21 栽培スタート
「あのー……領主様……? 畑はどれくらい耕せば……いいんですかねぇ……?」
「そうねぇ。最初だから、そんなに広くなくていいわね。大人三人分くらいが両手で広げたくらいで。それをきっちり正方形にしてね。あ、でもこれからどんどん増やすから、正方形の形にした畑を少しずつ距離をおいて、十個くらい作ってちょうだい」
「はあ……?」
眉をひそめる村人は、筋骨隆々である。さすが、普段はダンジョンで採掘作業をしているだけある。グレイ経由で依頼して、私は三人ほどの村人を手伝わせることにした。村人たちも本当ならダンジョンに行くか、もしくは自分の畑を耕したいでしょうにね。
集まった三人はときどきぼそぼそと話し合って、「愛人」「本当は領主じゃないのかも」なんて言葉がちらほらと聞こえる。お日様はさんさんでいい天気だし、素敵なバックミュージックねぇ、と私は日傘を片手にほっこりしていた。隣にはエヴァンがいるけれど、最近はこういった噂を聞いて青筋を立てることがなくなったので気持ち的にはちょっと楽よね。
「リッカ様。日傘は俺が差しましょうか」
「え? 別に? 今は見ているだけだけど、私も畑に行くもの。いらないわ」
「……そうですか」
けど、じっとこっちを窺うような目をするのはやめてほしい。
楽になったと思ったけれど、一周目のときよりもエヴァンの視線が突き刺さるように痛い。背中を向けても感じるくらいだ。なんなのよ一体……。私の行き当たりばったり感に呆れているのだろうか。
ちなみにルーはいない。どこかを散策しているのだろう。お散歩好きの少年だ。
結局、日傘はエヴァンに預けて、村人たちを尻目に私は私の作業をすることにした。
地面の上に布を敷き、その上にはこの間這々の体で収穫したトメロン(死去済み)をのせる。すまないトメロン。君の死は無駄にしない。というわけで、私は取り出したナイフをトメロンの体に突き立てると、ばしゅわッ! と勢いよく噴水のように赤い液体が噴き出す。私の近くに立っていたエヴァンは、ドン引きしたように一歩下がった。
ミアムのように真っ赤になってしまっては大変なので、事前にエプロンをしておいてよかったわ。トメロンを半分に切り裂くと、中はゼラチン質に包まれた大量の種が出てきた。
私は種を一個いっこ水で丁寧に洗っていく。こんなの自分以外の人に任せたらいいじゃない、といわれそうだけれど、種がだめにならないように洗うのは、普通の人だと案外大変なのだ。私の場合、【鑑定】スキルが使用できるので、「これくらいかな……【鑑定】。よし、大丈夫。もうちょい【鑑定】。おっけい。ここでストップ」というように、ちょこちょこと状態を確認しながらできる。スキルは体力を使うから、もちろん休み休みしないといけないけどね。
「……あのー。畑はできたんですけど、こんなもんでいいですか?」
集中しすぎていたようで、随分時間がたっていたらしい。振り返ると、村人たちが少し離れたところから呼びかけていた。麦わら帽子を脱いで胸元で持ち、大きな体を居づらそうに揺らしている。
「ごめんなさい。確認するわ」
ちょうど種の採集も完了したところだ。畑を見回すと、十個のブロックがしっかりとできあがっていた。ちゃんと丁寧に耕してくれているので嬉しくなる。おお、仕事ができる人たちだ。さすがグレイの紹介である。次の仕事として種を埋める穴の深さと、種同士の間隔を伝えて、それが終わった頃には日が暮れてしまっていた。
「ありがとう。じゃあ、これはお礼よ」
「……お金を、払ってくださるんですか?」
「? そりゃあ、こちらからお願いしたことだし……」
あらかじめ準備した銅貨を渡す。だいたい、ファリス村の日給の倍くらいにしておいた。
普段している仕事を今日休んだ分、明日頑張らないといけないだろうしね。感謝料よ。
王都から旅立った際、一周目に盗まれた金貨を取り返したことを考えると、この程度はした金だからね。文字通り、私のポケットマネーである。
だというのに、村人たちは恐縮するような仕草で何度もお礼を言って、そして帰っていった。
「変ね。どうしてあんなにお礼を言うのかしら」
村人たちの背中を見ながら呟くと、エヴァンが少しの間を置いて返答する。
「……感謝しているのでは?」
「どうして?」
今度こそ、返答はなかった。
労働に対してお金を払うという、ただそれだけの話だと思うけど。
***
さあ、これから大変だ。
通常なら種から芽が出るのは一週間ほどの時間がかかることが多い。けれどもトメロンは、さらに驚異的なスピードで育つ。ただし、生育環境が問題なければ、という条件がつくけれど。暑さ、寒さに強いトメロンは、他にどんな環境を求めるのか。答えは水である。
トメロンは自分の中に水を溜め込む性質があり、水を与えなければ自分自身の力でなんとかしようと、甘く、美味しくなり、生育スピードも格段に上がる。けれど、あまりにも水を与えずギリギリを攻めすぎると、今度はトメロン自体が枯れてしまう。
これらは一周目で得た知識だが、私はあくまでも本を読んだだけで、実際に育てたことはない。
ここからは、いや、今までもこれからも、実践あるのみである。
そしてその実践は、私にしかできない。もちろん【鑑定】スキルの問題でね。私以外にも【鑑定】スキル持ちがいればよかったんだけど、残念ながらファリス村にはいないようだ。
「うーん。こっちのブロックよりも、あっちのブロックの方が育ちが良さそう。トメロンはなるべく種間隔を近づけた方がいいってこと……?」
ブロックごとに分けた畑で条件を少しずつ変えて実験する。変化は全部メモして、さらにまた確認する。
私が何をしているのか不思議だったのだろうか? なんだか視線を感じると思ったら、村の子供たちがこっそりとこちらを観察していた。何をしているのかしらと私も見返すと、「きゃあ!」と楽しそうな声を出して散り散りに去っていく。
私がいつまでも外にいるので心配したユフィが迎えにくることもあったし、エヴァンが一日中、一緒にいる日もあった。その他、手伝うことはないかと騎士団の人たちが順繰りで来るときもあれば、名前も知らない村人が来ることも。労働の対価が必要でしょうとお金を渡そうとすると断られてしまったし、本当によくわからないわ。特に子供たちが何度も来るので、「がおーっ!」と脅して追い払ってやった。キャッキャと嬉しそうな声で逃げられたけれど!
夜は夜で、どうすればもっと効率がよくなるのか、揺れるランプの火と一緒に考える。
昼間はトメロンにかかりきりな分、グレイから渡される領地の書類は夜の間にせっせとしなければならない。パタン、とドアが閉まる音がしたのでびっくりして振り向く。誰かこちらを見ていたのだろうか? 気になって、外の足音に耳を澄まして確認すると、隣の部屋に消えていった。ドアの下に置かれていたのは、気晴らし用の軽い度数のワインとグラス。
「……妙な気がきく息子だこと」
少しだけ笑って、渇いた喉をワインで潤した。
こうしてあっという間にひと月が過ぎ、畑の前には私とエヴァン、それからルー。ユフィに、騎士団の面々がずらりとそろっている。誰もが固唾を呑んで畑を見つめる。そこには鬱蒼とした緑が生え、いくつもの花の蕾が膨らんでいた。そして今にもはち切れそうに膨らんだ蕾が、太陽の光に向かって、ゆっくりとほころび、花開く。
鮮やかな赤い花が順繰りに開いていく。次々と咲き誇る赤い花が、緑の葉をあっという間に埋め尽くしていく。
「「「「わあーーーー!!!」」」」
興奮したように手を打つみんなの前で、当たり前よね、と私は腕を組んで胸を張っている。でも湧き上がる喜びをごまかすことができず、口元がぴくぴくと持ち上がってしまう。
私はそっと腕組みをほどいて、慎重にトメロンの花に近づいた。淑女のドレスをひっくり返したかのような、可愛らしい花弁だ。この花を揺らして受粉させれば、緑の実ができる。実が赤く熟したら食べ頃だ。
「花が咲いたから、すぐに実がなるわ。熟しすぎると手足が生えてきちゃうから注意しないとね」
「じゃあ、トメロンは早めに収穫すれば動かないんですね……! よかった……!」
ミアムがほうっと両手を合わせている。体中トメロンの汁だらけになったトラウマが抜けていないのね……。私だって収穫する度にあんな追いかけっこはもうしたくないわ。
(……トメロンの花は、黒喘病の材料の一つ!)
これで、薬の残りは二つ。また一歩、私は目的に近づいたのだった。




