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「何とかするのがお前の仕事だろう」と言われましたので、すべてを引き継いで出ていきます。  作者: さんけい


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第20話 ご自分でお決めください

「私が承認する」


 ランフォード伯爵は、机の前へ置かれた書類を引き寄せた。


「当主は私だ。石材が届けば、私が署名をする。それでよいのだろう」

「では、何を確認して署名する?」


 ヴァレール相談役の問いに、伯爵の手が止まった。


「何を、とは?」

「届いた石材が注文どおりか、確かめる必要がある。数か、産地か、大きさか。欠けた石が混じっていた場合、どこまで受け取る。代金はいつ払う」

「それは現場の者が見ることだ」

「現場責任者のロイスは、受け取った石を橋脚へ使えるか判断する。注文内容との照合と支払いの承認は当主の仕事だ」


 ヴァレール相談役は、赤い紐の束から二枚目を抜いた。

 石材の注文控えだった。石の寸法、荷車の台数、到着時に照らし合わせる採石場の印。欠けや割れがあった場合の扱いも、短い箇条書きでまとめられている。


「ここに書いてあるではないか」


 伯爵は紙を持ち上げた。


「なら、これをロイスへ渡せば済む」

「同じものを、ロイスも持っている」

「では、何の問題がある」

「あなたが石材を見るかどうかを聞いている」


 伯爵は注文控えへ目を戻した。


「これまでは、ヴェロニカが確認していた」

「橋の修繕を命じたのは?」

「私だ」

「採石場を選んだのは?」

「ヴェロニカだろう」

「価格を比べたのは?」

「それも、ヴェロニカだ」

「支払いの条件を決めたのは?」


 伯爵の指が、紙の端を二度叩いた。


「……細かなことまで、当主が覚えている必要はない。担当の者を置くために、使用人がいるのだ」


 ローレン管理官が、注文控えの下にもう一枚を重ねた。三つの採石場から取った見積書である。余白には、橋までの距離と荷車一台分の運賃が書き添えられていた。


「見積書を集めたのは書記です。石工から意見を聞いたのは現場責任者。ヴェロニカ夫人は二つをまとめ、奥方様の茶会に使う予定だった馬車を三日だけ石材運搬へ回す案を作っています」

「ほら、やはりヴェロニカが決めたのだろう」

「最後に、旦那様へ三案を示したとあります」


 日付の横には、ランフォード伯爵の署名があった。


「一番安い採石場へ、旦那様が印をつけています」


 伯爵は、自分の署名をしばらく見た。


「このようなものは、毎日の書類に混じっていた。いちいち中身まで覚えておらん」

「誰から説明を受けましたか」

「ヴェロニカだ」

「どこで?」

「朝食の後か、夕食の前だろう」

「説明を聞いたうえで選んだのですね」

「だから、()()()()()()と言っている!」


 声に押され、扉のそばにいた若い書記が肩を揺らした。

 ヴァレール相談役は、次の紙をめくった。


「到着は十日後だ。朝から現場へ行き、ロイスと一緒に確認しろ。必要な項目はここにある」

「私が橋まで出向くのか?」

「あなたの領地で、あなたが直すと決めた橋だ」

「しかし、ヴェロニカは――」

「ヴェロニカ夫人の仕事は、ここまでだ」


 赤い紐が、伯爵の前へ置かれた。


「次は、当主の番だ」


 *


 ローレン管理官は、執務机の上を四つに分けた。

 赤い紐は領地と支払い。青は屋敷と社交。緑は来客と馬車。灰色は、家族それぞれの名が記された封書である。


「どうして四つに分ける必要があるの?」


 伯爵夫人が青い束へ手を伸ばした。


「ヴェロニカは、いつも一人で見ていたわ」

「その結果を、今朝から確認しております」


 ローレン管理官は、一枚の予定表を夫人の前へ置いた。


「予定されている茶会について伺います。出席者は何名ですか」

「十人ほどだったかしら」

「招待状は十六通出ています。出席の返事が九名、返事待ちが三名、欠席が四名。ご家族を含めて十三名です」

「なら、書いてあるとおりでよいでしょう」

「三名の返事は、いつまで待ちますか」

「そのくらい、侍女が聞けばよいわ」

「どなたへ聞きに行かせます?」


 伯爵夫人は出席者の名を読み、上から三番目で指を止めた。


「この方なら、いつも来てくださるわ」

「娘御を伴うか、確認が要ると添えてあります」

「では、娘御の分も用意しておけばよいでしょう?」

「料理と席は一人分増やせます。客室を使う可能性があるそうです」

「客室?」


 夫人の顔がオクタヴィアへ向いた。


「お住まいが遠い方なの?」

「毎年お招きになっています」


 ローレン管理官が出席者の住所を示す。伯爵夫人は小さく「ああ」と言い、紙を置いた。

 そこへ、玄関から呼び鈴の音が届いた。やがて若い侍女が、細長い箱を抱えて入ってくる。


「花屋から、見本が届きました」

「ちょうどよかったわ」


 伯爵夫人は箱の蓋を開けさせた。白い薔薇が三本、湿らせた布の上へ並んでいる。花弁の大きさも、白の色合いも少しずつ違った。


「私は、真ん中がよいと思うわ。これを頼んでちょうだい」

「何本でしょうか」

「いつもと同じでよいでしょう」


 侍女は返事をせず、箱に添えられた紙を夫人へ差し出した。


「広間に二十四本、食堂に十二本、玄関と客室に八本ずつ。昨年は、若奥様からそのようにご注文があったそうです」

「では、同じ数を」

「客室も飾るのですか」


 ローレン管理官が尋ねた。


「先ほどのお客様がお泊まりになるかもしれないのでしょう?」

「東の客室は、リュシアン様のご友人が使う予定です。花屋は今日中の返事を求めています」

「そんな細かなことまで、今ここで決めろというの?」

「花を注文なさるのは、奥方様です」


 夫人は三本の薔薇を見比べた。真ん中の品種は、横に記された値が最も高い。


「ヴェロニカなら、どれを選んだかしら」

「前回は、一番左です」

「では、それでよいわ」

「前回と同じ本数になさいますか」

「だから、そう言っているでしょう」

「客室を誰が何日使うか、まだ決まっておりません」


 夫人の手から、花屋の紙が卓へ戻った。


「……リュシアン。あなたのお客様なのだから、先にそちらを決めてちょうだい」


 *


「ロベールたちは、数日後に来るんだ」


 リュシアンは緑の束を開いた。


「三人だ。いつも泊まる部屋を使えばいい」

「お供は?」

「供?」

「従僕と御者です。馬車で来るなら、馬の数も要ります」

「そんなことは、到着してから聞けばよいだろう?」


 ローレン管理官は、来客用の確認表をリュシアンの前へ滑らせた。


「寝台を整えるにも、厩へ飼料を運ぶにも人数が要ります。ベルダ料理長も、献立を決めるため返事を待っていました」

「ベルダはいないではないか」

「残った料理人が引き継ぎます。客の人数は、料理人にも決められません」


 確認表には、三人の友人の名があった。その下は空欄である。

 滞在日数――同行者――馬の頭数――食事で避ける物。

 末尾には、リュシアン本人に確認、と書かれていた。


「俺は、こんな紙を見ていない」

「昨日、ハロルドからお渡ししたと記録があります」

「受け取った覚えはある。だが、ヴェロニカが後で聞きに来ると思っていた」

「ご友人へ手紙を書けば、今日中に三つは分かります」

「今から、俺が書くのか?」

「あなたがお招きになった方々です」


 オクタヴィアが、緑の予定表を横からのぞいた。


「東の客室を三つも使うの? 私はどこへ移ればよいのよ」

「南の客室があるだろう」

「あちらは日当たりが悪いわ。療養中の人間へ使わせる部屋ではないでしょう」

「一週間だけだ」

「お客様が帰れば、また荷物を戻すのよ。そんな無駄なこと、マーサがいればさせなかったわ」

「姉上が婚家へ帰れば、部屋は空く」


 は? と彼女の手が、予定表を押さえた。


「私に出ていけと言うの?」

「客が来る間だけ、部屋を替わってくれと言っている」

「さっきは婚家へ帰れと言ったでしょう!」


 伯爵夫人が娘の肩を抱き、リュシアンをたしなめた。伯爵は赤い束を抱えたまま、橋の書類をめくっている。


「部屋の割り振りは、ご家族でお決めください」


 ローレン管理官は緑の確認表を指で押し戻した。


「決まりましたら、部屋数と滞在日数を家政係へ伝えてください。花の本数も決められます」

「今までは、こんなことで言い争ったりしなかったのよ」


 伯爵夫人が娘の髪を撫でる。


「ヴェロニカが、皆の都合を聞いて決めてくれたもの」

「今回は、ご自分たちでお決めください」


 青と緑の束が、伯爵夫人とリュシアンの前に残された。


 *


「その灰色の封書は何?」


 オクタヴィアは、机の端に積まれた紙へ目を留めた。

 灰色の封蝋が押された書状の写しが六通。その上に、封を切られていない一通が載っている。

 モラン公証人が、一番上の宛名を確かめた。


「ベルモント家とグレイ法律事務所から、オクタヴィア様へ送られた書状です。こちらの六通は、先方が侯爵家の調査へ提出した写し。封筒は、玄関広間に残されていた六通目の原本です」

「どうして私の手紙が、調査に関係するの?」

「オクタヴィア様が、現在どの家に属する方なのか。生活費をどちらが負担するのか。それを確認する必要がございます」


 オクタヴィアは、封を切られていない書状を取った。


「私はベルモント夫人よ。今は療養のため、実家へ戻っているだけでしょう?」

「まず、こちらをお読みください」

「また、返事を寄越せという話でしょう。ヴェロニカに任せていたのに、あの人は一通も出してくれなかったのよ」

「オクタヴィア様のお名前で出された返書は、一通もございません」

「だから、ヴェロニカが怠けたのでしょう?」

「ご本人の指示も署名もない手紙を、ヴェロニカ夫人が勝手に出すことはできません」


 モラン公証人は、六通の写しを日付の順に並べた。


「一通目は、ベルモント家を出て十日後。二通目は、その一か月後です。三通目には、お子様方の近況と面会について書かれています。四通目は離縁手続きを始める通知。五通目は、審理の日を知らせる書状です」

「そんな昔の話を、今さら並べてどうするの?」

「六通目を開けていただくためです」


 オクタヴィアの指が、灰色の封蝋を撫でた。


「お母様、読んでくださる?」

「あとにしてちょうだい。今はお花を決めなければならないの」


 伯爵夫人は、白い薔薇の箱を膝へ載せた。侍女が花屋の注文票を持ち、横で返事を待っている。


「広間が二十四本で、食堂が十二本でしょう? 客室は、結局いくつ使うの?」


 リュシアンが緑の確認表を引き寄せる。伯爵は赤い紐の束を抱え、ヴァレール相談役と文書庫へ移っていった。

 オクタヴィアの前には、六通分の写しと、読まれないまま屋敷の中を移された封筒が残った。

 ペーパーナイフの先を封蝋の下へ差し込む。乾いた蝋が割れ、灰色の紙の上に落ちた。

 一枚目の上部に、裁定の日付が記されている。

 二か月前だった。



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