ここはどこ。
目を覚ますとそこは覚えのない場所だった。豪華な宮殿のような飾り付けがされている部屋で、窓がないという点以外は何も目立った点がない部屋だった。よくわからないが背中はずきずきするし、頭もなんだかぼんやりとしていて何があったか思い出せない。するする。音を立てて掛け布団をめくり、安定しない足取りでドアへと向かった。どっ、た、どっ、た。
「あっ!!!」
ズダーン。足取りがおぼつかず、とうとう転んでしまった。起き上がる気力もなく、ただぼんやりと天井を見つめる。
どたどたどた、ガチャン!誰かが部屋に近づき、ドアが開く。
「何があった!怪我人なんだから少しは安静にしていろ!」
顔を覗き込んだのは青い瞳の「彼」だった。見覚えのある情景に、ドッと記憶が波のように頭に押し寄せる。
「お前本当の名前は何だ?文句言うにも言えない。」
「鷹司玲也。」
キッっとにらみつけられる。そしてグイっと手を引かれたと思うとベッドに腰かけていた。
「記憶は戻ったか?薬は人によって効果が変わるからな。変な副作用がないか心配していたが。歩き回れるなら大丈夫か。」
「お前俺に薬なんかかがせたのか⁉ふざけるな。そんなことを何のために?」
背負い投げをされた上に薬をかがされた。どこの大衆漫画だこれは!
「お前が密偵かどうかわからなかったからやむを得なかったんだ。子供になる薬じゃなかったからよかったじゃないか。お前が寝ている間に出自の確認も取れたからもう危害はくわえない。安心しろ。」
「初対面で殺しにかかってきたやつを信頼しろと?いい加減にしろ!!」
思わず彼を殴ろうとしたその刹那
パシッ。その拳が、恐ろしいほどの腕力で止められていた。思わず唖然とし彼を見つめてしまう。
「そっちこそいい加減にしろ。怪我をしてるのに人に殴り掛かるな。せめて治ってからにしろ。」
あきれたような顔をし、ベッドから離れる。
「怪我が治るまでいい子にしてな。怪我が治ったら全部教えてやる。」
どたどた、バタン。部屋は再び静寂に包まれた。
もう出る方法はないのだからおとなしく従おう、と思った。出るにしろ、怪我を治さないことには始まらない。俺は再びベッドの中に入った。そして睡魔によってゆっくりと夢の世界へと導かれた_____。
「昼餉の時間ですよ。起きてください。」
麗人とは違った春雨のような静かな声で、俺は夢の世界から解き放たれた。
目の前には心配するような困った顔。誰だっけ__。そう思ったのが顔に出たのか、彼が答える。
「昴流です、琉生さん。記憶が混乱しているようですね。覚えていますか。」
昴流、昴流、あっ。麗人と一緒にいたやつか?
「麗人と一緒にいたやつ、か?」
「そうです。記憶はそれほど障害がないようでよかったです。」
「薬をもったんだっけ、そういえば。」
「言っていないのによくわかりましたね、やはり素質があるようです。本当に薬に関しては申し訳ないね。」
玲也に教えてもらっただけだが、言う気にもなれなかった。
「昼餉を持ってきたので召し上がってください。残しても構いません。」
ごとごとごと。カートのようなものがベッドサイドに運ばれる。その上にのっているのは大きなポットで、中ではおいしそうなおかゆがグツグツと煮られている。昴流がそれを小さな腕によそい、手渡してくれた。見てみると、湯気の立ち上るおかゆは意外にも多くの具材が入っており、とてもおいしそうだった。恐る恐る蓮華に少しすくい、ふーっと息を吹きかけて口に運ぶ。じゅわっ。まろやかな舌触りのおかゆに加え、のっている卵や野菜の味が聞いていて絶品だった。こんなにおいしいおかゆは初めてだった。
もくもくとおかゆを食べ続け、とうとう腕は空になってしまった。昴流が追加でよそってくれる。
「水も持ってきますね、やけどだけはしないように。」
彼はドアに向かった。一心不乱に食べ続けた。まともな食事をしたのは一体いつぶりなのだろうか。
カラン。気が付くと目の前には氷水の入ったコップが出されていた。
「そんなにがっつきすぎると体に悪いですよ。いったん水でも飲んでください。」
けが人の彼を配慮してか、ストローが入っている。ゆっくりとコップを受け取り、ストローで水を吸う。おかゆとは違った冷たさも心地よかった。
「三日も寝たきりだったので心配したんですよ。本当に起きてよかったです。」
ニコニコと効果音がつきそうな笑みを浮かべて言う。
「ちなみに、俺の部屋に玲也が来たのっていつですか?」
「玲也さんですか?おかしいですね、あなたには会っていないはずですが…。」
首を傾げた昴流の姿で察する。多分俺が起きたのは二日目で、玲也しかそのことを知らないのだろうと。
「何日も朝餉、昼餉、夕餉のたびにおよびはしたんですけどね。本人が起きないもんですからしょうがなかったです。」
クスッ。そうやって笑った昴流の瞳を見つめる。物腰柔らかな彼は、そして玲也は一体何者なのだろう。
「ちなみに俺の親はなんていってるんですか、心配していると思うんですけど…。それに学校だって三日もさぼっているはず…。」
「それに関してはご安心ください。後ほど理由を説明しますから。」
そういわれてしまっては、何も言い返せなかった。昴流はそれだけ有無を言わせない空気をまとっていた。わずかな沈黙を破るように大きな足音がこちらへ近づいてくる。
ドタドタ、ガチャン!
「琉生!大丈夫か!起きたと聞いたんだが!」
そうやってベッドに近づいてきたのは見間違えるはずもない、兄だった。ただ異様だったのは彼の髪と目が美しいオ・レ・ン・ジ・色になっていることだった。
「兄貴、なんでいるんだ?それに目と髪が、、。」
「慕わしい兄に会って一言目がそれか‼」
「悪いか⁉」
もう知っちゃかめっちゃかで意味の分からないことばかり聞いている。
「いったん落ち着けって!」
肩をつかんで見つめてくる琉海の目は息をのむほどきれいで、宝石のようなカットが入っていた。
「昴流、もしかしてまだ話していないのか?」
「その通りです。琉海さんのおかげで話すことになりました。」
「ごめん、ごめん。」
昴流が軽く琉海をにらんだ。ずっとニコニコしていた彼のことだから、初めて見る表情だ。
「琉生さん、いいですか。今からすべてを説明します。驚くかもしれませんが聞いてください。」
急に真剣になった彼に戸惑うも、わずかにうなずいて見せる。
「わかりました。まず、あなたがいるここは国直属の組織Lapisの本部。あなたはすでにここに所属することが決定しています。簡単に言うと、国のためのスパイ活動ってところですかね。」
「スパイ⁉ってなんで勝手に所属することが決まってるんだ?っていうかいたずらが過ぎるだろ兄貴!」
スパイの漫画が最近流行ってたっけ。そんな余計な考え事をする。
「いいから一回話を聞け、琉生。」
兄に言われたからには仕方がないので黙る。
「もともとこの組織は国を安定したものにするという目的のほかに、将来国を担う様な、いわば原石のような若者を宝石、すなわち天才にまで磨き上げるために作られたんです。そのような意味も込めて、組織名はラテン語で石という意味のLapisになっています。」
終始穏やかな顔で昴流は言う。
「それって犯罪じゃないの?」
「厳密にいえば国直属の秘密の組織なので、よほどのことをして万が一発覚してもばれないようなやり方でもみ消されます。よほどのことをやれば厳罰は免れませんが。私がこの前玲也さんを止めたのもそのような理由です。」
「そうなんだ…って証拠あるのか?そうでないと納得できないが。」
そういう新手の詐欺もあるそうだし警戒はする。だとしたら親・愛・な・る・兄は一味だが。
「残念ながら、君が望んでいるような証拠は一切ありません。万が一のことを考えて、仮に組織の存在が発覚しても、国に関係ないということにするためです。ただ、君の兄もここのジュエリーだし、信頼してくれてもいいと思います。」
「付け加えるが、断じていたずらではない。信じてほしい。」
昴流は困ったような顔をするし、兄貴も複雑な表情をしている。まさかそこまで弟に疑われるとは、とでもいうような顔だ。
「わかりました。Lapisに所属します。何かいい経験になるかもしれないですし。ただ、命の保証はしてほしいですね。」
ここまで言うのだから冗談ではないのだろう。実際本当なのだとしたら国直属の組織なんて面白いと素直に思った。同時にいい経験になるだろうと。
「それは安心してください。命を最優先にするのが私たちのモットーなので。」
「あと、気になってたんだがジュエリーって何だ?宝石のことか?」
皮肉にも兄はいつの間に人間ではなくなったのだろう。
「Lapisにも序列があるんです。そして、幹部的存在はまとめてジュエリーズと呼ばれます。ここにいるあなたの兄琉海さんもそうですし、神宮寺さんもそうです。」
思わず眉間にしわを寄せる。
「えっ兄貴が幹部?怪しくない?」
パシッ。
「兄に対して無礼すぎるだろう!」
「殴る必要はないだろ!」
まさに殴り合いを始めようとした俺たちを昴流が止めてくる。
「琉海さんも琉生さんもいい加減にしてください。琉生さんはけが人なんですし、けんかするならせめて怪我が治ってからにしてくださいね~。」
この人、顔は笑ってるけど目は全く笑ってない。
「はいはい。昴流にはかなわないな、さすがクリスタル候補なだけあるな。」
「恐れ入ります。」
「ともかく、琉生はまず転校に入寮からだな。忙しくなるから覚悟しとけ!」
転校?入寮?そんなの聞いてない。
「母さんと父さんが許すわけないだろ!どうすんだよ兄貴!」
それに反し、琉海は満面の笑顔だ。
「大丈夫、大丈夫。この兄に任せろ!」
そう言ってどかどかと部屋を出て行ってしまった。ぽつんと残された俺と昴流さんの間に沈黙が訪れた。
「今思いましたか、琉海さんって弟には甘いんですね。冷たいイメージしかなかったのですが。」
「兄貴が冷たい?そんな馬鹿な・・。」
「きっと気を張っているんでしょうね。」
普段の兄からは一切想像できない話だ。良く言えば快活、悪く言えばうるさい。でもそんなところも嫌いには結局なれないのだ。
数日後、昴流さんから大まかな説明を受けた俺は廊下を歩いていた。入ったは意識がなかったから、改めて国直属の機関なのだと思い知る。廊下ですら細かい装飾が入っており、まるで宮殿みたいだ。
「昴流さん、ほかの施設もこんな感じなんですか?」
「基本的にはそうですよ。寮も基本的には先ほどまでいた部屋と同じ作りですし。唯一違うのは窓があるくらいしか思い浮かびませんね。」
余計にひく。いろんな意味でこの組織に入るのやめた方がいいかもしれない。
「ここです。」
ついた先はひときわ大きな扉の前だった。扉の横の看板には組織本部と書いてある。ゴクリとのどが鳴ったのが聞こえた。緊張で手に汗が滲む。
「緊張しなくていいですよ。あなたのお兄様もいますし。何かあったら言ってください。」
そう言い、俺のことなんかお構いなしでドアを開く。
「ちょっと・・。」
ぎいぃ。
「おっ、新入りか?よろしく!」
目の前に立っているのは赤髪、赤目のイケメン。混乱して茫然と彼の顔を見つめていると、笑われた。
「ごめんな。赤髪赤目なのふつうは珍しいよな。俺は秋風夕緋。ジェムはルビーだ。」
「すみません。俺、水無瀬琉生です。よろしくお願いします。」
彼は顎を持ち宙を仰ぎ、なにかを考えこんでいた。何か間違ったことをしたのだろうか。
「あっ、ごめん何かあるわけじゃないんだ。ただ・・、もしかして琉海の弟か?」
「あっ、そうです。弟です。」
クシャっと髪をなでられる。
「そうか、あいつ弟いたんだったな。道理で顔が似てるわけだ。」
そしてなぜか少し寂しげな顔をする。なんでだ、と思った瞬間。まわりにたくさん人がいることに気が付く。全員髪色と目の色がマッチしている。
「お前琉海の弟なんだって?」
「めっちゃ似とるやん!」
「照れてる。かわいい~。」
反応に困る俺に救いの手を差し伸べるように、兄が部屋に入ってきた。
「おっ、琉生。局長へのあいさつは済んだか?えっ、まだ?おい昴流はやくつれていってやれ。」
「はい、了解しました。」
ひとごみの中から何とか出、昴流のあとを追うように廊下に出た。
「局長ってどんな方ですか?」
「厳しそうに見えるけど本当はみんなのことを大切にしてくれてる人かな。会ったらわかるよ。」
赤いカーペットのしかれた廊下を歩いていると、ひときわ大きなドアがあった。昴流はその前で立ち止まった。
コンコン。
「局長、ジュエリーの昴流です。琉生さんを連れてきました。」
「入れ。」
ぎいぃとひときわ大きな音を立てて扉があいた。なかには木製の机を前にした男性が一人座っていた。
「琉生、局長です。挨拶を。」
はっとして咄嗟に挨拶をする。
「水無瀬琉生といいます、よろしくお願いします!」
すると目の前の局長と思われる人はフッと顔をほころばせた。
「昴流君、これまた騒がしそうな子を連れてきたものだね。玲也を連れて来た時を思い出すよ。もしかして彼は琉海の弟かな?」
「はい、そうです。」
そうして俺にまた向き直る。
「琉生君、こんにちは。私はLapisの局長であり創設者の久宝だ、どうかよろしく。早速だが、石を決めてもらおう。」
「石?」
石を決めるとはどういうことであろうか。するとすかさず昴流がフォローしてくれる。
「この組織では全員が一個石を選ぶんです。それを身に着けて実力を上げることで磨き上げ、クリスタルを目指します。例えば、私の場合ネックレスにしていますが、これです。」
以前見たそれは昴流の瞳と髪にそっくりな見た目で、藍色に少しばかり金を散らしたような色で、再び思わず見とれてしまう。
「ここまで磨き上げるのは相当大変で、一部の人にしかできないことなんだよ。さあ、君も選びなさい。」
そういい、局長が古びた箱を差し出してきた。キィッと音とを立ててあいた箱には様々な見た目の石が入っていた。どれも宝石とは程遠い見た目をしており、腕輪やネックレスといったアクセサリーになっていた。
「自分の直感で選んでみなさい、なんとなくでいいから。」
とはいえ宝石ではなく何の変哲もない石であるがゆえに選ぶのが難しい。じっくりと観察していた中でふと少し青、透明がかったような石が目についた。触ってみるとなんだかしっくりくるような不思議な心地がして、そのまま二人の方へと向く。
「これにします。」
「了解だ、その石がどんなジュエルになるか楽しみだな。今日はこれで終わりだ。体調が万全になったら転校と入寮手続きをしてもらおう、楽しみにしてくれ。」
「はい。」
「じゃあ行きましょうか琉生。」
その声につられて部屋を出る。後ろでは局長が優し気な笑みを浮かべながら手を小さく振っていた。はじめ見たときは厳しそうな印象だったが、昴流の言う通り優しい人なんだろう。
「どうですか、緊張しましたか?」
ドアが閉まった直後大きく息を吐きだした俺を見てか、すかさず昴流さんが聞く。
「そりゃしましたよ、っていうか昴流さんって俺より年上ですよね。敬語使うのには理由があるんですか?」
「うーん特にないけどね。逆に君はタメでも全然いいよ、ここでは年齢関係なく関わるのが理想とされているからね。」
「敬語使われたら敬語で返したくなるじゃないですか。」
困ったように昴流も笑う、そうして結局二人で笑いだしてしまった。
「明日手続きなどを始める前に組織についての詳しい確認もしたいのでお疲れのところ悪いですが後で話しましょう。夕食後でいいので。」
「はい、ありがとうございます、ちなみに一個質問なんですが俺の親はなんで、、。」
いつも門限など厳しい親がどうしてこんなことを許したのだろうか。今頃誘拐騒ぎだと俺は思っていたのだが。
「あなたのお父様とお母様はこちらの出身でございまして。引退なさりましたが、局長の同期でいらっしゃいます。」
思わず驚きで目を見張る、親が組織に入っていたという話は聞いたことすらない。
「守秘義務がありますからね。先ほどまでいた部屋に戻ります。明日学校に行く前に顔合わせをしておいた方がなじみやすいかと。あなたのお兄様もいますしね。」
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします。」
するとふわりと昴流は微笑んだ。
「ええ、よろしくお願いします。」




