30 そして勘違いは加速する
ぱぱらぱっぱらー! リッカは見事、目当ての絵画を手に入れた!
……何かしら今の。唐突に不思議な音楽が頭の中に流れたわ。
私は執務室に手に入れた絵画を置いて、うっとりと見つめる。グレイの他、エヴァン、ユフィ、ルーもそろって私が大枚を叩いて買った絵画を興味深そうに覗いていた。
「……ふむ。ヨール・アステラッサの手により描かれた未発表作でしたら、価値など計り知れませんな」
「そちらの画家の名前は私も聞いたことがあります……」
「ん、サインの形は間違いないな」
「…………」
グレイ、ユフィ、ルー、エヴァンの順である。エヴァンは背後でこくりと頷いているだけだ。『いや偽物でしょ!』とか、『こんなものに大金を払うだなんて!』とか。そういう反応を期待していたのに、なんだか拍子抜けである。疑ってくれる方が騙しがいがあるんだけどな。別にこれは騙してないけど。
まあサクサク進むに越したことはない。いちいち説明するのも面倒だしね。
「それでこちらは、どの市場に流しますか? よければ私の伝手を使いましょう」
「市場に流す? そんなもったいないことはしないわ」
グレイの提案に首を横に振る。
だって売ったら一回きりで終わりでしょ? こんなに苦労して……はいないけど、珍しい品よ。効果は最大限に使うべきだわ。
「パーティーを開くわ! ヨール・アステラッサの幻の絵画の展覧会……というのはもちろん表向きで。周辺の有力貴族を招いて、貴族とのコネクションをゲットしちゃうわよ~!」
全力で拳を振り上げて気合を入れる私に対して、周囲の面々はぽかんとした顔をしている。そんなに変なことを言ったつもりはないんだけどな?
「準備の時間は限られているんだから、全力で取り組まなきゃね。というわけで、ドレスはこのデザインにするわ!」
私はドレスの絵が描かれたデザイン画を、グレイの鼻先にぐいと突きつけた。
グレイはわずかにメガネをずらしてのけぞったが、すぐに受け取る。
「ふむ……」と真面目な声を出してまじまじと見つめられると、なんともいえない気持ちになってしまう。なんせこれは、私が描いたものなのだ。
描いたのは私だけど、デザインそのものは一周目に流行ったものよ。
一周目は領地にこもりだったとはいえ、王都の流行のチェックは欠かさなかった。
何が領地の収入に繋がるかわからなかったからね。
こうしてグレイを向き合っていると、ついさっきまでの会話を思い出してしまう。
パーティーを開くと言った私に、まず一番に声を上げたのはグレイだった。
『パーティー……でございますか?』
『そうね。でも絵は一枚きりだし、それ目的というのもねぇ。絵画の鑑賞メインに、せっかくだし音楽も流して舞踏会として楽しめて、立食式で食事もある方がいいわね?』
以前からしていた想像を、指を一本いっぽん折りながら話すと、その度にグレイは表情を強張らせていく。
『……それほどの規模のパーティーを、一体いつ頃までに開くとおっしゃるのですか?』
『一ヶ月以内がマストね! あ。招待客はもう考えてあるから』
グレイは私が出した紙を凄まじい速度で受け取り、即座に確認する。なぜかメガネが逆光になって見えない。
『かしこまりました。速やかに、リッカ様のご提案通りに進めさせていただきます』
頼れるダンディのごとく、逆光になったメガネのブリッジをくいと持ち上げる。
そして言葉通りに、急いで私の提案を一から再確認している最中なのである。
ドレスのデザインもその一環だ。ホストがダサすぎて、招待客が回れ右で帰ってしまっては大変だ。
グレイに渡したデザイン画には、私のドレス以外にもメイドや使用人たちが普段着るための服のデザインも添えてある。全部を一新すると大変だから、今よりも機能的な服になるように、隠しポケットをつけたり、ワンポイントの飾りを付けたりとかその程度だけどね。
のちに高位貴族の間で、使用人たちにも領地を表すそろいのデザインを着せるのが流行るのよ。これはその先取りってやつね。
私の執務室は、ただの数時間で人や物など様々なものがごった返していた。私の提案を実行するため、グレイがメイドや使用人たちに迅速な指示を繰り返した結果だ。
……なんか今までの彼のイメージと違うが、この身のすべてを賭してお仕えいたします、と言っていたのは文字通りの意味だったらしい。
まあ、働いてくれる分にはありがたいことよね。ユフィもきびきびとメイドたちを動かしている。こっちも普段の大人しいイメージとは大分違うわね……?
ちなみにグレイはいまだにまじまじと私の素人描きのデザインを凝視している。いくらデザインがよくっても、画力ばかりはついてこないので、そろそろ沈黙が辛い。
すっかり気まずくなってしまって、「私は他にも確認したいことがあるから、一旦任せるわ! あ、ユフィやメイドたちにもデザインの意見を聞いといてね!」と言って部屋から退室してしまった。
私が使用人用に付け足したデザインは、トメロンの花をワンポイントとして増やしただけなのだが、これに関しては自前で考えたものなので恥ずかしくて仕方がない。やめた方がいいのなら、はっきりと止めてくれることを願う。でも、目の前で言われたら心が死にそう。
せっかくだし、ルーの衣装も相談しに行こう。私は全力で逃げ出した。
……だから、そのあとにされたグレイと使用人たちの会話なんて、知る由もなかったのだ。
***
「……本当に、これは素晴らしいデザインです。領地経営の他にも、リッカ様はこんな才能をお持ちでいらっしゃるとは……ユフィ、こちらに来なさい。皆も手を止めてくれ」
「はい。なんでしょうか……まあ、可愛らしい!」
グレイが持っていたデザインを、ユフィが恐るおそると覗く。
ユフィはぱっと頬を薔薇色にして、すぐに状況理解する。他の使用人たちも、次々にリッカが描いたデザインを確認し、「リッカ様の新しいドレスも素晴らしいですが……まさか私たちにも考えてくださったのですか?」「本当にお優しい……」と、驚きと感動を入り混じった内容を、互いにささやき合った。
そんなとき、一人のメイドが、ぽつりと呟く。
「リッカ様が、前領主様の愛人だなんて、本当なのでしょうか……」
「あなた、何を失礼なことを言うの!」
「め、メイド長……。だって、みんな最初は、そう言っていたじゃないですか……リッカ様は、本当にお優しい領主様です! いつも私たちの目線で声をかけてくださり、そしてファリス村のために、行動してくださっているとわかっています! だからこそ、私は疑問に思うんです!」
ユフィの叱責に、若いメイドは目を潤ませながら、必死に訴える。
領主に『愛人』などという言葉を向けるなど許されない。間違いなく、これは若いメイドの失言だった。だがこの場にいる者の多くは、彼女と同じ気持ちを抱えていた。ユフィすら眉をひそめて、「それは……」と言い淀んだ。
「ご年齢だって、ご自身を二十五歳とおっしゃっていますが……そんなわけないです! もっとお若いはずです! それなら六歳のルー様だって、リッカ様のお子様であるわけがありません!」
「リッカ様のご年齢は、今年で十五と聞いている」
「グレイ様……?」
若いメイドの言葉に、グレイは話した。その場にいる人間たちの視線が集まる。
「リッカ様は、決して前領主様とそのようなふしだらな関係ではない。むしろお会いしたことがあるかすらも怪しい。リッカ様の本来の名は、リッカ・エスターチェ。エスターチェ国の末王女でいらっしゃる」
「…………!」
グレイの言葉に、誰もが衝撃を受けた。両手を口に当てて、震えている者さえいる。
「私は、とある伝手から、初めから真実を知っていた。しかし、国からの通達ではリッカ様のお立場に関しての言及は一切なかった。そればかりか、いつの間にか奇妙な噂まで流れ……問題のある人間が送られてくるのではと疑うあまり、私はあの方と距離を取り続けていたのだ。愚かなことに……」
「でも、リッカ様はどのように言われても、決して、ご自身のお立場を明かしませんでした……! そ、それは、まさか!」
ユフィは慄くように声を絞り出す。
グレイは彼女の先の言葉を理解し、小さく頷いた。
「……ああ。いくら、どんなご事情があったとしても、『愛人』などと品位を欠く言葉を末王女に向けたとなれば、私たちは、王家を侮辱した罪に問われる。私たちをかばうために、侮辱さされたという事実すらも消すため、リッカ様は一切のご自身の身分を隠していらっしゃるのだ……」
瞠目する。瞳を潤ませ、嗚咽を上げる者すらいる。ユフィは、床にくずおれた。涙を次々にこぼし、口元に手を当て、鳴き声を何度も呑み込む。
……その場にいる人間たちは、自身の行動の愚かさを理解した。
「どう見ても、二十代には見えないのに、そう主張されるのは、血の繋がらないルー様を、ご自身の子として迎えるためなのですね……」
「リッカ様は、聖女のようなお方です……!」
彼らの中で物事の線が繋がり合っていく。いや、実際は無理やりに結ばれていく。曇った目では、もはやすべてが善の行為と思えてしまう。いやなんかおかしくない? と心の底で思っていても、見ないふりをしてしまうのである。
そしてグレイ。彼は一番、メガネをちゃんと拭いた方がいい。曇りすぎてもう何も見えていない可能性さえ出てくる。
「リッカ様は、何もかもお一人で抱え込んでしまうお方だ。リッカ様は何もおっしゃらずとも、我らはリッカ様の御心を理解する必要がある!」
「「「「はいッ!」」」」
「リッカ様のお立場に関しては、ここにいる者のみの話として、決して外に持ち出すことはないように。リッカ様の御心を無下にしたくはない。しかし! 万一、市井で『愛人』などと話す者がいれば、全力で否定しろ! その上でリッカ様の素晴らしさを力の限り伝えるのだ! ファリスの民ならば、必ず我らの心をわかってくれるはずだッッ!!!!」
「「「「はいッ!!!!」」」」
――こうして使用人一同は、心を一つにした。
「ぶくしゅっ。……くしゃみしちゃった。寒くなってきたからかなぁ……」
「リッカ。くしゃみをするときは口に手を当てた方がいいのでは?」
「……息子に指摘される母とは、これいかに?」




