28 いつから、気づいていらっしゃったのですか?
「決算書の確認をさせてくれているでしょう? いつもありがとう。でもね、実際のファリス領の収益を考えると、おかしいわよね?……まさか、騙せていると思っていた?」
「そ、それは……」
「……これでも、あなたの苦労はわかっているつもりよ」
そう、改ざんするためにすごーく苦労したんだろうなー、というのは想像できる。
だって、グレイが着服をしているという事実は、領主として頑張った三年分の知識、そのすべてを合わせて、やっとなんとか書類のほころびが見える程度である。ものすごい手腕だ。
グレイったら、闇ギルドに就職すれば、中々の好待遇で扱ってもらえるのでは?
「……いつから、気づいていらっしゃったのですか?」
「そんなの、最初からよ。……ねえ、どうしてわかっていたのに、私が口を閉ざしていたと思う?」
怯えたように声を震わせ問いかけるグレイに、くすくすと笑ってしまう。
自分よりもずっと年上の男をこうして脅していると、とても悪いことをしているように感じる。いいえ、実際に私は悪いことをしているわね。
(……なぜなら、この日、あなたの財産を搾り取るために黙っていたんですからねぇー!)
オホホホホッと高笑いしたい気分である。
本来なら私が受け取るべき金を着服するとは、まさに許さざる大罪!
とはいえ、グレイがしていたことは、ファリス領すべての収益を、実際にあった分よりも少なく見積もって中抜きしていただけである。だけ、と私が言い切る理由は、領主に対してだけではなく、国に対しても少なく申告していた、というのがポイント。
領主が把握する額と、国が把握する額は同じであるべきだからね。
そして国に少なく申告していた……ということは! 本来なら収益の割合に対して掛けられる税を、まるまるゲットできていたという事実に他ならないのだ。いわば私にとっては合法の非課税と同じ!……いや実際には脱税なんだけどね? でも前領主時代の話だもの。
こうしてグレイを告発することで、私は前領主時代の貯金をまるっと受け取ってしまえるというわけ。
私が領主になってからは、そもそもまだ国に領地の収益を伝えてはいない。
作り終えている書類の額をちゃんとしたものに書き換えておいたら、私はなんの犯罪に加担もしていないという形になる。
……といいつつ、たとえ前領主時代の話であっても、本来なら脱税に気づいた時点で国に再申告して、税金を払い直さないといけないけど……。そこはそれ。私はまったく気づきませんでしたということで。うっかり、前領主時代の書類を全部気づかず破棄しちゃって、証拠も何もありませんということで。
一周目では横領がバレて処刑されたグレイだけど、今までうまくやっていた彼だもの。スタンピードのせいで国がファリス領地の本格的な調査に乗り出さなければ、脱税がバレることもなかったはず。ならスタンピードが起こらなければ大丈夫。
スタンピードを止めることは私の目的のうちの一つだしね。
というかどうせスタンピードが起きたら、横領があってもなくても関係なく、私もその場の流れで処刑されることになってしまうのだ。今の私に怖いものなんて何もないのよ。死ねばもろとも!
まあ、もしグレイだけ突き出して助かりそうなら迷うことなく突き出すけど。
(さあさあさあ、お金を私に献上なさい!)
私はニマァ……と悪い顔をしてグレイを見つめる。グレイはやっと事態を呑み込み始めたようで、苦しげな顔をしていた。どうしたどうした?
……やっぱり横領していた資金は、自分のために結構使っちゃってたりするのかしら? まあ、使っちゃったものは仕方ないとしても、残ってる分くらいは私に全部差し出してくれないとね。今回、絵を購入する資金の足しにはなるでしょ。
なんにせよ、なぜこの場で金をせびるという脅しを行っているかといえば、『今後、勝手な横領をすることは許さない』とはっきりと釘を刺しているのだ。
私は騙すのはいいけど、騙されるのは大嫌いなのよ。
睨み合うこと、しばらく。
間違いなく、つい先程までグレイは狼狽していたはずだ。なのに、まるで観念するかのように、口元を皮肉そうに歪め、小さく息を吐くように笑う。
「リッカ様が、私の罪を黙ってくださっていた理由、ですか。申し訳ございませんが、まったく想像がつきませんな……」
「そう? 簡単な話だけど。私が黙っていた理由……それは、私と、あなたは仲間だからよ」
悪という枠の話においてね……。
私を利用しようとするならば、逆に利用し返してやればいいだけ。
メイド長みたいに私に悪意があるというのなら、全力で叩き潰すけどね。
腕を組みながら、クックック……と心の中で邪悪な表情をしていると、「やはり、そうでしたか」と、グレイは肩を落として私から視線をそらす。
けれどすぐにまっすぐに私を見て、
「ありがとうございます、リッカ様。私は、おそらくあなたのような領主様を、長い間、ずっとお待ちしておりました」
と、胸に片手を当てて、しっかりと前を向いて告げられた。
……ん? 何言ってんの?
ボコボコにしてやろうとしたのに、脅したらお礼を言われた。リッカ、現在までのまとめ。
意味がわからないと、人は恐怖を感じるのだなと初めて知った。長年一緒にいたはずの侍従の思考がさっぱりわからない。とても怖い。
そんな私の困惑に気づかず、グレイは私に対して、ただただ温かな視線を向ける。若干、瞳が潤んでいるような気がしないでもない。
「私は前領主様の時代から、長らく、領地の資金の着服を行っておりました。しかしその理由はリッカ様がご存じの通り、すべてはファリス村のためでした」
いや、何もご存じではない。
「私はファリス村の出身です。この村を愛している。ファリス村が発展し、誰もが幸せに、未来を憂うことなく生活できる……ただ、それだけを目標に生きています。ですが、」
せ、説明が始まってしまった……!
グレイは太い腕を持ち上げ拳を握り、苦しそうに眉をひそめている。
「前領主様の治世は、決して正しいものではありませんでした。このままでは、ファリス村すらも消えてしまう可能性すらもございました。だからこそ私は、勝手ながら侍従長としての権限を駆使し、いざというときのための資金を守り続けておりました」
まさかの村を守っていた宣言までされてしまった。
これ、私はどうしたらいいのかしら。とりあえず表情を殺して、グレイに私の困惑を悟らせないようにするので精一杯よ。
でもたしかに、前領主の金遣いの荒さには私も頭を抱えたことがあるわ。屋敷の中はごてごてした成金の置物でいっぱいだし、前メイド長と結託して楽しく生活していたみたいだし。
なるほど、真面目に侍従長をしていたグレイにしたら、収益が少ないのに浪費ばかりがどんどん嵩んでいったことが不安だったのね。
「リッカ様。あなた様の御心が、常にファリス村のためであることを、もはや疑うことすらできません。リッカ様の深い慈悲に触れる度に、この胸はただ熱く震えるばかり……私ごときでは、どこまで力になれるかわかりませんが、仲間と呼んでくださった以上、この身のすべてを賭してお仕えいたします。どうか私を、あなた様とともに同じ道を歩ませてくださいませんか」
グレイの背中から、きらきらと目映い光が差し込んでいた。その光が、覚悟を決めた壮年の男の顔をさらに際立たせ、まるで感情が流れ込んでくるような……いやこれ逆光になっているだけか。窓の光が眩しいな……。
あれ。なんか廊下の角に変な影があるような……。
……はっ。
一瞬意識が飛んでいた。何を言われたのかも頭の中に入っていなかったわ。
えっと、なんだ。ファリス村のためにお金を盗んでいたってこと? それなら自分のために使ってないわよね。なら、えっと、えっと……。
(横領してたお金は、まるまる私がもらっちゃえるってことよね!?)
「わかったわ! グレイ、これからよろしく頼むわね!」
「ええ、リッカ様……!」
私たちは固く握手を交わした。何者も解くことができないような力強さで。
――しかし互いの心は別方向を向いていたわけだけど、終わりよければすべてよし、というやつである。
こうして、私は目的の絵画を手に入れることができた。
次なる目標は手に入れた絵画で周辺貴族とのコネクションを作ること。つまり。
「さあ、絵画の展覧会を開催するわよ!」




