25 新たな標的登場
「屋敷の人員整理、騎士団の改革、食糧問題の解決……やっとここまできたという感じ」
はあ……と私はため息をついて部屋の中で紅茶を飲む。
一番暑い時期は過ぎたから、これからは温かい紅茶も美味しくなりそう。
お茶の相手はルーよ。一応息子なんだから、家族の団らんの時間は大切にしたいわよね。
といいつつ、一人で考えるのは気が詰まってしまいそうだから、一方的な話し相手にしているだけともいう。
「やっととは言うが、随分駆け足だったように思うが」
「まさか! こんなのただの速歩きよ。本当はもっと全力で走り出したいのに」
部屋にはユフィとエヴァンが控えている。私がルーに怒ると、なぜかエヴァンは深く頷いていた。……一周目に一緒にいたときよりもエヴァンの印象が違うけれど、単純に私が知らなかっただけで、もともとこんな人だったのかしら。
別にそれはいいんだけど、たまにちょっと照れそうなことを言うのはやめてほしいわ。あとで一度、ちゃんと伝えてみようかしら。
「じゃあ次はどう全力で走るんだ?」
「そうね。そろそろトメロン作りは安定してきたから……」
と、話して紅茶のカップをソーサーに置いたとき、ドアがノックされる。
入室の許可をすると、入ってきたのは侍従長のグレイだった。
灰色の髪をなでつけ、相変わらず隙のない髪型である。グレイは声も態度もダンディな壮年の男性で、いつも紳士的に私を扱う。もちろん、これは表面上だけの話だけれど。
「リッカ様、お忙しいところ大変失礼いたします。少し確認したいことがございまして」
「そう。そこに置いておいて。すぐ見ます」
グレイが急ぎというのならその通りなのだろう。私は彼に指示をして、書類を受け取った。
見ると、ファリス領の期ごとの決算書である。内容は一周目に目を通したものとほぼ同じ。
「ふうん……」と含み有りげな口調で口の端を吊り上げ、「そのままで進めていいわ」と突き返す。
「かしこまりました」
必要以上の返答はない。ただそれだけだが、彼の有能さは一周目のときから嫌というほど知っている。――同時に、私をいかにうまく騙していたのかということも。
「ちょっと待ちなさい」
「……はい、いかがなさいましたか?」
「ねえグレイ。私、たくさん買い物がしたいのよ」
にこにこと笑う私の言葉の意味を捉えかねたのだろう。
グレイは眉をひそめ、「買い物……で、ございますか?」と瞬く。
「ええそうよ」
私は一層、笑みを深めて頷く。心の中は、邪悪な高笑いをして。
紳士的な仮面を被って、私を騙したグレイ。そしてさらにもう一人、私を騙した男がいる。
その二人目の男がやってくるのは、本来はもう少し先の時期だ。けれど時期を早めることで、グレイとそろって一網打尽にできる方法を私は思いついた。
これぞ、二兎追う者は両方を得る作戦である。
***
グレイは前領主から全幅の信頼を受け、長い間、屋敷すべての業務を取り仕切っていた。前領主が死亡して私に引き継がれるまで、領地が混乱することなく治められていたのは、グレイの手腕に他ならない。
そこにはなんの打算もなく、ただ領地のためだめに身を粉にしていた――なんていうわけではもちろんなく。誰もが知らぬ、ところがどっこい、な真相があった。
なんとグレイの行動、そのすべては他ならぬグレイ自身の利益のためだったのだ。
グレイは領地の収入を把握し、動かす立場にいた。彼はその立場を利用し、領地の収入をこっそりとごまかし、長年着服を続け、懐を暖め続けていたのである。
私がこの事実を知ったのは、一周目に処刑される前のことで、王都の牢屋の中で知らされた。領主としてグレイの着服に関わっていたのではないかと疑われ、私の罪はますます重くなった。今考えると、どうせグレイのことは関係なく処刑されていたんだろうけど。
当時の私は、それはもう驚愕した。なんせ四面楚歌、周囲は自分を騙す敵ばかりだけれど、侍従長のグレイだけは自分の絶対的な味方だと思っていたのに、それすらも嘘だったのだ。
グレイは私が処刑されるちょっと前に、本来は王家に収めるべき税を着服した罰として処刑されたらしい。
グレイが処刑されたことに、あまり心が揺れた記憶はない。過去の私はいろんなものに騙されすぎて、周囲のことは、どうでもよくなり始めていたのだ。でも、もう他人には騙されんぞ、と私が強く祈ったきっかけの一つなような気もする。
……あれ。もしかしたら私って人間不信気味なのかしら。
今更気づいてしまった自分の心の闇に、失笑するような気持ちになってグレイの背中を眺めた。屋敷の廊下の中を、こつこつと二人分の足音が響く。
現在、私は屋敷に招いた商人のもとへグレイとともに向かっていた。
「リッカ様、商人の名ですが……」
「わかっているから大丈夫。あなたは場所の案内だけしてくれたらいいわ」
「……さようでございますか」
私が連日いろんな商人を呼んで色々と買い漁っているから、今日も何を散財するのか会話のついでに知りたかったんでしょうけど、お生憎様! あなたに教えるものなんてなーんにもないのよ、と心の中であっかんべーをしてやる。
……それに、無駄な買い物はこれで終わりよ。
今日この日あの商人を呼び寄せるために、ちまちまと無駄な買い物をしていたんだから。
私はグレイがあけた応接室のドアを、堂々と通り抜ける。
覚悟を決めて、しっかりと前を向いて。
「……ああ、これは! なんと美しい! まるで女神が舞い降りたようです!」
瞬間、視界に飛び込んできたのは鮮やかな銀の髪を持つ、すらりと背の高い褐色の肌の男。彼はソファーから立ち上がって、うっとりとした目で私を見ている。
――麗しの美貌を持つ若き天才商人、カナッツ。
そして私を騙した、憎き男たちの一人でもある。




