23(閑話) ユフィというメイド
ある日、新しい領主様が、やってくると聞いた。
今まで通りの日々ではなくなる。それはなんだか、恐ろしいことのようにも感じていた。
私、ユフィには父親はいない。幼い頃に死に別れて、母と二人で、このファリス村に住んでいる。父が死んでからというもの、母は少しずつ元気がなくなっていった。
そのことは子供心にも気づいていたけれど、私にはどうすることもできず、メイドとして領主様の屋敷で働くようになってからは、せめてもと思い、少ない給料の中から母のために体調を整える薬を買ってはいたが、中々効果は出なかった。
今日も買った荷物を抱えて、私は実家の扉を叩いた。メイド業が休みである日は、いつもこうして母のもとを尋ねている。こんこん、とノックをして、「母さん、ユフィよ。帰ったわ」と、伝えたのに、一向に返事がない。嫌な予感がした。もしかすると、倒れているのかも……! 以前にもそんなことがあったのだ。
「母さん、あけるね!」
私は勢いよく玄関の扉を開いた。
しかし、実際に見た光景は、信じられないものだった。
「あら。自分であけようとしたんだけど……ふふ。ちょっとゆっくりしすぎたみたい」
「か、母さん……!? 起き上がって大丈夫なの!?」
いつもはベッドの中から動くことができず、日常のことは近所の人にお願いをしているくらいなのに。
明るい顔色の母さんに驚いて、私は持っていたものをすっかり床の上に落としてしまっていたことに気がついた。慌ててそれを母さんと一緒に拾い上げながら、何度見ても信じられなくて、母さんの顔を何度も手を止めて凝視してしまう。
母さんは、いたずらっ子のように笑った。
「……私も驚いているの。新しい領主様がトメロンという食べ物を配ってくださったでしょう? 悪魔の実だと聞いたから、食べるのは気が進まなかったんだけど……。でも、食べてみたら、どんどん体が楽になって……」
驚かせようといたんだけど、驚かせすぎたみたいね、と茶目っ気のある母さんの顔は、昔に戻ったかのようで、思わず緩んでしまいそうになる涙腺をぐっと我慢する。
「私以外にも、体調が改善したという人はたくさんいるみたい。……新しい領主様って、とても不思議な方ね。前の領主様とご関係を持っていた方だというから、村の人たちは不安に思っていたみたいだけど……」
「母さん、それは……!」
「もちろんこれは以前の話よ。領主様の手伝いをした村人が、驚いていたわ。『侍従長の命令で領主館の手伝いをしただけなのに、給金をもらったんだ』って。本当に、当たり前みたいに渡されたから、とってもびっくりしたそうよ」
「まあ……そんなことが」
まさにリッカ様が行いそうなことだ。自然と口元がほころんでしまう。
リッカ様は小さなことでも私にお礼を言う。前メイド長を解任するような厳しいところもあるけれど、ちゃんと仕事をすれば仕事にふさわしい対価を払ってくださる。
リッカ様の手は、労働などしたことがないような美しい手をしている。
なのに、リッカ様から伝わる雰囲気はまるで真逆だ。今までずっと、どこかで必死に働き続けてきたような……そんな研ぎ澄まされた空気すら感じる。
リッカ様は私たちのような下々の人間を、取り替えがきく便利な部品のように乱雑に扱うことはない。そしてリッカ様の素晴らしいところは、領主としては特別なその行動を、無意識で行っていること。
ご自身を特別だと、あの方はきっと思ってなどいらっしゃらない。
「今回の見知らぬ食料の配布もそうだわ。こんなに美味しいんだもの。領主様一人で独占してもおかしなことではないし、他の街に輸出すれば、高い値がついたでしょうに。私たち住民に優先して渡してくださるなんて……とても、お優しい方なのね」
「うん。そうね。本当に……お優しい方なの」
こんなことを、座り込んだまま話し続けるなんて、絶対におかしいのに。
喉が震えて、うまく声が出なくなる。ぽろぽろと、涙ばかりが溢れくる。
それは母さんも私と同じだった。二人してぎゅうぎゅうに抱きしめ合って、子供みたいに泣いてしまう。
「母さんが元気になって、嬉しいよぉ……!」
「今までごめんね、ユフィ、ごめんなさいね……」
嬉しくても、涙が枯れないことを、私は初めて知った。
私はこれからもずっとリッカ様についていこうと、そう深く胸に誓った。




