41 黒喘病の原因
ダンジョンから戻ってからというもの、私はずっと研究室にこもって作業を続けていた。
ちなみに研究室とは、前領主が無駄に広い屋敷を作っていたので、余った部屋を、黒喘病の薬を作るための部屋に変えた。
黒喘病が流行るのは冬の初めのこと。今は秋が深まってくる時期だ。
もう一刻の猶予もない。
私はグレイやエヴァン、そしてユフィやルーなど、一部の人間にだけ、薬の調合を行っていることを告げた。
レッドドラゴンを退治すると告げたとき、誰も味方なんてしてくれないと思っていた。
でも実際は、違ったから。本当のことを、少しだけなら伝えてもいいような気がしたのだ。
風土病が流行る可能性があること、その対策のために薬を作る必要があること。
この二つを伝えると、彼らは私を全面的に信じてくれた。
朝も、夜もないくらいに、私は研究室にこもった。領主の仕事はみんなが助けてくれている。私ももちろん最低限のことはしたけど、とにかく時間がない。
作り方は知っていても、所詮は素人の浅知恵だ。失敗の連続で、焦燥感ばかりが増していく。本や伝聞だけではわからないことはたくさんある。できることは片っ端から試した。
もし材料が間違っていたら、今していることのすべては無駄になるけれど、絶対に間違ってはいない。それだけは、何度も何度も確認したから。
……それこそ、無意味だと人に言われる程度には。
――リッカ様、もうすでに、終わったことなのですよ……。
「寝ちゃってたな……寝るのは、嫌いなのに」
嫌な夢を見た。
昔の、泣いてばかりだった頃の私の夢。
机に突っ伏したまま寝ていたためすっかり硬くなってしまった体を、ゆっくりと動かす。
(考えちゃ、だめ。今は、薬を作ることに集中しないと)
考えないようにと自分に言い聞かせても、どうしても心が過去に引きずられた。
黒喘病のせいで、働き盛りの領民ばかりが死んで、未来に絶望しかないのに、それでも残された者たちだけで生きていくしかなくて。王都で病にきく薬が作られたとしても、死んでしまった人が帰ってくるわけがなくて。何もかも、手遅れで。
なんでもっと早く、薬を作ってくれなかったんだろう。私たちが苦しんでいるときに助けてくれなかったんだろう。なんで私は何もできなかったんだろう。あのとき、本当は何かできたんじゃないか。こんな私でも何かができたんじゃないだろうかと、ただ過去の苦しみをごまかすように領主の仕事をする傍らで、薬の製法を調べた。調べ続けた。
もう終わったことなのだとグレイに言われても、エヴァンから冷たい視線を向けられても、使用人たちから、いない者のように扱われても。
いつか、自分にも何かできるのではないかと。
「……泣いてない」
その結果が、今に続いている。
どうして私が二度目の人生を得たのかはわからないけれど、掴んだチャンスを、今度こそ手放せるわけがない。ぐい、と乱暴に手の甲で目元を拭う。
「どうにかする。絶対に、どうにかする!」
材料の『トメロンの花』『竜の涙』『レッドドラゴンのツノ』を並べた机の上を、食い入るように凝視する。『トメロンの花』は乾燥させ、『竜の涙』は粉末状にすりつぶす。そして『レッドドラゴンのツノ』を燃料に、三つを燃やして混ぜ合わせる。手順だけいえば、とてもシンプルだ。混ぜ合わせる際に、その他、複数の薬草も一緒に入れるのだが、こちらの調整が難しい。すべて少し配合が違うだけで、薬として成り立たない。
(素人知識だけど、配合については一周目でさんざん勉強したんだから……!)
黒喘病の薬は王都の研究所で作られた。一般的に新薬が作られると、薬の成分は公表されるが、詳しい作り方は薬師本人の技術の保護のため秘匿される。そのため他の薬師たちは、公表される成分から作り方を推察し、それぞれ自身の薬として作り変えるのだ。
薬の製法の読み取りには、技術が必要だ。この成分でこの効能だと、この配分になるはず……という決まり事がとにかく大量に存在する。そこから逆算して製法まで読み解いていく。
私は黒喘病の薬に関してだけは、通常の薬師に匹敵するほどの知識がある。
さらに、材料を無事入手した今、何度も実験と検証を繰り返した中で、とうとう間違いないと思える答えにたどり着いたのだ。
――なのに、どうしても完璧に溶け合わない。
「ううう、なんでなのよぉ~……」
机の上に頭を抱えて沈み込んでしまった。
そんなとき、ドアがノックされる音が聞こえる。ふらふらの頭で起き上がると、ユフィが私を呼びにきてくれたようだ。
「リッカ様、今日はやめておかれた方が……」
「ううん、大丈夫。これも必要なことだから。約束の時間よね。教えてくれてありがとう」
ユフィにお礼を伝えて、軽く身支度をする。すぐに私は部屋を出て、目的地に向かった。
「ええっと、そうですなぇ……あとは……あ。隣の家の犬が逃げ出してしまって、村人総出で捕まえましてな」
「……そう。それは大変だったわね」
「うはは! そんなことはねぇです。領主様がくださったトメロンで、みんな元気が有り余ってますんでねぇ」
人の良さそうな顔で、白髪交じりの男が大きな声で笑う。彼は領民たちのまとめ役でもあり、このところ屋敷に通ってもらっている。
ソファーに向かい合って座り、私はその男性の話を頷きながら聞いていた。
――何か村で変わったことがあれば、つぶさに教えてほしい。そう、私が願ったのだ。
黒喘病の薬の作成はもちろん急務だが、感染経路の入手も重要だ。グレイやユフィたちには風土病と説明したが、実はその辺りははっきりしていない。誰が最初に感染して、次に誰にうつったのかもわからないくらいに、あっという間のことだったのだ。
けれど私は、やはり原因はファリス領地にあったのではと睨んでいる。そうでないと、ファリス村のみ、他の地域よりも被害が大きかった理由がわからない。
「トメロンもこの時期でもよく育って、ありがてぇです。普段はダンジョンで稼ぎに行くやつらも、トメロンを育てたいと希望を出すくらいで……」
「よかったわ。あまり増やしすぎては管理が大変だけど、希望者が多いのなら考えてみるわね。他の領地に輸出する方法もそろそろ考えねばならないでしょうし」
村のことは村の人間に聞くのが一番だと思ったけれど、今日も空振りだろうか。
そう残念に思っていたとき、ふと領民の手が気になった。
よく日に焼けていて、太い働き者の指だ。彼もダンジョンに行くことがあるのだろう。
年の割には体つきはがっしりとしていて、頼りのある風貌だ。
彼はときおり両手を合わせて、自身の人差し指をしきりに気にするように触っている。
「……ねえ、あなた。その指は……怪我でもしたの?」
「ああ。申し訳ねぇです。領主様にお目汚しをしてしまいやした。お恥ずかしながら、ダンジョンでちょっと切ってしまって」
照れたような顔をして、手のひらを上に向ける。彼の人差し指は、鋭利な刃物で切られたかのように、深い傷ができている。
「いや最近ですね、新しい道が見つかったんです。そっちの方でね、新種の鉱石が採れましてねぇ。領主様にもお見せしようと、若いやつらが今、綺麗に拭いとるとこです。俺もね、一緒になってやってみたんですが……なんだか不思議な石でねぇ。触っているとね、すぱーっと指が切れることがあるんですわ。傷が深く見えても、そう血は出ないし、痛くもねぇんですがね」
じわじわと、私は目を大きくさせる。
『これは、普段どっちの道を使用しているの?』
『片方は最近見つけた道だそうですが、どちらも使用しているようです。出る鉱石の種類が異なるとか』
――私が、ダンジョンで隠し通路を見つけたときの会話だ。
どうして気づかなかったんだろう。
黒喘病で、村は働き手の多くを失った。さらにこの病は、人から人に感染するごとに弱毒化する。ならば黒喘病の早期発症者は一番の被害を負った村の働き手――。
つまりダンジョンで鉱山を採掘している者たちということに。
「……今、すぐに」
「……リッカ様?」
知らぬうちに立ち上がっていた。エヴァンが私の背に問いかける。グレイや、お茶を持ってきたユフィも、尋常ではない私の様子を察したのだろう。彼らが不審そうに私を窺っているとわかっていたが、そんなことにかまってはいられない。
「今すぐに、ダンジョンを閉鎖して! そして、指に怪我をしている人間を集めて! 風邪のような症状を持つ人も! 早く!」
叫び、指示を投げる。
――ここから先は、時間との闘いだ。




