39 決着
まさに今その瞬間、レッドドラゴンは私たちに灼熱の炎を叩きつけんとばかりに狙いを定めている。ちょこまかと逃げ回る私たちの息の根を止めるため渾身の一撃を吐き出すつもりなのだろう。ウグルルル……と奇妙な鳴き声を喉で鳴らし、ぴたりと止めて。
光が、爆発する。
「――口の中ッッッ」
そのときすでに、ルースは詠唱を終えていた。
細い一点の光がレッドドラゴンの炎を切り裂き、口の中へと突き刺さる。まるで槍のような光が、わずかな光源を残し、端から消え去っていく。
それと同時に、レッドドラゴンの巨体が地面に沈み込んでいく。
知らない間に、私は肩で息を繰り返していたようだ。息を整え、ゆっくりとルースの背中から降りてレッドドラゴンの状態を鑑定する。
『レッドドラゴンの死体』
間違いなく、死んでいる。
「……やった……」
じわじわと、喜びが襲ってくる。なのに非現実の中にいるようで、喜びきれない気持ちもある。
「最後の『鑑定』には、何ができたんだ?」
「ああ、『竜の涙』の場所を『鑑定』したのよ」
「……『竜の涙』?」
ルースは不思議そうにしているのは、私が展覧会を開いた際に、辺境伯から絵画と交換に『竜の涙』をもらったことを知っているからでしょうね。
私は顎に滴り落ちた汗を片手で拭って、レッドドラゴンの死体を再度確認しながら説明した。
「『竜の涙』は、ドラゴン種の魔石の別名でもあるのよ。魔石を砕けば魔物を倒すことはできるけど、『竜の涙』を手に入れることはできない。逆に、魔石を壊さないように倒せば『竜の涙』は手に入るけど、とっても大変」
『竜の涙』を取り出す方法が、とにかく面倒なので、『竜の涙』を保有しているだけで強者の証となるというのは、この理由からだ。
じゃあ、わざわざ辺境伯から譲ってもらわずに、レッドドラゴンから採取すればよかったんじゃない? と思われてしまいそうだけど、それは無理。私には『竜の涙』だけじゃなく『レッドドラゴンのツノ』も必要なのだ。
『竜の涙』を傷つけることなくレッドドラゴンを討伐するとなると、どうしてかツノ部分は黒ずんで腐り落ちてしまい、薬の材料にできなくなる。っていうか、『竜の涙』を傷つけず、弱点を使わずに倒すなんて絶対無理でしょ……。
まったく、豪華な材料で作られた薬だわ。王都の研究所では余っている材料からちょちょいのちょいだったんでしょうけど!
「ふうん。魔物は倒せればなんでもいいと思っていたから、あまり意識していなかったな。知らなかった」
それって、『力尽くでぶっ飛ばしてたから弱点なんて興味ない』と言っているように聞こえるけれど気の所為かしら。
「ま、なんにせよ、目的は達成できたわ! ルース、まだ魔法は使えるわよね!? 竜のここと、あそこと、ついでにたっくさん素材がほしいの。解体することってできる!?」
「それはかまわないが……」
まずは目当てのツノは絶対として、竜の体は余すことなく使うことができる最高品質な素材である。鱗もいいし、胆汁なんてレアだし、爪も目玉も、頭も体も……ああ……ぜーんぶほしい! 絶対に高く売れる!
「わわっ! いい具合に落ちてツノの端っこ部分が割れてる~! 嬉しいわ~!」
持ちやすいサイズね! とぴょんぴょこ跳ねて喜んでいた私は、ルースが曖昧な表情をしていたことには気づいていなかった。
「リッカ」
「なあに? ちょっと今戦利品の収集に忙しくて」
別に欲張らなくても、後でまたゆっくり来たらいいんだけど、ほら、お宝を前にして後にしろってのも酷な話でしょ?
にこにこ笑顔でルースに返答したのだが、何か反応がおかしい気がする。腕の中にツノを抱きかかえたまま、はて……? と首を傾げた。
「ボスを倒せば、ダンジョンの深層は崩れ落ちるのが定石だ。そろそろ外に出た方がいいんじゃないか?」
「……………………は?」
私が長い間を置いて返事をしたとき、激しい揺れが洞窟を襲った。
寝耳に水とはまさにこのことである。
「やだやだやだやだやだ、なんでこんなことになるのー!?」
「ボスを倒したらダンジョンが崩れてもとの形に戻る。常識だな」
「そんな常識知らないわよ! 生き埋めなんて絶対にごめんよー!」
「それはないな。俺がいるから」
どこからその自信が溢れてくるのだろう。私とルースは、初めは並走していたのだが、もちろん私の足が彼についていけるわけがなく、今はおんぶ状態の再来である。背中から激しい轟音が迫ってくる。私はルースの背に抱きついて、必死に荷物を守ることしかできなかったけれど、怖いもの見たさで恐るおそる、振り返ってしまった。
「ひいいいあああああああ!!!!!!」
まるで雪崩のように、私たちを食い尽くさんとばかりに洞窟の壁が次々に崩れ落ちていく。それはものすごい速度で、土の竜が追いかけてくるように錯覚した。美しくちりばめられていた宝石でさえもぐしゃぐしゃに潰れて消えてしまう。
もったいない、なんて嘆く間もない。
「ううううう、穴から落ちてもとの道に戻れないからボスを倒したんじゃなかったの!? ほ、ほんとに来た道と同じ方向でいいの!?」
「ダンジョンのボスが倒されたところで、消えるのは深層だけだ。低階層はそのままの形で残る。最悪、穴でもなんでも俺が背負って登ってやる。どうせボスは倒さなきゃならなかったんだろ」
たしかに優先はレッドドラゴンの討伐ではあったけれど、まさかこんなことになるなんて思わないじゃないか。たった二人で竜を倒して、そしてダンジョンの中を逃げ回るなんて。
「……ま、俺の方もできればこの深層は残しておきたかったんだが……。低階層が残れば十分だ。呪いの解除についても、ヒントを得られたしな」
ぽそりとルースが何かを話していたが、私はそれどころではない。さっきよりも速くなるルースのスピードについていけず、彼の背中にがっちりと抱きついて、舌を噛まないように耐えることに必死である。
「う、う、う……。もうなんだか泣けてきた……。命のピンチが多すぎるのよ……」
「よし。そろそろ本気を出すか。リッカ、しっかり掴まっとけよ」
「もうすでに、渾身の力を出しているんですけど……!? ひ、ぎゃ、ぎゃあああああああああ!!!!」
その際の私の様子は、とても説明できるものではなかった。
あえていうのならば、淑女としてのプライドは綺麗さっぱり喪失し、自分の命を守るためだけに専念した。
領民がこの場にいなくてよかった、と心底安堵してしまったが、結局ルースって本当に騎士団員なのかしら。こんな破天荒な騎士団員がいるわけないと願いたいわ。




