37 「落ち着け。暴れるな」
ルーを追いかけたら穴に落っこちた。そして見知らぬ男の人に受け止められていた。どういうこと?
「……黒髪に、金の目……? セルスニア国第一王子の、ルーファス・セルスニア……?」
私を受け止めてくれている男性の顔が、ランプに照らされる。
私より、少し年は上だろう。これぞ男前の化身という容貌をしていたが、それよりもまず私の目に入ったのは、彼の髪と目の色だ。
だから、思わず呟いてしまっていた……のだけれど。
いや、いやいやいや。
セルスニアの王子がこんなところにいるわけがないし、そもそも姿見でしか見たことがないんだから、似ているような気がしても気の所為に決まって――「ひ、ひいいいいッ!」
理性ではわかっているのに、体が拒否した。セルスニアの第一王子の怒りを静めるために、私は家族に殺されたのだ。絶対に関わらないと心に誓っていた。
全力でじたばた暴れると、セルスニアの王子(仮)は驚いたように私の体を持ち直したが、そんなこと関係ない。とにかくこの場から逃げ出そうとしていると、片手で抱きしめていたランプの光が、ふっ……と消えた。
「ウヒャアアア!?」
「落ち着け。暴れるな」
「そ、そうは言っても、何も見えないし何も見えないし、何も見えないわ!?」
暴れていた私の体はずり落ちないように抱え直され、ゆっくりと地面に降ろされる。
「魔石の回路が、衝撃でずれただけだ」
次に彼の声を聞いた瞬間、ぱっとランプが明るくなった。
ランプを持つ男性の顔も映し出されたが、黒髪なのはともかく、瞳の色は別の色に変わっていた。金色ではなく、燃えるような、赤色に。
(あれ……? おかしいな、結構はっきり見たと思ったんだけど……)
まあ、黒髪で、さらに第一王子と顔が似ている(ような気がする)と思えば、見えないものもそう見えるのかも。それにしても、ぱっと見はあんまりマッチョ感は感じないのに、よくぞまあ軽々と私を受け止めたものだ。
まじまじと彼の顔を観察していると、青年とぱっちりと目が合った。
けれど青年はすぐに視線をそらす。
「見たくないのなら、見ない方がいい」
私が顔を見て悲鳴を上げてしまったからだろうか。
ファリス騎士団員の服を着ているし、私が知らない団員なのだろう。助けてくれた人相手に、失礼な態度を取ってしまった……とさすがに申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい、ちょっと勘違いで……」
と、ランプを持ち上げて相手に近づく。するとランプに灯る炎が、彼の瞳の中でくるりと回るように輝き、まるでそれが宝石の色のように見えて――。
「……綺麗な瞳の色」
「……今、何を?」
驚いたような顔をして、そっぽを向いていた顔を私に向き直した。
近くで見ると、さっきよりずっと綺麗だ。吸い込まれそうなその色を、ぼんやりと眺める。
二人で見つめ合うような不思議な時間が流れて、ランプの炎の揺らぎだけが時間の変化を伝えた。
「……違った! ルーよ、ねえ、あなた私の息子を知らない? 私よりも前を走っていたから、もしかしてあの子もこの穴に落ちてるのかも!? どうしよう、今頃怪我をして助けを求めているかも……! さ、探さないと!」
「……そんなに大切なのか?」
「当たり前でしょっ!」
普段は悪さなんてしない子なのに、きっとよっぽどの事情があったに違いない。
噛みつくように私が応えると、青年はぎょっとした後に、またそっぽを向いた。
「そ、そうか……」
なぜかこっちに向けた耳が少しだけ赤い。ぶつけでもしたの?
「こほん。安心してくれ。少年は俺が保護した。さっき走っていた道は、実際は半円状に曲がっていたんだ。反対の道から少年を確保して、ついでにそのことを伝えようとリッカを追ったところで、二人で穴に落ちた」
「そ、そうだったの……じゃあ私、みんなを驚かせて迷惑をかけちゃっただけね。領主としてはよくない行動だったわ。あとで謝らないと……。うん。というよりあなた、私領主なんだけど。随分口調が適当なのね?」
「……リッカ様?」
「……無理に言わせたいわけじゃないからいいけど」
首を傾げてきょとんとされると、据わりが悪い気持ちが膨らんでくる。この人から様付けをされる謂われなんてないような、と考えてしまうような。なぜだ、なぜだと考えたら、青年は妙にルーに似ているのだ。
ふーん。ルーったら、将来はこんな顔になるの。ほほう。こりゃあ女の子が放っておかないわねぇ……と義理の息子の将来を想像する。
……今からビシバシ指導しておくべきかしら。ナンパな男になんて絶対になってほしくないわよ。イケメンには嫌な思い出しかないからなんとなく警戒してしまう。
「なんにせよ、早くみんなのところに戻らないと。この穴を登って……」
と、上を見上げると、ぱらぱらと小石が落ちてくる。ランプの光をかざしても、暗闇が広がるだけで何も見えないし、音だって聞こえない。
「…………」
「登るのは無理そうだな」
このまま救出を待っていてはおばあさんになってしまいそうだ。いやおばあさんの前にミイラか……。
処刑の次は穴落ちなんて、命の危機に恵まれすぎである。もう泣いていいかな。
「うううう、こんなのどうしたら……」
「先に進むべきだろう。落ちた衝撃と高さが一致しない。時空まで捻れているということは、それだけダンジョンの深層に近づいているということだ。ダンジョンをこうしている原因を破壊できれば、もとの場所に戻ることができる」
「……こうしている原因を破壊って、ボスを倒すっていうこと?」
「そうだ」
あんまりにもあっさりと頷くので、私はげっそりとした顔を向けてしまう。
「……二人きりで?」
「ああ、そうだ」
なんでこの人はこんなに自信満々なのかな。
「ボスって、レッドドラゴンなのよ……? 中級の魔物なのに、二人だけって! しかも私、自慢じゃないけど魔法なんて使えないわ。残念ながら、文字通りの足手まといよ!」
『鑑定』を使うためにダンジョンに同行しただけの非戦闘員なのに。
期待なんてされてはいないと思うけど、一応言うべきことは言っておくべきだろう。
ランプを必死に揺らしながら主張してしまったが、青年は、ふ、と妖艶に微笑む。
片手を持ち上げた瞬間、彼の手の周りを赤い炎が渦巻き、強い風が吹き荒れるのを感じた。
「――俺が、レッドドラゴンごときに遅れと取ると?」
ごときなんかじゃ、全然ないんだけど。
そう言い返したいのに、妙な迫力に呑まれて……私は、言い返すことができなかった。




