32 パーティーの結果
広間にはたくさんの貴族が集まっていた。
前領主の派手好きが幸いしたわ。屋敷の広間はとてつもなく広く、装飾も豪華なものを扱っているので、改築までする必要はなかった。悪趣味な装飾品はすべてカナッツに売って、今日の資金の足しにさせてもらったけど。
私が部屋に入ると、会場にどよめきが走る。
私がエスターチェ国の末王女であるとは、この場にいる誰も知らない。
来ているのは周辺の領地を治める貴族だけ、となれば、いくら主催者であろうとも私に気遣う必要などない。だというのにこの好意的な反応。私のドレスが、貴族たちから注目を集めているに他ならない。特に女性の参加者たちは扇で顔を隠しながら、爛々とした瞳で私を見ている。
私はルーとともに貴族たちに挨拶をしながら、よくぞここまで集まったものだと感動した。末王女という立場を使えば違っただろうけど、今の私はただの『田舎であるファリス領』の領主である。
なのになぜ、誘いの手紙を断らずにファリス村にまで来たのか。
……もちろんそれは、それだけ私が展示する絵画に価値があるのだ。
会場に流れていた音楽が止み、集まった貴族たちの視線が、ただ一点に注がれる。
(まったく、カナッツったら、馬鹿よね)
伊達男の商人の顔を思い出し、苦笑してしまう。たったの金貨五十枚で、私に絵画を譲ったことを揶揄しているわけではないわ。
使用人の一人が、さっと紐を引いた。すると壁に掛けられていたカーテンが、ドレープを揺らしながらゆっくりと持ち上がる。そこに現れた一枚の絵に、会場中の誰もが感嘆の息をこぼした。美しい色。美しい景色。……美しい眼差しで見た幼子の姿。
(本当に馬鹿ね。あんなに大切に持ち続けていたのに。あなたが見つけた絵は、今、これほど多くの人間たちを魅了しているのに)
人々は口々に過去の力ある画家が描いた絵を褒め称えている。
詳しい鑑定は今から行われるが、ここにいる誰もが絵が持つ圧倒的な魅力を前にして疑ってなどいやしない。
カナッツに対してはやることをやったのならさっさと帰ればいいのにと結構本気で思ってはいたが、実はパーティーへの出席を提案していた。私はカナッツが保管していた絵を買い取っただけで、実際の功労者が彼であることくらいはわかっている。
だというのに、カナッツは『いやあ、そういうのはやめとます』とさらっと断った。
『絵は、ただの絵ですからね。リッカ様が知っていてくださるんだから、別にいいです』
一周目では、見つけ出した人間として名前を出していたのに。
……方向性でも変えたのだろうか?
「こんにちは。あなたが主催者だね。素敵なパーティーに呼んでくださりありがとう」
そのとき、グレイと負けず劣らずなダンディな男性に声をかけられた。
声の主を確認したのち、私はしばらくの間ぽかんと口をあけて間抜けな顔を作ってしまった。即座に声の主とは反対を向いて、さささと髪と服と、ついでにほっぺを両手でぐいぐい押して表情を整える。
「そう言っていただき、とても嬉しく存じますわ! はじめましてでお間違いなかったでしょうか? わたくしファリス領の領主のリッカと申します」
「これは大変失礼した。私はミファータ領の領主、ディーク・アバジールだ」
「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます」
ほほ、と扇子で顔を隠しながら、『知ってるに決まってるわよ~!』と心の中で全力で叫ぶ。このダンディな口ひげおじさんこそ、ファリス領の北に位置する軍事都市ミファータを治める辺境伯なのだ。
――辺境伯とは、国境線を守る重要な任を与えられた貴族であり、地位だけならば下手をすると公爵家とも同等。どえらく偉い口ひげダンディなのである。
……そして、今回のパーティーで私が必ず呼ばなければならなかった人間でもある。
というか、今日来ている貴族の多くは彼が来ると聞いたから出席を決めたのかも?
「まさか本当に、ヨール・アステラッサの未発表作を目にできるとは思わなかったよ。正直、この目で見るまでまったく期待はしていなかった」
「まあ。ディーク様を驚かせることができたのでしたら光栄ですわ」
「実のところ、私はヨールの大ファンなんだ。彼の作品には多くの好事家が存在する。私もヨールの作品はいくつか保有しているが、新たな作品を手に入れるとなるとやはり難しい。いつか、ヨールの未発表作を自分の手で見つけることを夢に見ていたんだが……」
ディークは持っていたワインの茶目っ気めいた仕草で持ち上げる。
私は頑張ってお愛想笑いを作った。
実は。これは実はな話なのだが、本来ならカナッツが絵画が持ち込んだ先であり、大々的に世間に発表した大貴族とは、この男なのである。
つまり私が横から口出ししなければ、二年後はディークが手に入れていたはずなのだ。
こういう言い方をされると、ちょっとだけ気まずいわね……。
「うん、そうだな……。金貨百枚ではどうだ?」
「……はい?」
「ああ、失礼。どうも私は軍人気質な思考をしていてね。回りくどい貴族めいた話し方は好きではない。ヨールの未発表作を、金貨百枚で買い取らせてもらう、というのはどうだろう」
「ひゃっ……」
びっくりしすぎて、しゃっくりみたいな声が出た。
めちゃくちゃほしい!
お金はいくらあっても足りないので、思わず口から涎が出そうになったところ、とん、腰辺りに小さな衝撃。見るとルーが素知らぬ顔でそっぽを向いている。
どうやら私の目を覚まさせてくれたらしい。感謝しかない。
ふー……と息を吐き出して、前を見据える。
「ディーク様。申し訳ございませんが、こちらはお金でお譲りするわけにはございません」
「……そうだろうな。いや、申し訳ないことを言った。こんな貴重な絵画を――」
「代わりに、タダで差し上げます」
「……は?」
ディークはきょとんと瞬き、手に持つワインが揺らした。
――さあ、ここで先制攻撃だ。
「お金は不要です。その代わりに、ディーク様が持つ秘宝、『竜の涙』をいただきたく存じます」
はっきり、まっすぐにディークを見て、私は宣言する。
一瞬にして場の空気が凍るのを感じた。
――『竜の涙』とは、とある魔物の体内から採れる魔石である。そして黒喘病の治療に必要な薬の、二番目の材料でもある。
『竜の涙』のもととなる魔物の強さ自体は正直中級レベル。城の騎士団ならば倒すことは容易い。けれど魔物の体から『竜の涙』を取り出す方法が、とにかく面倒なのだ。
『竜の涙』を保有している者。それは面倒な手順を遂げてまで、魔物を倒した本物の強者……というのは表向き。実際は『竜の涙』は観賞用にも適した形状なので、暇な貴族が金に飽かして手に入れるということもままある。
そこら辺の暇人貴族から手に入れることができれば一番楽だったんだけどね。
でも残念ながらそういう貴族は人の足元を見るのよ。腕のある冒険者に依頼するという手も考えたけれど、今からじゃ絶対無理。私には不要な貴族との対応に苦慮する時間も、誠意のない冒険者との交渉に頭を悩ませるための時間もないの。
それこそ一石二鳥のような、人からは理解できないだろうけど、何段階も過程を飛ばして時間をスキップして全力疾走しなければ、何もかも間に合わない。
「……なるほど、『竜の涙』か」
すでにディークからは先程までの気さくさはない。表情を消し、剣呑な瞳でこちらを見下ろしている。
ごくん、と私は相手に悟られぬように唾を呑み込む。
ディークは、さっき説明した『暇な貴族』には当てはまらない。自身で魔物を打倒して『竜の涙』を手に入れた、本物の強者である。いわば、武人のプライドをこちらに渡せと交渉しているようなものだ。
金を積んでも、彼のような男は動かない。ならば絵画なら、という苦肉の策だったけれど、やっぱり無理かな……? 一応私も末王女だけれど、地位とは無縁の生活をしていたので、本物の権力者を前にすると心臓が早鐘のようである。もっとヒールの低い靴を履けばよかったわ。気を抜けは一瞬で足が生まれたての子鹿になってしまいそうよ。
「……残念ながら、その提案は断らせていただこう」
がっかり、なんて別にしていない。正直あんまり期待はしていなかった。
ディークから『竜の涙』をゲットするのが一番だったが、最悪、断られたとしても今回参加した貴族の伝手を使えばいい。しょんぼりはするけど……。
「『竜の涙』だけではなく、金貨百枚をつけて、譲り受けよう。これではどうかね?」
「……え?」
「『竜の涙』の入手は困難だが……なあに、私の力を持ってなら、いつでも手に入れられる。それよりも、ヨールの絵画は私にとって価値あるものだ。価値あるものに金を払わぬなど、私の心情が許さん。お嬢さん、あなたはタダより高いものがある、という言葉は知っているかい?」
ぱっちりとこちらに向けるウインクでさえも、ダンディだった。
私はしばらく呆然としていたが、吹き出したように笑った。もしかすると、ほっとしてしまったのかもしれない。だめだな、最後まで気を引き締めなきゃいけないなのに。
「お嬢さん、いいやファリス領の領主リッカ。誰もが探し求めていた絵画を見つける手腕は感嘆に値する。パーティー会場も見事なものだ。招待すべき貴族の選び方まで完璧となれば、君と縁を結ぶことにこそ、どれほどの価値があるのかわからない」
これからも、良き縁を、と差し出されたディークの手を、私は強く握りしめた。




