35 赤き竜に向かって
「ダンジョンに、レッドドラゴンの巣ができているから、討伐に向かいます」
屋敷の執務室に騎士団長であるワズを呼び出し、告げた。
「……は?」
ワズはエヴァンにしっかりとしごかれているからか、最初に会ったときよりも、ずっと精悍な顔のように思える。
けれど今ばかりは私の言葉に大口をあけて、ひくひくと口元を震わせていた。
ワズほどはっきりとした反応ではないけれど、エヴァンもグレイも瞠目したまま私を見ていて、驚いている感情が伝わる。
「レッドドラゴンが、ファリスのダンジョンにいると?」
「ええそうよ」
「いやいやいや、待ってください。あそこは魔物がいないダンジョンで、出たとしても低級の……!」
「私の『鑑定』で気づいたのよ」
エヴァンの問いに頷くと、慌てたようにワズが声を上げる。なのに『鑑定』という言葉を出した瞬間、ぴたりと口をつぐんだ。……気持ちはわかるわ。
だってファリスのダンジョンは、鉱石を産出するだけの都合のいいダンジョン、という認識は村人全体に染み込んでいる。私だって、一周目のスタンピードがなければ信じられない、と叫ぶだろう。
ただ、『鑑定』スキルで出た結果というのなら、納得するしかない。
ワズはぎり、と唇を噛み、視線をそらす。まさかこんなに近くに中級の魔物が住んでいると知らなかった自身を責めているのだろう。
しばらくの間、誰も言葉を発することはなかった。無言のまま時間が過ぎ、そろそろいいだろうかと私が思う頃に、グレイが質問する。
「レッドドラゴンの討伐は急務であると理解しております。ですが、もう少しで雪が降ります。それを待ってから行動した方が、リスクを減らせるのではないでしょうか」
「それは……」
痛いところを付かれてしまい、机の上に肘をついて返答を考える。
そう、こればかりはグレイが言う通りだ。レッドドラゴンは周辺の気候によって強さが変化する。私が最初に見つけたのは夏のとき。いうなれば最盛期だ。季節が冬に近づくにつれて、レッドドラゴンは力を失っていく。ようは、暑ければ暑いほど強く、寒ければ寒いほど弱くなる魔物なのだ。
最初に発見した夏よりはマシとはいえ、本来なら時間を待ってから討伐した方が、安全に決まっている。しかし、そうできない事情は私側にある。
冬の終わりにファリス村に流行る病……黒喘病の特効薬となる薬を、一刻も早く作らないといけないから。レッドドラゴンは薬の材料にもなる。
(……言えない)
今まで散々みんなを振り回してきた。けれど、今回ばかりは事情が違う。魔物の討伐となれば、私だけの力ではどうしようもできない。みんなに助けを求める必要があるのに、そのせいで誰かが怪我をする可能性だってある。絶対に安全だとは、口が裂けても言えないのだ。
私のために、死ぬ覚悟をしてくれだなんて、言えるわけない。
「…………」
いつもなら好き勝手するくせに、口を閉ざしたまま机の天板を見つめているだけの私を、彼らはどう思うだろう。いや、そんなことはどうでもいい。はっきりと命令すればいいのだ。大事の前の小事なのだ。必要なことだから私の指示に従えと、頭ごなしに伝えれば――。
「……わっかりましたァッ!」
「うわあっ」
唐突に叫んだワズにびっくりして、私は顔を上げた。
ワズは拳を握って、生き生きとした表情をしている。
「リッカ様が、そうおっしゃるのなら、そうするべきなんです! それに冬までなんてちんたら待ってる間に暴れ出したら、そっちの方が大変ですからね! 今のうちにささっと準備して、ちゃちゃっと叩く! なんでも先手必勝です!」
「え……」
「ワズだけではない。俺はいつでもダンジョンに向かえます。なんなら、今からでも」
「すぐに屋敷の者たちにも伝達しましょう。騎士団のサポートとしてお任せください」
「へへっ俺たちファリス騎士団もエヴァン様にしごかれてめっちゃくちゃ強くなってるんです! 安心してくださいよ!」
エヴァン、グレイ、ワズともに、明るい返答には嘘が見えない。
なぜだろう。彼らのその言葉を聞いて、私はふと胸が熱くなった。
誰もが、私を信じている。
――そんなこと、今までに経験したことがなかったと、気がついたのだ。
「……いやだからって、なんでここにルーがいるの!?」
「ん? なんでと言われてもな」
すっとぼけーな返答をする息子(仮)のふにふにほっぺを指で伸ばしてやりたい。
レッドドラゴンを討伐するためのメンバーは、あっという間に結成された。主に騎士団員たちだが、エヴァン、そして『鑑定』スキルを使ってダンジョンの道案内をするために、私も討伐に参加する必要があった。
その中に――ぬるっと紛れていたルーのほっぺを、私はやっぱり思いっきり引っ張った。
「俺は足手まといにはならないぞ」
「知ってるけど! というかほっぺを引っ張ってもブレないわねこの子は!」
もうすでにダンジョンの中に入ってしばらく歩いた後のことだった。ここから帰すべきか、それとも戻るべきかと迷うところだが、ルーの強さは以前嫌というほど目に焼き付けている。
「……とはいっても、子供だし」
「今戻らせるというのなら、騎士団たちがそろってお出かけの理由を、ぽろっと村の人間に伝えてしまうかもしれないな……」
「ううううう」
今回、騎士団のほぼ全員が遠征するというあまりにも物々しい動きをしてしまったため、住民たちには異変に気づかれないように、私はいつものドレスを着たままという徹底ぶりである。ファリスのダンジョンは鉱石の採掘のために、いつもはたくさんの住民が通っている。普段自分が足を運ぶ場所に、レッドドラゴンがいるとなれば混乱は避けられない。
今は鉱石の状態を調査するという名目でダンジョンを閉鎖しているが、屋敷の使用人や騎士団以外、真実を知る人間はいない。
「もう! 絶対に怪我をしちゃだめだからね!」
私の言葉に、しょうがないとばかりに肩をすくめているところが憎たらしい。可愛いくせに憎たらしくもあるとはこれいかに。
「まあ、ゆっくり行きましょう。レッドドラゴンの巣がどこにあるかもわかっていないんですし」
「……そうね」
ワズの言葉に難しい顔で頷いた。
実は、私はダンジョンの中に入った経験は数えるほどだ。鉱石の状態を確認するために『鑑定』したことはあるけれど、ダンジョン自体を『鑑定』したのは二周目が初めてである。
入り口は細かったけれど、案外中は広い。周囲は薄暗い洞窟、という印象で、誰かが使っているのかツルハシや帽子など、ところどころに落ちた道具に日常感を感じる。
入り口付近には魔導具を使用した明かりが設置されていたが、奥に行くにつれてそれもなくなる。進んだ先で、道の先が二つに分かれていた。
「これは、普段どっちの道を使用しているの?」
「片方は最近見つけた道だそうですが、どちらも使用しているようです。出る鉱石の種類が異なるとか」
ワズがランプを掲げて道の奥を照らす。両方とも周囲をごつごつとした岩で覆われた道が、ずっと先にまで続いているようだ。
さて、どちらに行くべきだろう。
「『鑑定』してみるわ」
私のしょぼい鑑定スキルでも、やるだけ損はないだろう。
両手を向けて、すーっと息を吸い込む。気合を入れたところで意味なんてないんだけど、まあなんとなく。
「『鑑定』」
どこを鑑定していいのかわからなかったから、二つの道のどちらでもない、真ん中の壁にすることにした。するとその瞬間、一気に文字の情報が流れ込んでくる。
『ファリスのダンジョン:隠された道』
「……ん?」
ごごごご、と地面が揺れる音がする。天井からぱらぱらと小石まで落ちてくるではないか。私たちも騎士団も慌てて周囲を見回す中、即座にエヴァンが私の手を引いた。
エヴァンのマントに隠されるようにしゃがみ込みながら、私が鑑定した場所を見ると――。
そこには、ぽっかりと大きな穴があいていた。
「……あんな穴、最初からあった?」
「あるわけないです……」
「リッカ様、まだ動かぬように」
私の疑問に答えてくれたのはワズだ。エヴァンはいまだに周囲を警戒していて、いつの間にかルーも、小さな体を使って私の頭を隠してくれていたらしい。もうすっかり揺れはなくなっている。普通に考えれば、あの大きな穴があくために揺れが起きたと考えるべきだろう。
「確認します」
騎士団の一人が走って、先を覗く。
「……どうやら、この穴は地下に向かっているようです」
しばらくすると騎士団員が戻ってきて報告する。私たちは互いに顔を見合わせて、小さく頷いた。
進むか、進まないか。そんなの、答えは一つしかない。




