22 赤い……赤いぞ……!
「ウッヒヒヒヒ、ウッヒヒヒヒ、ウヒヒヒヒ……」
花が咲いて終わりだと思うなよ。
それから数日後、驚異的なスピードで鈴なりの実をつけたトメロンをどっさりと収穫した私は、ウヒウヒと笑いながら屋敷の厨房でトメロンを洗っていた。動くトメロンは両手で抱えることができるボールくらいのサイズだが、食べ頃はその半分くらいの大きさである。
拳くらいのトメロンを綺麗に洗い、そして包丁でざっくん、ざっくんとくし切りにしていく。
「赤い……赤いぞ……!」
断面からは、まるでトメロンの内蔵のごとく小さな種がずらりと覗いている。系統は一応野菜。でもほとんど果実みたいなものなので、皮ごと食べることができる。切って確認したところ、周囲は肉厚で、中身は種が詰まっているだけの空洞のようだ。この種がある部分に一番栄養が詰まっているとかなんとか。前世でいうトマトみたいなものかしら。
「さて……まずは誰に食べさせたらいいものか……」
皿の上にトメロン(くし切り済み)を並べて、ぐるっと周りを確認する。厨房で働く使用人たちは心持ち距離をあけて遠くにいる。ルーはお出かけ中だし、ユフィも不思議そうに私の手を見ていたけれど……ここはやっぱりエヴァンだろう。
「エヴァン、あーん」
「…………」
トメロンをフォークで刺して、私は背伸びをしてエヴァンに向ける。エヴァンは心底嫌そうな顔をして、若干顔をそらしている。
「あーん」
食べるために育てているのだろうとわかってはいても、さぞや抵抗があるのだろう。
繰り返す私の圧にとうとうエヴァンは折れて、わずかにしゃがんでトメロンを口にする。目を閉じてゆっくりと咀嚼してくれているけれど、眉間の皺がすごいな。
「美味しい?」
「……率直に言えば」
「よし、美味しいってことね。じゃあ、もう一口。あーん」
「……やめてください」
「美味しいじゃないの?」
「そういう問題じゃありません」
私の護衛騎士は、心底不機嫌そうに怒っていた。
美味しいなら別にいいじゃないか、と思いつつ、次に気になったのは興味津々なユフィの視線だ。彼女は実際に動く姿を見ていないので抵抗が少ないのかもしれない。
「食べる?」
「い、いただきたいです!」
「はい、あーん」
「えっ、あの……」
今度は別のフォークに替えてユフィに尋ねると、彼女は目を白黒させていたが、ぎゅっと目をつむり、恐るおそる顔をこちらに向けて、小さな口をあける。親鳥にでもなった気分ね。
エヴァン相手よりも心持ち丁寧に差し出すと、ぱくっとユフィがトメロンの端を口に加える。目をつむったまま、もぐもぐと咀嚼して、ごくんと飲み込む。
「お、美味しいです! 外側の果肉は意外と食べやすくてあっさりしているのに、中の種がぷるんと甘くて、まるでフルーツみたいです……!」
「そんなに? よし、私も食べてみよう。……おお、これはたしかに美味しい」
美味しくて甘くて、栄養たっぷりなフルーツみたいな野菜だと以前読んだ本には書かれていたけれど、実際に食べないと、やっぱりわからないわよね。
***
食料問題はファリス村にとって常に重要な、解決されるべき問題である。
トメロンは早急に各家庭に配布されることとなった。黒喘病が一気に流行ったのは、栄養不足で体が弱っていたせいでもあるからね。今のうちから元気になってもらわなきゃ。
「水の量は、少なめよ! でも一番重要なのは、収穫すべき時期を見落とさないこと! そのときは自分の体をもって大変さを体現することになるからね!?」
トメロン栽培は重要だけど、いつまでも私が主導しているわけはいかない。
このひと月とちょっとの経験を糧に、新しくトメロン栽培を担当する使用人に、徹底的に私の知識を叩き込む。
「そこーッ! 収穫できるトメロンを見逃しているわよ! おっさんが現れるわよ!?」
「す、すみません!」
我ながらどんな脅し文句だ? と思わないでもないが、私だって顔があるトメロンはもう見たくない。ちなみに、レジェンド枠としておじいさん顔のトメロンが出現することもあるらしい。一生出会わないことを祈る。
ビシバシと若者たちをしごいていると、エヴァンが表情を変えないまま、ふいに私に問いかけた。
「……悪魔の実ということは、住民たちに伏せて配布した方がよかったのでは?」
「それも考えたけれど、どうせ隠してもいつかはわかるわ。なら最初から伝えておいた方がマシよ。騙しきれないなら、騙しきれないなりの覚悟を見せなきゃ」
というかそもそも真っ赤な見かけでどう見ても怪しいし、いつか畑からトメロンが逃亡するかもだし、隠して作るくらいに小規模な畑にもしたくないし……。どう考えても詰んでるのよね。それならそれで諦めるのも肝心だわ。
「この村にはもっとたくさんの食料が必要なの。それなら美味しい上に栄養価がある植物をみすみす使わない手はないのよ」
まだ、私は一歩を踏み出したばかりだ。解決しなければならない問題は、これから山程ある。けれども、と私は苦笑してしまう。
「領主命令で無理やり食べさせてるわけだから、領民たちは、さぞや私を恨んでいるでしょうけどね」
「それは……」
「別に、まったく気にならないわ。百の利益があるのなら、悪役にでもなんでもなってやるってもんよ」
というか、これぞ私が目指している強い領主の姿である。また一歩目標に近づいたぞ、と心の中で全力で大笑いしていると、エヴァンはなぜか顔をしかめて、まるで痛々しいものを見るかのように一瞬悲しげな瞳を向ける。
えっ、なになに? もしかして今、私の発言、痛かった!? ちょっとだけ自分に酔ってたかも!? 戻して戻して、時間を戻して!?
私がはわはわし始めると、「リッカ様……」とエヴァンは苦しげな声を出した。
「俺は……、……!?」
けれど即座に私をかばうように前に出る。私もお姫様のように両手を握りしめて、体を硬くしてしまったことが悔しい。ファリス村は基本は平和なので活躍の場が少ないエヴァンだが、こういったときの反応は俊敏である。
わずかな緊張の間の後で、畑の草がわさっ、わさっと動いた。トメロンは密集して生えているので、向こう側に隠れている何かの姿は、すぐにはわからない。
「ばあーっ!」
飛び出してきたのは、小さな影がいくつか。
私がトメロン畑で実験を繰り返しているときに、遠くから見ていた村の子供たちである。「べろべろー」「やーいやーい」「ぶっぶー」……何を言っているのかしら。
子供たちはそれぞれが思うおちゃらけた顔を作って、舌を出したりあっかんべーをしたりと忙しい。うん、まったく意味がわからないわ。エヴァンもきつい顔は変わらずだけれど、少し困った雰囲気を醸し出している。
「なんだよ愛人領主! 驚けよ! つまんねぇな!」
うーん。文字通り、子供って感じね。
というか、普通の子供ってやっぱりこんなものよね? 普段ルーと一緒にいるから、感覚がおかしくなっているわ。
エヴァンの苛立ちが背中越しに伝わったので、さすがにこれはよくないと思い、「はいはい、驚いてるわよー」と言いながらエヴァンの服の裾を掴んで後ろに下がらせる。エヴァンは不満そうにしていたが、すんなりと聞いてくれてよかった。
「あなたたち、こんなとこで油を売ってないで、さっさと家に帰りなさい」
「……言われなくても帰るよ。な?」
友達同士で、視線を交わし合った後、なぜだかもじもじしている。が、その内一人が恥ずかしそうな顔をして、「美味かった!」と大声で叫んだ。
私はびっくりして、目を大きく見開いてしまう。
「うん。美味かった」
「別にそんだけ! そんだけ言いにきただけ!」
ちょっとの間だけ、私は返答に困って――。
「あったりまえでしょ!」
胸を張って、元気に笑う。
夏の日差しはちかちかと眩しいくらいだけれど、太陽の光があるからこそ、植物たちは元気に育つ。折れている暇なんて、どこにもないのだ。




