40 「見なさいッ! じゃんじゃらじゃーんッ!」
――いつの間にか、視界がどんどん真っ白に変わっていく。右に進んでいるのか、左なのか。それとも上だったり、下なこともありえるのかしら?
自分がどこにいるのかもわからなくて、暑いのか寒いのかも不明である。ただふんわりとした空間を、ぴょんっと飛び越えて――。
私はぽつんとダンジョンの入り口でへたり込むように座っていた。
「え?」
空はとっぷりと暮れている。入ったのは朝で、みんなからはぐれたのはお昼過ぎだったから……。
「リッカ様!!!!」
ぼんやりとお星さまを見上げていると、体中に響き渡るような大声が聞こえた。びくんっと震えるようにして顔を上げると、服を泥だらけにしたエヴァンが全力で走り寄る。
「よかった……本当によかった!……まさかお怪我をなさっているのですか!?」
「してない。してないわ。ピンピンしてる」
座り込んだまま呆然と見上げてしまったので、エヴァンが悲鳴のような声を上げて私の様子を窺おうとする。慌ててエヴァンの手を掴んで立ち上がる。騎士団員たちも、次々と集まる。見たところ全員無事……じゃなくて!
「ルーは!?」
「ああ、彼は……」
エヴァンが振り向くと、ちょうど近くにいたワズの背から、ひょこっと顔を出した。思わず私はルーのもとに駆けて、視線を合わせるようにしゃがむ。ぺたぺたと顔と、体を確認して、最後にルーの肩に手を置く。びっくりしている彼と目を合わせると、自分の顔がくしゃっと崩れてしまうのがわかる。唇を、ぎゅっと噛み締める。
言いたいことも、聞きたいことも、たくさんあるけど。
「無事で、よかった……!」
力いっぱい抱きしめた。
ルーも、驚いたのかもしれない。彼の体の強張りを感じたけれど、次第に、小さな手が私の背中をなでた。とん、とん、とん、と伝わる優しいリズムが、まるで大丈夫だと教えてくれているようだった。
とにかく一回落ち着いて、私はエヴァンたちと情報を共有した。
エヴァンは私とルーを追いかけたのに、すぐに見失ってしまったらしい。騎士団員たちでいなくなった私とルーを捜索して、混乱が極めていたとき、さらにダンジョンが崩壊しかけて大混乱。一人でも探し続けると叫ぶエヴァンを騎士団全員でなんとか引きずり、ダンジョンの低階層まで逃げたというわけだ。おお、なんとも申し訳ない……。気のせいかエヴァンよりも騎士団員たちの方がズタボロの姿になっているな……。
「……ちなみに、ルースは……? 騎士団員にいると思うんだけど」
「ルース? さあ、そんなやつはいませんけど」
ワズはきょとんとした顔をしていた。ですよね~。
本当に誰だったんだ、あれは。
ルーはルーで事情を尋ねると、『腹が痛くなった』と真顔で言われた。何回聞いても同じ返答だった。まあ、たしかにお腹が痛いのはしんどいからね。私も城にいた頃は、タニーマリア姉様からもらったお茶でよくお腹を壊していたわ。
疲れているけれど、ダンジョンに変化があったならちゃんと確認しなければいけない。私たちは再度ダンジョンの中を探索することにした。
するとわかったのは、ルースが言っていたように、深層部は消えても、低階層は無事だったこと。私たちが穴に落ちる前の場所、隠し通路の下…中階層とでもいえばいいのかな。意外なことに中階層も無事だった。私たちの深層部の振動が伝わっていただけだったのね。
ついでにダンジョンを鑑定してみると、『ファリスのダンジョン:?の巣』と表示された。『?』が残っているのは不穏だが、レッドドラゴンという表記は消えていたのでよしとしよう。もしやこれ、スタンピードの原因にも関わっていたりする?
「レッドドラゴンの討伐は、またの機会にしましょう。今は態勢を整えるべきです」
再度ダンジョンから出て、ワズはしょんぼりと提案した。
あっ。ダンジョンの調査に夢中で私ったら詳しく伝えてしなかったわ。
私は少しだけ瞬いた後で、くっくっくっく、と肩を揺らして笑う。
「レッドドラゴンの、討伐ぅ? それって必要なのかしら?」
ん? と怪訝そうなみんなの顔を見回した後、ドドドドンッ! と『レッドドラゴンのツノ』の欠片を胸元から取り出す。
「おい、妙なところから出すな……」
みんな目が点になっているのに、なぜかルーだけ冷静である。面白くないわね。
「さらに~~~~見なさいッ! じゃんじゃらじゃーんッ!」
両手でスカートを持ち上げて揺らした。その度に、じゃらじゃらと宝石が降り落ちる。
こんなもの、どこから手に入れたって? そんなのもちろん、レッドドラゴンと遭遇するまでの道中で、しっかり盗んでおいたのよ! だってもったいなかったんだもの。
私がときどき、つんつんと洞窟の宝石を触っていた理由だ。下着やスカートの隙間など、体中の至る所に宝石を仕込んでいたので、もしかしたら私をおんぶしていたルースは重たかったかもしれないけど。さすがの私も逃げてる最中は宝石を捨てるべきかとドキドキしたわ。とはいえ、結果良ければすべてよし、ってやつよね?
「……まさか、リッカ様お一人で倒されたのですか……?」
「一人じゃないわ。よくわからないけど、めちゃくちゃ変な男前と出会ったの」
エヴァンの問いに、私はからっと答えた。それ以上に言いようがないし。
ルースったら、何を考えたあんなところにいたのかしら、と不思議でたまらない。そのおかげで私は助かったわけだけど。
騎士団員たちは山のような宝石に口をあんぐりさせているし、エヴァンは頭痛がするのか指でおでこを触っているし。みんな忙しそうなところ、なんとなく私は近くにいたルーに目を落とした。
なぜだかルーは、呆れたように宝石を見ている。一応義理の息子とした彼のことを、私はよくわかっていない。でもなんとなーく、ルースと姿を重ね合わせてしまう。……髪の色が同じだからかしら。目の色は違うのにね。
「ルー、あなたは絶対にあんな男になっちゃだめよ。男は顔じゃないのよ。いっくら顔が天下一品でも、怪しくて信用できなさそうなのは大減点よ! まったく」
「……そうか」
返答に元気がないけど、どうしたのかしら。
さて。時間も随分たってしまった。早く戻らないと、ユフィやグレイが心配する。
私たちは、大きな成果を胸に下げて、ダンジョンをあとにすることにした。
帰る途中に、少しだけダンジョンを振り返った。
周囲の木々の隙間に埋もれるように、ダンジョンの入り口がぽっかりと口をあけている。
その上には、満天の空。
きらきらと、星の光が、輝き落ちていた。




