3 「夜更け」
「おばあちゃんじゃないわよ!!」
夢の中が怒りに震える
怒号を放ったのは、”眠り姫”こと アムだ。
一悶着の後に開催されているお茶会にて、不服有々とした怒りを”最強の騎士”ミディに対してぶつける。
「たしかに、私が・・・・・・600年ほどの年月を生きているのは事実だけど!!」
言葉の指す通りーーーー眠り姫は、永い時を生き眠り続けている。
老いる事もなく。延々と眠り続ける彼女の存在を、誰も説き明かすことができず・・・時代を超えて放置され続けていたのだがーーーーー
「この夢の世界が・・・現実に影響を及ぼしてると、報告が上がったんだ」
ティーカップを受け皿に置き、ミディは自国”スモー”で起っていることを伝える。
「ーーー神隠し」
自分が今ここに出向いている理由を
「スモー王国とラー王国の境界の地にて、人が次々消えていなくなる・・・と」
境界・・・と言っても検問や壁などがあるわけではなく、どちらの国の所有でもない。
いわばーーー”無法の地”とも呼ぶべき場所である。
「無法とはいえ、問題が起きないようにお互いの国から兵を出して、監視しあっていた。・・・最初に消息を絶ったのはその兵たちだ」
ミディは自分が知り得たことの詳細を、擦り合わせるように告げていく
「神隠しの確認へ向かった兵たちも・・・スモーへの帰還が確認されていない。そのことに、わが国の王ーーーシャドウ王は”ラー王国に原因があるんじゃないかと、俺を遣わしたんだ」
ラー王国。・・・正確にはラー王国の”眠り姫”に対して。ーーー誰の理解も及ばないその力に対して、あてがわれたのがまさに・・・
「貴方が呼ばれたのね。来てくれてありがとう!」
最強騎士に眠り姫は感謝を伝える
・・・正に、スモー王国最強ーーー王国自身も持て余す力の存在に、白羽の矢が立ったと言うわけだった。
「兵士たちはここに来たのか?」
率直に、素直に、正直に。ミディはアムに問う。行方知れずの兵士の所在を。
「お客様は貴方だけよ。・・・数百年ぶりのね。それ以外の方はわからないわ」
偽らず、考えず、正直に。アムは、自身の世界で起きてきた夢実のありのままを、ミディにそのまま受け渡した。
只人が体験するには長すぎる時の間で、来訪したものは久々である、と。
「・・・そうか」
もしかしたら・・・。 淡い希望は、視線とともに下へと落ちていく。
アムが兵士たちを殺めることは万に一つもありはしない。ーーーそれでも、この世界へ迷い込んで、帰れなくなっているのであれば・・・連れ帰ることなら、自分には叶う。
だがーーー掴めぬ手を取ることなど、最強にすら叶わぬ世界の真理なのだ。
「・・・ミディ。少し歩かない?」
静寂に包まれたお茶会の間。盛り下がった草原の丘にて、アムはミディに提案する。
「・・・・え?」
意図を汲み取れず、ミディの顔は困惑の色に包まれる。
「気分転換にお散歩しましょう。何かいい案が思い浮かぶかも知れないわよ?」
ーーーーー数十秒遅れで、彼女の気遣いに気づき至った。そしてすぐに、恥ずべき自分の行いを悔いるミディ。
察しの悪さにではない。ーーー彼女に気を使わせてしまったことに対してだ。
「そう・・・しよう。・・・この夢の詳細も知りたいしな」
動揺は隠しきれていないが、何とか承諾の言を伝えるミディ。
汚名返上。・・・と言うほどのことではない、と。ミディ以外の人間は笑うだろうが、本人にとっては由々しき事態であり、あってはならないことなのだ。
初めての敗北を喫して後、本調子とのずれをミディは感じとっていた。
その心境は、未だかつてないほどのーーーー混沌の渦の中へと放り込まれているかのように、ぐるぐると終わらない思考とともに抜け出せぬままであった。
「それじゃ、行きましょうか」
草原の絨毯が、ティーセットやその他諸々と共にーーー虚空へと収納されていく
理解できぬままに、意味のわからぬままに。
心の内も、夢現の園も。姿形を変えていく。自分だけを残してーーーー。
○ ● ○ ● ○ ●
夢の中は夜明かりが冴えていて、鮮やかな光景が、視界の果てまで行き渡っていた。
夜の明かりとなれば、真っ先に思い浮かぶのは月のひかりであるが・・・月明かりは二人を照らしてはおらず。ましてや・・・空間に何かしらの光が到達し、行き渡っていると言うわけでもない。
暗いのに明るい。
見たままを説明するならば、その矛盾した”明”に行き着く。例えるならば絵本だ。
本の中は、絵によって光が再現されており、実際に光り輝いていなくとも、視認する者によっては光を連想させることも可能なのだ。この世界は正にそれだ。
絵物語の世界に入り込んでいるかのようにーーーその緑地を、その夜空を、その星光をーーー全身で感じ取ることができるのだ。
ふわふわと広がる、夢うつつかのような・・・
「とぉーう!」
トンチンカンな声が、ロマンチックなロケーションをぶち壊す。
「へぶぁっ」
そして、何かに阻まれたかのように。鈍痛な響きを、その場に残して消えていった。
「何を・・・いや。これは何だ?アム」
それを見ていたミディは説明を求める。アムの奇怪な行動に対してもそうであるが、今はそれとは別の事象についてである。
前に向かってジャンプしたアムがーーー自分の隣で、着地に失敗し突っ伏していた。
視界の果ては、目の前に広がっている。だがーーー現在地以上前へと、進行することができないのだ。
「・・・・」
片方の手を前にかざしてみるが、壁があるわけではない。でも進めない。前進を続けても、隣で地に臥しているアムとの距離感に、差は生まれなかった。
「ここがーーー私の夢の果て」
突っ伏したまま、アムは回答する。無限に広がっているかのような、この世界の真実を。悲痛の色を帯びながらーーー。
「私はここから出られないの」
それは未だかつて・・・逃れることができなかった束縛であり、姫自身すら知り得ない事実。
眠りに。そしてーーーこの夢に。囚われ続けている者の、現実に対する吐露であった。
「・・・・そうか」
返す言葉を、ミディは持ち得ない。それほどまでに、彼女の生きた・・・”孤独を過ごした”年月は途方もないものであったからだ。
望んで得た力じゃない
今の彼女を見れば、そのことが言わずとも伝わってきた。そしてそれは自らにも返ってくる。在りし日の、記憶と共にーーー
「こんな力がなければ・・・普通に生きられたのかな・・・」
静かな叫びも虚しくーーー時は、無情にも刻まれ続ける。
変わらない者達の集うこの場においても、例外ではなかった。
ーーーーチク タク チク タクーーーー
「・・・ミディ」
秒針が、世界を押し進めてゆく
ーーーーチク タク チク タクーーーー
途切れることなく、平等に
ーーーーチク タク チク タクーーーー
「・・・私・・」
世界はーーー想いに応えない
ーーーーチク タク チク タクーーーー
「現実に・・・帰りたい」
ーーーー鐘が鳴り響いた
ボォォォォーーーン
「いらないのキャ?」
ーーーーー 0時 ーーーーーー
夜が天に昇る。それは即ちーーー
「それじゃあ・・・試練の始まりっキャ!」
新しい世界のーーー始まりを意味する
○ ● ○ ● ○ ● ○
ーーーー同時刻。
カチャン
2つのグラスが、軽く鳴らされる。
注がれた紫酒は月明かりに当てられて、その高貴な色味を、壁面に鮮やかに照らし出していた。晩酌には少し値が張りすぎる代物ではあるのだが・・・
・・・これはただの晩酌行為にあらずーーー
「我が”最強”は、王命を必ず完遂する」
一人の”王”は、その功績を微塵も疑わない。騎士の敗北に・・・否。
自身の下す王命に、失敗の二文字など・・・ありはしないのだ。
「それは・・・頼もしい事」
向かい合う”女王”はグラスを傾け、紫酒を嗜む。勝利の美酒を味わうが如く、その喜びが、美麗な表情にも溢れ出ていた。
「任務完遂の暁にはーーー我らが国を、この境界の地に建国しようぞ」
静かなる地にて、最高位の二人は誓いを立てる。
「”最強の騎士”に”眠り姫”。・・・お二人もーーー天の国より祝福してくださる事でしょう」
その二つの首を刎ねて後ーーー新しい時代を築き始めるのだと。
ーーーここは、スモー王国とラー王国の”境界”にあたる地。密かに建設されてきた、王たちの夜城。
誰に知られることもない、密談の場。
スモー王国”現”国王 シャドウ
ラー王国”現”女王 ライトニング
二人の王の企ては、闇夜に紛れて進行する。
その果てに待つものが、光に包まれたものであることを疑いもせずに。
しかし。まだーーーーー夜は明けず




