茶色くなっていた。


「それは裏へ回して。こちらの八本を玄関へ。残りは広間に足してちょうだい」


 伯爵夫人は侍女へ指示を出しながら、花の間を歩いていた。


「食堂の分が足りなくなります」

「庭から何か切ってくればよいでしょう」

「昨夜、庭の花ではいけないと、オクタヴィア様がおっしゃっていましたが」

「あの子の部屋へ飾る話でしょう。食堂なら葉でも構わないわ」


 侍女は確認表へ書き込み、庭師を呼びに行った。

 広間の卓には、席札が十六枚並んでいる。伯爵夫人は二枚を入れ替え、また元へ戻した。


「ヴァロン伯爵夫人は、こちらでよいかしら」

「主賓ですから、お母様の右でしょう?」


 オクタヴィアが、自分の席札を伯爵夫人の左へ置いた?


「あなたも出るつもりなの?」

「私もランフォード家の娘よ」

「ベルモント家との話が済んでいないでしょう。今日いらっしゃる方の中には、先方と親しい方もいるのよ」

「だからこそ、私から事情をお話しした方がよいわ」

「慈善茶会で、ご自分の離縁についてお話しするの?」

「聞かれたら答えるだけよ。ヴェロニカのことだって、きっと聞かれるわ」


 オクタヴィアは自分の席札を押さえた。


「その時、誰が説明するの?」

「リュシアンでしょう」

「お客様は、女性ばかりよ」

「では、あなたが説明なさい」


 伯爵夫人は席札を十七枚に増やすよう侍女へ頼んだ。


「お母様。私の席はどこ?」

「今、決めているでしょう」

「ここへ置いたわ」

「そこはマルセル子爵夫人の席よ。あなたは端へ移って」

「どうして私が端なの!」


 玄関の鐘が鳴った。

 伯爵夫人は置時計を見る。針は二時の五分前を指していた。


「もういらしたの?」

「ご案内状には、二時からと記されております」


 ローレン管理官が、茶会の控えを開いた。


「最初はどなた?」

「ヴァロン伯爵夫人です」

「主賓が最初に来てしまったの?」

「開始時刻に合わせてお越しです」


 席札はまだ、卓の上で十七枚に増えたところだった。


 *


 ヴァロン伯爵夫人は玄関で記名を済ませ、長卓の上を見た。


「まあ、今日は、ずいぶん大勢の方がお仕事をなさっているのね」

「侯爵家から、領地管理の確認にいらしているのです」


 伯爵夫人は、書記たちを隠すようにヴァロン伯爵夫人の前へ立った。


「ちょうど書類の整理をしていただいておりますの」

「管理調査と伺いましたけれど」

「呼び方が大げさなのですわ。どうぞ、こちらへ」


 広間では、庭から切ってきた常緑樹の枝を侍女が花瓶へ押し込んでいた。枝の先が長すぎて、白い薔薇が半分隠れている。


「あら。今日は緑が中心なのね」

「秋らしくてよいでしょう?」


 続いて、マルセル子爵夫人と娘、フェラン男爵夫人、近隣の領主夫人たちが到着した。

 客が十二人まで増えたところで、伯爵夫人は席札を配らせた。二人が名前を探し、卓の周りを一周する。


「私の札がないようですけれど」


 フェラン男爵夫人が、空いた椅子の前で立ち止まった。


「そんなはずはありませんわ。お返事をいただいておりますもの」


 伯爵夫人は席札を一枚ずつ確かめた。


「フェラン、フェラン…… こちらはフェラン卿のお母様ですね」

「義母は本日、参りませんが?」

「では、この札をお使いになって。《《お名前は同じ》》ですもの」

「義母は伯爵令嬢で、私は男爵家の出です。席順まで同じにはなりませんわ」


 ヴァロン伯爵夫人が、自分の右隣の席を指した。


「こちらへいらっしゃいな。私は気にしませんよ」

「申し訳ございません」


 フェラン男爵夫人は、義母の席札を伏せて座った。

 オクタヴィアの前には、マルセル子爵夫人の札が置かれている。当の子爵夫人は、卓の反対側へ移されていた。


「昨年までは、ヴェロニカ夫人が席を決めていらしたわね」


 ヴァロン伯爵夫人が、膝へナプキンを広げた。


「ご体調でも悪いの?」

「ヴェロニカは、今、屋敷を離れておりますの」


 返事を聞いた卓の三か所で、カップを置く音が重なった。


「ご実家へ?」

「まだ、どこへ行ったのか分からないのですわ」


 オクタヴィアが身を乗り出した。


「公証人だけが知っていて、家族へ教えてくれませんのよ」


 ひどい、と小さく声が漏れる。


「それは、ご本人が望んでいらっしゃるからでしょう」

「でも、家族なのですよ?」

「離縁を申し立てておられるとも伺いましたけれど」


 マルセル子爵夫人の問いに、夫人は娘を見た。


「……その話は、今日のお茶会とは関係ありませんわ」

「ええ。慈善のお話をいたしましょう」


 ヴァロン伯爵夫人は小さな鞄を開き、封筒を取り出した。


「寄付金は、どちらへお渡しすればよいのかしら」

「寄付金……」


 夫人は広間を見回した。

 入口に控えていた侍女が、隣の侍女を見る。二人の間をトレイが一度往復し、ローレン管理官のところへ届いた。


「寄付箱は、引き継ぎ品の中にございます」

「では、持ってきてちょうだい」

「鍵と受領簿が、当日用の封筒に入っております。今朝、開封のご確認をお願いしましたが、席札を先にするよう伺いました」

「なら、今開ければよいでしょう」


 管理官は広間を出て、緑の紐で綴じた書類と木箱を持って戻った。

 封筒の表には、ヴェロニカの字で書かれている。


 ――慈善茶会当日。寄付箱の鍵、受領簿、出席者一覧、食事上の注意。


 夫人が封を切ると、中から四枚の紙と小さな鍵が出てきた。


「全部、用意してあったの?」

「引き継ぎ時にお預かりした品です」

「それなら、先に出してくれればよかったのよ」

「本日の進行を、どなたへ確認すればよいか決まっておりませんでしたので」

「私に決まっているでしょう。私の茶会なのですから」


 ヴァロン伯爵夫人が、案内状を扇の横へ置いた。


「では、今年は診療所へ寝具を何組お送りになるの?」

「寝具?」

「案内状に書いてありますわ。南部診療所の病床へ、冬用の寝具を贈ると」

「……ええ、もちろん。そのための茶会です」

「目標は何組ですの?」


 夫人の指が、開いた書類の上をたどった。


「四十組です」

「昨年は二十八組でしたね。ずいぶん増やされるのね」

「南部は寒いと聞いておりますから」

「診療所の病床は三十二床ですわよ」


 マルセル子爵夫人が言った。


「余った分は、村の産婆へ回すと、ヴェロニカ夫人からお手紙をいただきました」

「そう。その予定です」

「その手紙には、診療所の物置へ入る数まで書かれておりましたわ。よくお調べになったと思っていましたの」


 夫人は、四枚目の紙を裏返した。裏にも、診療所、産婆、共同浴場の休憩室へ送る枚数が書かれている。


「ヴェロニカが、勝手に細かく決めてしまったのです」

「案内状の差出人は、そちらの伯爵夫人のお名前でしたが?」


 ヴァロン伯爵夫人は封筒を寄付箱へ入れた。


「受領書も、あなた様のお名前でお願いいたしますね」


 その後に続いた夫人たちも、寄付を入れるたびに同じことを頼んだ。

 領地管理の調査中である。金額と送り先を書いた受領書がほしい。診療所へ届けた日も知らせてほしい。余剰が出た場合は、次年度へ繰り越さず、今年のうちに使ってほしい。

 受領簿の備考欄が、次々と埋まっていった。

 茶菓子が運ばれてくると、今度はフェラン男爵夫人が皿を止めた。


「こちらには、胡桃が入っていますか?」

「料理長へ確認いたします」


 侍女が皿を下げようとすると、管理官が出席者一覧を開いた。


「フェラン男爵夫人は、木の実を使わない菓子と記載されております。別の皿が厨房にございます」

「よかった。以前、お話ししたことを覚えていてくださったのね」

「ヴェロニカ夫人の引き継ぎ書にございます」


 卓の上で、オクタヴィアが焼き菓子を割った。


「……何でもヴェロニカ、ヴェロニカなのね」

「本日の茶会を用意なさったのが、ヴェロニカ夫人なのでしょう?」


 フェラン男爵夫人の前へ、果物の焼き菓子が置かれた。


「あの人、用意した途中で、放り出したのよ」

「でも、出席者の返事も、寄付の送り先も、食事の注意も残されていますわ」


 ヴァロン伯爵夫人が受領簿を閉じる。


「残りは、本日の主催者のお仕事でしょうね」


 夫人は茶を一口飲み、すぐカップを戻した。


 *


 茶会が終わる頃、寄付箱には金貨と銀貨、それに約束手形が入っていた。

 ヴァロン伯爵夫人とマルセル子爵夫人が立ち会い、ローレン管理官が一つずつ数える。侯爵家の書記も、調査記録へ金額を書き留めた。


「侯爵家の方まで確認なさるの?」

「調査中に屋敷へ入った金銭ですので、記録いたします」

「慈善のお金よ」

「ですから、受領から送金までを分けて記録します」


 夫人は受領簿へ署名した。

 帰り際、ヴァロン伯爵夫人は玄関でセルジュ兄弟と行き合った。二人は乗馬服を着ていたが、外套も帽子もまだ手に持っている。


「まあ。これからお出かけ?」

「その予定でしたが、馬を出す時刻を決めているうちに、夕方になりました」


 セルジュの弟が答えた。


「明朝、帰ることにいたしました」

「三泊なさると聞いていましたけれど」

「《《予定が合いませんでした》》ので」


 リュシアンが、廊下の奥から早足でやってきた。


「なあ、今からでも少し走れるぞ」

「夕食の時刻は?」

「戻ってからにすればいい」

「何時に戻る?」

「日が暮れる前だ」

「もう暮れ始めている」


 セルジュは外套を従僕へ渡した。


「馬は明日のために休ませる。今夜、世話になった礼を言っておくよ」

「また来ればいいだろう」

「次は、日程の決まっている家へ行く」


 ヴァロン伯爵夫人は、迎えの馬車へ乗り込む前に会釈した。


「受領書をお待ちしております。寄付品を届ける日も、分かり次第お知らせくださいませ」


 最後の馬車が門を出る。

 玄関広間には、寄付額を書いた紙と、十六通の封筒が残った。宛名はすでに書かれている。中へ入れる礼状だけが白紙だった。


「これは、誰が書くの?」


 夫人が尋ねた。


「主催者のお名前でお願いいたします」


 ローレン管理官は、寄付額の一覧と受領書の見本を添えた。


「ヴェロニカは、前はどうしていたの?」

「茶会の前に文面を用意し、金額と送り先を書き足して、その日のうちに署名しておられました」

「では、その文面を写せばよいでしょう」

「今回は、調査中の金銭をお預かりしております。いつ、何組の寝具を購入し、どなたが診療所へ届けるのか。それを主催者からお知らせいただく必要がございます」

「そこまで、今決めるの?」

「受領書を早くほしいと、皆様から伺っております」


 夫人は一通目を開き、ペンを取る。


「まず、何と書けばよいのかしら」

「……夫人からのお礼状です」


 ペン先から落ちたインクが、白紙の中央へ丸い染みを作った。



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