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はじまり。

「琉生、お前そろそろ起きろって。」

遠くから微かに聞こえてきた声に思わず目を瞬くと、目の前には友人の顔があった。昼休みに入ってから一緒に無駄話をしていた下りまでは何となく覚えているのだが、生憎そこから記憶が途絶えている。いつの間に寝ていたのか。


「なんだよ、うるせーな。少しぐらい寝させろよ。」


「もう昼休み終わるのに弁当食べてなさそうだから起こしてやったのに。そういえば教室の外にいるあの子さっきからずっとこっち見てるよね?」


そういった友人の視線の先に目を向ければ、そこには見覚えのない女子生徒がこちらを見て立っていた。カーディガンを少し着崩し、派手なメイクをして、耳には明らかに校則違反なピアスを下げていた。いかにも自分が普段から避けたいタイプの人間だ。

「そういわれてもさっきまで寝てたんだから知らんわ。ほっとこーぜ。」

そう言って自分の弁当をカバンから取り出した。あと10分なら何とか食べ終わるといったところだろうか。


「でもよく見たらあの子ミスコンでこの前優勝してた真理奈ちゃんじゃん。話しかけに行こ、あっお前はまだ弁当か。」


皮肉のこもった笑いを浮かべて友人はその女子の方へと足早に去っていった。どうやったらあんなに必死になれるのかだけは知りたいところだ。

視線を弁当に戻し蓋を開けると、冷凍食品と思しきカラフルなカップに入れられたおかずがぎっしりと詰められていた。そういえば今日は父さんが担当だったっけ。料理が苦手なのはわかっているし彼なりに考えた結果ではあるのだろうが、高校生男子の身、しかもかわいいもの好きでもない身としてはかわいいリボンがあしらってあるものは恥ずかしいので勘弁してほしい。小さなサイズの噛み応えのないハンバーグを口に入れ、咀嚼する。何回も食べると飽きてしまうのはしょうがないと思いたい。


再び友人の方を見れば、女子と相当盛り上がったのか、少し顔を赤らめながら話している。相手も満更でもなさそう、お幸せに。そう思ったのも束の間、友人がこちらに向かって全力で手を振ってきた。


「お前ちょっとこいよー!真理奈ちゃんがよんでるぞ~!」


「うるせーな!お前の声5キロ先でも聞こえるぞ!」


呼ばれてはしょうがないので素直に席を立つ。ガタっと思いのほか椅子が大きな音を立てて再び定位置に収まった。


「で、何の用?」


やたら顔を赤らめてこちらを上目遣いでみる女子に嫌な予感を抱きつつも聞く。すると彼女はすこし言いよどんだような間を開けてから決心したかのようにこちらを見た。


「あの、琉生くんよかったらミンスタ交換しませんかっ?仲良くなりたくて、、。」


普通に交換したいなら勝手にフォロリク送ってくれればいいのに。そう思いながらスマホを起動し、QRコードを表示した。


「どーぞ。あと俺余計な連絡嫌いだから、最低限にしてくれ。」


「いいの?ありがとう!!♡」


やや寒気の走る自分をよそに彼女は急いでカメラでそれを読み取り、満足気に画面を眺めた後走って行ってしまった。ジャージを着ていたからきっと次は体育なのだろう。俺に話しかける暇などあるとは到底思えない。人の心配をできる状況でもないのでそのまま昼ご飯を食べようと戻ろうとした俺の肩は誰かにつかまれた。


「お前本当にいいよね、モテるって。あの子もしかして俺のこと、、。って思った俺が馬鹿だったぁぁ。」


「モテるってなんだよ。第一あの子別に俺のことそういう目でみてないだろ。まあいいや昼ご飯食べおわってないからあとにして。」


いい感じの断り文句とともに友人を振り払った。このままだとやたら弁当が好きなやつみたいに映るが決してそんなことはないと誤解を解きたい。第一モテる意味ってあるか?


「謙遜すんじゃねーこのイケメン!!」


「ほめてくれてどーも。」


悔しそうな表情の彼をおいて俺はまた席に着いた。

弁当に再び箸をつける。さっきは全部冷凍だと思っていたが間違っていたようだ。弁当の下の方から不格好でなんとか形を保っている卵焼きが出てきた。よほど自信がなかったのかすべてに隠されるように入っていた「それ」は、案外悪い味ではなくてこっちの方が嬉しいのに、思わされた。


「麗華今日なんのグロス使ってるの?色味めっちゃ可愛い!!」


おもわず名前に反応して半ば無意識にそちらの方へと向いてしまう。クラスの女子に囲まれ、ふわりと笑って見せたのは俺の恋してやまない人だった。栗色の長い髪にぱっちりとした目。整った鼻に唇。身にまとう雰囲気もどこか優し気で、彼女は老若男女問わず学校の全員を虜にしてきた。


「Bubblyってブランドの15番。派手すぎたかな、どうしよう。」


「そんなことないよ!めっちゃ似合ってる!その色って限定色なんでしょ?欲しかったからうらやましい~。」


不思議なのは誰もが彼女に嫉妬したり、いやがらせをするようなこともないということだった。女子にはドロドロとしたところがあることを少なからず知っているし、だからこそかわいい彼女を妬む人もいるだろう。そんな彼女本人の表裏のない人当たりのいい性格に全員が誑しこまれているのも事実だ。それを一番否定できないのが自分かもしれない。

生まれてこのかた恋など経験したことのない自分にとって、彼女は初恋の人だった。自分で言うのもなんだが、恵まれた容姿のせいか媚びてくるような奴も多く、恋なんて鬱陶しいと遠ざけた。だからこそ彼女という存在は衝撃的だった。自分に媚びることなく、平等に接してくれる子にあったのが初めてだった。ひとめぼれといったら空虚に聞こえるかもしれないし、馬鹿にされるのは必然的なので友人にすら明かしていない。そもそも秘密を共有するほど信頼している相手なのか。


「琉生くん、この前シャーペン貸してくれたよね?本当にありがとう。お礼にお菓子持ってきたんだけどどうかな。」


考え込んでいた自分の目の前に、いつのまにか人混みを抜けてきたのか、彼女がたっていた。ほのかに香る香水のような匂いが心をくすぐる。目が合うと居ても立っても居られない気持ちで、心臓の音が聞こえるくらいだ。数日前に余分にシャープペンシルを入れるようにそそのかしたのは神様だったのか?


「いいのか?ありがとう。」


素直に差し出されたものを手に取ると彼女は再び輪の中へと吸い込まれた。名残惜しいと思いながら、常套句しか述べられない自分に腹立たしくなる。もっとこういう言い方があっただろうと一人反省会をするのもまた当たり前になってきた。ふと受け取ったものをみると、それはおしゃれにラッピングされたフィナンシェだった。一口で食べ終わってしまいそうな可愛らしい見た目は食べることをためらわさせる。普段の自分は到底食べる機会もない、まるで別世界の食べ物のそれがやたらとおいしそうに見えるのはやはり彼女の影響か。変なフィルターがかかってるもんだとあきれてそのままそっと机にいれた。


キーンコーンカーンコーン.....


無常にも時間は過ぎ、机の上には食べかけの弁当が残された。






「「「「「さようなら」」」」」




やる気のない挨拶と礼で今日の学校の終わりを告げた。そんな中でもはっきりと挨拶をし、礼をする彼女はやはり目立っていて、ふとじっと眺めてしまっている自分に恥ずかしくなる。今日は友人は部活らしく、心置きなく一人で教室を出た。廊下でも常に注目を浴びてしまうのは慣れたことだが、鬱陶しいことには変わりない。


「琉生くん今日もかっこいい、、、。聞いたんだけど真理奈がミンスタ交換したらしくてみんなに自慢してた~!うらやましい!!」


「私にもその度胸を分けてほしいほんとに。琉生くんにうっかり嫌われたらそれこそ本当につらい、、。」


遠くで話してる人の声というのは案外聞こえるもんだな、と半ばあきれつつも無視に徹する。たかがミンスタのアカウントでそんなに自慢できるものなのか甚だ疑問ではあるが、自分も麗華のとアカウントの交換ができればそんな気持ちになるのかもしれないと思うことにした。


昇降口をでてすぐの場所にあるコンビニに入ると、そこには買い物をしていた麗華の友人たちがいた。自分には気づいていないらしく、お構いなしにペチャクチャと話しているのを横目に通路を横切ると、耳を疑うようなセリフが飛び込んできた。


「いつも思うけど、琉生くんって絶対麗華のこと好きだよね。」


同意するかのようにうんうんとうなずく周囲。そんなにわかりやすかったか?本人がいないことに安堵しつつもばれるのは時間の問題だと思い知らされる。


「それな!!麗華と話してるときだけ口角ちょっと上がってんのわかりやすすぎ。」


「今日もなんかお菓子もらったあとしばらくそれながめてたよ?普段あんな塩対応なのに。」


「でもあんな校内随一のイケメンも片思いか。厳しい世の中。」


聞いていて途方もなくやるせないうえ四方八方から矢で刺されているような心地がするのはなんでだろうか。すこし淡い期待を抱いていた自分を木っ端みじんにしにかかってくるのはあまりにもひどいじゃないか。死体撃ちだ、死体撃ち。


「ほぼ確定だし真理奈にも言っとこ。ミスコン優勝とはいえ麗華はそもそも出てすらないしなぁ。」


「真理奈だって十分かわいいけど、琉生くん麗華のことめっちゃ好きそうだし普通に片思いでも勝ち目ないよね。」


真理奈という奴は本気で俺のことを狙っていたのだろうか。相変わらず辟易するような分類の人間で、麗華を引き合いに出さなくとも間違いなく恋愛的に好きになることなんてないだろう。そうしているうちにピンポンパンポンピンポーンとシュールな退店音とともに店内は静まり返った。


コンビニの機械で作れるよくわからないスムージーを片手に俺は店をでた。普段食べているアイスよりは健康そうだ、というかなりどうでもいい理由で買ったそれは、俺の手の熱でだんだんと温まっていった。水滴でびしゃびしゃになっていく手を見て買ったことをすこし後悔した。


しばらくそのままスムージーを片手に歩いていると10メートルほど先に良く知る人がいることに気が付いた。栗色の髪の目の前の人は間違いなく麗華本人で、思わず脳内でガッツポーズをする。しかし、すぐに彼女がこちらの地域にすんでなど居ないことを思い出した。やたらと焦っている風でなにかあったのだろうか。思わず不安で、ちょうど家の方角だったので声もかけずついていった。ストーカーと言われればおしまいだが、生憎このあたりに校内の知り合いは済んでいないので大丈夫だろう。彼女は息を切らしながら周りを見渡し走っていき、その普段ならばありえない様子がますます何かあったのかと思わせた。


「あれ?どこ行ったんだ、、?」


自分の目の前にいた彼女が急にいなくなったことに気づきさらわれたのではないかという不安を抱えたまま、次の曲がり角をそっと覗く。


彼女はそこになどいなかった。正確に言えば「彼女」はそこにいなかったのだ。


目の前に立っていたのは自分の背丈ほどの黒髪の美少年。漆黒のスーツ身にまとい妖艶でどこか怪しげな雰囲気の彼の足元に転がっていたのは





ー栗色のウィッグだった。


「~っ!」


おもわず出したため息に機敏に反応した彼女、いや彼と思わず目が合った。そして予想が確信へと塗り替わった行く。しまった、引き返そうとするも強く腕を引っ張られ後ろへとよろめく。そしてグルンと視界が回転すると次の瞬間もう自分は「彼」の顔と青空しか見えなかった。


「お前どこのやつだ!尾行も随分上手かったようで油断した、ここまでだ!」


激昂している彼は懐から長ぼそい何かを取り出した。ひやりと首筋に冷たいものがあてられる。まさかこれナイフなんじゃ、、。


「やめろ!?俺は偶然通りがかっただけだ!クラスメイトの琉生だ、わからないか?とにかく話を聞いてくれ!」


「そんなのどうでもいい!お前の主人をはけ!!!さもないと殺すぞ!!!!」


興奮して怒りを顔ににじませている目の前の人はどう見ても自分の最愛の人になど見えるはずなどなく、余計に自分を混乱させた。焼けるような強い刺激が首に走る。つぅーと流れる液体に自分はとうとうこんな形で死ぬのかと思い知らされる。ああ、麗華に告白しそびれたな、、。ギュっと目を瞑り、その瞬間が訪れるのを待った。



さようなら、、、、、、、、、。


驚くほど何もなかった。とうとう天国に来たらしいと恐る恐る目を開けると、彼がナイフを振りかぶっているのには変わりないが、それがだれかの手によって阻まれていた。彼も困惑の表情をし、さっと後ろを向く。


「お前、、、!」


「落ち着いてください、玲也さん。こんな形で犯罪に手を染めるのですか。」


そこに立っていたのは、とても不思議なひとだった。髪は濃い青色。そこに金色をちりばめたような差し色が入り、まるで星空のような見た目だった。目も同じように輝いていて、首からはそれを再現するような美しいビッグジュエルが光を反射して煌めいていた。なによりもその美貌はふと息をのむようなものだった。


「こいつは俺の正体に気づいた。処分しなくてどうする?このまま逃がそうっていうのか?意味わかんねぇ。」


随分と長い間馬乗りにされていたからか体の節々が痛みを訴えている。いったんいいからどいてほしいというのが今の自分の切実な願いだ。


「尾行もうまいようですし、いったん学園に連れて帰りませんか?そのあと色々決めればいいと思いますし。ここで処分するのは安易ですし最悪退学、永久追放ですよ。」


あきれたように、困ったように笑う青髪の人はまるで子供をあやすかのように告げる。納得がいかなそうな彼もようやく落ち着いたのかふっと息をついたあと、俺から静かに降りた。


「ん~!!!!」


気づいたときには口にハンカチのようなものが押し付けられていて、だんだんと瞼が重くなる。誘拐されるのか、と気づいたときには遅かった。


「最後に聞きますが、あなたのお名前を教えてください。」


ぼんやりとした視界でかすかに見えたのは、こちらの顔を覗き込む青髪の人だった。もう抵抗する気力もなく、思い通りにすべて告げてしまう。


「水無瀬琉生、、、、。」


まるで力尽きるかのように、そこで俺の意識はぷっつりと途絶えた。


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