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二周目領主はもうだまされない!  作者: 雨傘ヒョウゴ


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26 行商人、カナッツ


「大変失礼いたしました。リッカ様のあまりのお美しさを前にして、思わず……。無礼をお許しください」

「ふふ。許すだなんてとんでもない。どうぞお掛けになってくださいな」


 私の言葉に笑って頷き、カナッツはソファーの上に座り直す。ベリーショートの銀の髪を下げると健康的かつ色っぽい彼のうなじがよく見える。

 私も同じく正面のソファーに腰掛けながら、まずはカナッツを観察した。


 気分屋の猫みたいな、宝石みたいな瞳を彩る銀のまつ毛はとにかく長い。すらっとしているのに細すぎるわけではなく、男らしさもあり、普通の御婦人ならば彼にちらりと流し目される程度で、ドキュンと胸を射貫かれるだろう。まあ、私の心は凪だけど。文字通り無風ってやつよ。


 お、カナッツったら上目遣いをしているわ。あちらは先制攻撃をしかけているつもりかしら。うーん、そうだ。騙されて照れたふりをしとこっと。

 顔に手を当て、恥ずかしくて顔ごとそらしてしまったふりをする。我ながら可愛らしい気がするわ。今度はちらっとカナッツに視線だけ向けると、なぜかカナッツは驚いた顔をしていた。何よ。やっぱり似合わなかった? やめときましょう、この方向性は。


 さっきのことはなかったふりをして正面を向き直すと、ユフィがカナッツのお茶を交換するために入室する。ついでに背後をちらりと見て、グレイが控えていることを確認した。

 今回の交渉には、必ずグレイも同席するようにと伝えている。というか、ここ最近の私は頻繁に商人を呼び寄せ、様々な品を買い漁っているのだが、そのすべてに同席をさせている。


「私はカナッツと申します。普段は東の地で多く取り引きをしているのですが……リッカ様は、領主様になられたばかりで色々とご入り用かと思いまして、急ぎ馳せ参じさせていただきました」


 ユフィがお茶を入れ替えると同時に、カナッツは朗らかな笑顔で話を切り出す。先程の驚いた表情はすっかりと掻き消えていて、さすが商人、といわざるを得ない。


「まあ……東ということは、もしやセルスニア国でということかしら? 隣国からわざわざ来ていただくなんて、申し訳なかったわ」

「いえいえ。エスターチェ国の皆様ともよくしていただいておりますので。ぜひとも今後は、これをご縁として、私をお呼び寄せください。リッカ様のためでしたら、北でも南でも、それこそ西でも、どこへなりとも参りますとも」


 カナッツは猫のような瞳を細めて、色っぽく微笑む。

 しかしカナッツ自身は気づいていない。彼は自身の意思で来たように思っているだろうが、実は私が呼び寄せたという事実に。


「とっても心強いわ」


 私は両手を合わせつつ、心の中でニヤリと悪い顔をする。

 ――本来、カナッツは冬の始まり頃にやってくる予定だった。でもそれでは次の布石として動くためには遅すぎる。

 だから私は、次なる一手を講じた。まずは近場の商人を呼び、豪遊して馬鹿な買い物をするふりをする。そして商人たちに、新たな領主の存在を噂させた。具体的には騙されやすいカモがいるぞ、といった内容を目指して。


 というわけで噂のカモを狙って、予定よりも早く、カナッツはファリス村にやってきた。

 ちなみに豪遊して購入した品は今後三年の間に値上がりするものばかりである。保存のきくものばかりを買ったので、損をするどころか将来的には倍以上の収益は見込める。私をカモとして馬鹿にした商人たちは、将来的に泣きを見るクリティカルヒットである。


「……ぜひ、リッカ様のお力になりたいと願っております」

「……ええ。せっかく遠くからいらっしゃったんだもの。今後長いお付き合いになれば嬉しいわ」


 カナッツと私の背後に、見えざる雷が落ちた気がした。

 そう、これは、私とカナッツの口と口との、激しいバトルなのである……!

 今度は絶対に騙されてやらないからな……!


「せっかくの機会です。私が持つ商品の中でもえりすぐりのものを、部屋に並び入れさせていただきました。よければ手にとって御覧ください」

「もちろん! さっきからとても気になっていたの。ぜひ、拝見させてもらうわ」


 では一周目、カナッツは一体どうやって私を騙したのか?……私はカナッツの口八丁で価値のない商品に多額のお金を払ってしまったのだ。思い起こすととにかく悔しい。

 私は立ち上がって部屋の壁に沿って、ずらりと並べられた商品を眺める。背後にはカナッツがついている。

 美しい装飾品の他、簡易だが魔導具も置かれていた。

 魔導具とは、魔物の体から産出する『魔石』という特殊な鉱物をはめ込め、エネルギーとして使用する道具のことである。屋敷の中でもいくつかあるが、ここに並べてあるものの方が遥かに品質がいい。

 けれどもそんなのはここじゃなくても、いつでも手に入れることができる。

 ふうん……と見て回っていると、「こちらはいかがでしょう?」とカナッツに声をかけられた。


「リッカ様は領主様になられたばかり。領主として必要な心得のような雑学を、とある高名な学者が記載したこの世でただ一冊の本です。特別な伝手を使って、手に入れたものです」

「まあ……世界に一冊しかないのね……」


 カナッツが差し出した新緑色の皮で作られた、ずっしりとした太さと大きさの本。

 感動する仕草は心がけつつ、内心は全力で悲鳴を上げる。


(ひいいいい出てくるとは思ったけど! 本当に出してきたわ! もう絶対に見たくなかったのにーーーー!!!!)


 そう、それこそ、私がカナッツから騙されて購入した品である。

 これだけ商品があって本を買うって、何を考えているの? と今なら思うけれど、ここから先がカナッツの怖いところである。彼はただ、ちょっと色っぽいだけの商人ではない。彼の本領は……そう、その口先にある。商品を提案され、心の中で少し疑問に思った瞬間、浮かんだ疑問を埋めるように見事な説明が始まる。まるで頭で感じたこととリンクするかのように繰り出される会話にどんどん脳内が混乱して、購入するのならこれしかない! という気分にさせられるのだ。もし、今一周目に戻ることができるなら、私は一周目の私を往復ビンタしたい。騙されるんじゃない! 気をしっかり持って! と。


 ちなみに、すっかり洗脳されるように購入してしまったこの新緑色の本だが、実際は領主の心得でもなんでもなく、謎の学者による謎知識のオンパレードだった。

 書いていることは興味深かったけれど、文字と文章があまりにも癖があり、解読自体が困難で読むことすらもままならなかったけれど、高いお金を出して買ったのだからと、私は少ない睡眠時間をさらに削って本を読みふけった。

 最後のページまで解読し終えた後、机の上で徹夜の頭をふらめかせ、早朝の鳥の鳴き声を半笑いで聞いた日を思い出す。結局、最後の最後まで、領主の心得の『こ』の字もなく。

 というか、作者は領主じゃなくて学者だし。なぜちょっとでも信じてしまったのか。


「この本は本当に貴重な品で……」

「ごめんなさい、いらないわ。別のものを見させてもらうわね」


 とはいえ、あの恐るべき営業を前にして冷静でいられる自信なんてなかったので、会話を遮る。人付き合いとしては褒められた行為ではないと重々承知だが、この場合は仕方ない。


(うふふ。別のものを見るといいつつ、実は最初から決めているのよね……)


 ずらりと商品が並んでいる中で、なぜだか端の方にぽつんと放置されているそれ。大きさはそこそこあるのに、地味な布をかけられ、まるで存在を隠しているかのようだ。

 始めから、私はそれに目をつけていた。

 つかつかと近づき、勢いよく布をはぐ。「そ、それは……!」背後のカナッツが驚いたような声を出した。私は出てきた品を見てにんまりと勝ち誇り、振り返って宣言する。


「こちら、いただくわ!」


 窓からの光が、鮮やかにその、絵を映し出した。

 私がはぎとった布の下。――そこには。

 油絵の具で描かれた一枚の()が、額の中に入れられてそっと立てかけられていた。


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