38 戦い
謎の見知らぬ騎士団員……彼に名を尋ねたところ、首を傾げながら「ルース?」と言っていた。なんで自分の名前なのに疑問形なのよ。
あまりの怪しさにあとでワズに確かめなきゃ、と誓った。私はもう騙されない女なのである。とはいっても、今はどんな藁でもすがりたい。まずはもとの場所に戻るのが先決よ。
ルース曰く、私たちが歩く道はダンジョンのボスにたどり着くための『正しい道順』なのだとか。『周囲に漂う魔力の濃さから大体わかる』……とか言われたけれど、あなたは名のある大魔道士か何かなの、と聞きたい。こんな騎士団員がいてたまるか。
まあしかし、なんだかんだと活躍するのが私の『鑑定』スキルである。道に迷って鑑定すれば、あら不思議。ときどき隠された道を教えてくれるという寸法だ。
進めば進むほどランプがうまく動かなくなり、今はルースの魔法で周囲に炎を散らして明かりを作っている。持っていたランプは魔石を原料にした魔導具なので、魔力があまりにも濃いと、動作がおかしくなってしまうのだ。
「うわあ、綺麗……」
奥に行くごとに洞窟の周囲がきらめき、よく見ると壁に宝石が埋まっている。
ルビー、サファイア、エメラルド……ときには水晶が壁面から飛び出すように主張していて、歩き進めるごとに炎の明かりに照らされ、揺らめくように美しい光を反射させる。
「ドラゴン種は宝石を集める習性があるからな。……何をしているんだ?」
「別に~」
つんつん、と宝石たちを指の先で触る。
これ、ものすごい大きさのダイヤだけど、金貨に変えたらどれくらいの価値になるんだろう。そういえば、ファリスのダンジョンは鉱石の発掘で成り立っているけれど、二年と少し後には、鉱石が産出しなくなる。鉱石が無限に湧き出ていたのではなく、実はレッドドラゴンが集めたものを掘っているだけなら……。鉱石は宝石ほど綺麗ではないから、採っても見逃されていたのかもしれない。でも採り続けていたら、そりゃあいつかはなくなるだろう。
(レッドドラゴンを倒して、黒喘病にきく薬を作って……その後のことも、ちゃんと考えなきゃ……!)
先はまだまだあるのだ。こんなところで終わるわけには、絶対にいかない。
再度覚悟を決めて洞窟の中を進んでいく。すると、見上げるほどの大きな扉の前にたどり着いた。扉の高さはパーティーホールの天井くらいはありそうで、首が痛くなってくる。
「……ねえ、これってもしかして……」
「間違いなく、この先にレッドドラゴンがいるだろうな」
や、やっぱり……と顔が引きつってしまう。
「じゃあ、行くか」
「えっ。もう!? もうちょっと落ち着いてから……」
「今行っても、後で行っても同じだろう。食料がないんだ。むしろ時間がかかればかかるほど体力も消耗する」
たしかにそれはそうだけど……と手をもじもじさせた。
しかしルースが扉に手をかけたとき、私は、はたと気がついた。
「ルース、あなた剣は!?」
「今は持ってない。別にいらないだろう」
「き、騎士団なのに!?」
もはやツッコミが追いつかない。そしてルースはあっさりと扉を押して開く。
ぎぎぎ……と、油が入っていない鉄の道具のように、扉はゆっくりと開いた。けれども、ルースは最初に押しただけで、後は勝手に扉自体が動いている。
全開となったことを確認して、私とルースが足を踏み入れる。その瞬間、私たちがいる場所から部屋の奥へと、壁に設置された松明の火が流れるように灯されていく。洞窟全体が明るく照らされたとき、激しい咆哮が私たちに向かってぶつけられる。
『レッドドラゴン:ダンジョンの主』
そうよね。現実逃避の代わりに思わず『鑑定』をしてしまったけれど、そりゃあそうよね。
鳴き声だけでも凄まじい風圧が叩きつけられ、私の髪とドレスがばさばさと揺れる。
もうどうしたらいいかわからない。
「こっちだ!」
すっかり顔面の筋肉すらも強張らせて、カカシのように立っていた私の手をルースが引き、転がるように移動する。さっきまで私たちがいた場所は、次の瞬間には黒焦げになっている。レッドドラゴンの口から灼熱の炎が吐き出されたのだ。
私の体よりも大きな竜の口が残念そうに広げられ、わずかな炎の残滓を見せる。
「…………!」
「立ち止まるな! 俺の後ろに入れ!」
いつの間にか入ってきた扉はぴったりと閉まっている。逃げられない現実を突きつけられた。ルースが詠唱を高速で口ずさむ。――詠唱終了。突き出された片手とともに、ルースとレッドドラゴンの炎がぶつかり合い、霧散する。
竜の攻撃を、ルースは自身の魔法で無効化したのだ。まるで信じられない光景だった。次々に吐き出されるレッドドラゴンの炎の息を、ルースは片手を向けるだけで蹴散らしていく。その場から、一歩も動くことはなく。
(すごい……)
こんなの人間技ではない。剣はいらない、と彼は言った。本当に、いらないのだ。尽きることのない魔力をまとい、戦い続ける――。
(あ……)
彼の首元から、一筋の汗が流れる。
違う、と気がついた。一歩も動く必要がないわけじゃない。ルースの背に守られたままの私がいるから、動けないのだ。付いてくるべきではなかったと思うと同時に、彼の中では私を守るという選択肢以外なかったのだろうとも考えた。いくら冬に向けて弱まっているからといって、レッドドラゴンとただ一人で戦うなんて、尋常のことではない。
私は、ここで一人守られているべきなのだろうか?……いいや、何も間違ってない。私は彼のように戦えないんだから、下手なことはせず大人しくしているべきだ。
だって、すごく怖い。蜘蛛の魔物に悲鳴を上げるくらい魔物は苦手なんだから。
スタンピードはトラウマだし、もう一生、あんな思いはしたくない。
けれど。
誰にも信じてもらえず、処刑された。
――それよりも怖いことなんて、この世にあるはずがない。
(私は、私は領主なんだから。ファリス村の、領主なのよ――!)
「ルース!」
強力な魔法を放ち続ける彼の耳に届くように、声を張り上げた。ちらりとこちらに向けた視線から、聞こえているはずと仮定する。
「今から、レッドドラゴンの弱点を『鑑定』します! ギリギリまで魔法の使用を我慢して!」
私の『鑑定』スキルはとてもしょぼい。近くで誰かが魔法を使っていれば、そちらに引きずられて正しい結果を導き出せない。その瞬間、ルースは私を背に担いだ。「ひょえっ」まさにおんぶ状態で疾走する。「ひょえええええええ!?」
魔法を使わずに竜の攻撃を躱すとなれば足で逃げるしかない。二人一緒に逃げるためには、これ以外ない。右に、左に、ときには壁を駆け上って疾走する。何これ、こんな動きは人間に許されるの? と一瞬、目眩を感じたが、私が願ってしたことだ。
すぐに気合を入れ直して、ルースの肩をぎゅっと持つ。
はっきりと竜の姿を何度も目で見て、『鑑定』を繰り返す。頭、違う。手、違う。目、違う。体。違う。竜の弱点とは、個体によって変化する。
しかし必ず存在するべきものがある。
「見つけたッ!」




