20 追いかけろ!
「…………いたッ!!!!」
「え、あ、え、えッ!!!?」
ワズは混乱して私が指差した場所を確認している。もちろん、ワズ以外の騎士団員も、エヴァンも。ルーだけ落ち着いた顔をしていた。
私が思わず大声を出すと、丸くて小さいおっさん(仮)はビクンッ! と太い眉毛と体を跳ね上げさせた。そしてぴゅうっと風の如く、みんなの足の間を縫うように通り抜けて茂みの中に消えてしまう。
「追いかけて! すごく素早いの! 絶対に見失っちゃだめよ!」
「エッ!? 領主様! 探していたのは魔物だったんですか!?」
「魔物じゃないわ! あいつは『トメロン』! 魔物は体に魔力を持っている生き物のことをいうの! トメロンに魔力はないわ! 中年男性みたいな顔をしているけれど、れっきとした植物よ!」
「そ、そんなことあります!?」
森の茂みの中は動きづらい。なんとかワズと並走して私は叫びながら説明する。
トメロンはあんなに奇想天外な見かけと動きに対して、分類的には間違いなく植物なのである。私だって自分の目で見たのは初めてなので存在を信じたくない。
素早く走り続けるトメロンを追いかけている最中で、ワズはハッとしたように声を上げる。
「というか……トメロンって、悪魔の実なのでは!?」
……そう。そうなのだ。トメロンは私が発見した謎の植物ではなく、古くからこの地に生息する植物なのである。しかし奇想天外すぎる見かけに人々は恐れ、悪魔の実として遠ざけられていた。でもね、誰でも勇気のある人間は存在するの。
王都よりもさらに西の地で、トメロンを植物であると仮定し、捕獲して、自分で食べて栄養価を証明してしまった学者がいるのよ。その結果は王都の研究所に伝わっているけれど、遠いファリス村までは伝わらなかった。……伝わったところで、実際に試そうとする人がいるかどうかといわれると難しいところだわ。
本当に、新たな食材を見つける人って偉大よね。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
「しゃべって……いる……ッ!」
ワズが泣きそうとわけがわからない感情の狭間のような声を絞り出す。
気持ちはとてもわかるわ。私もちょっと泣きそうよ。というかトメロン、あんなに丸くて転がりそうな体なのに、転がって移動はしないのね……必死に手足をしゃかしゃか動かして森を逃げまくっているわ。植物として体に傷はつけないプライドがあるのかしら……。
いつしかトメロンは仲間を呼び、ぞろぞろっと一緒に並んで駆けている。地面が真っ赤に染まって目眩がする。
「あんなにたくさんいるのに、捕まえられない……!」
ときおり手が届きそうになっても、ひょいひょい器用にジャンプして逃げるので触れもしない。果たしてこれが植物とは????
私が悔しくて歯噛みをしていたとき、護衛のために後方をゆっくりと走っていたらしいエヴァンがあまりにも軽やかに飛び出た。手には剣を構えていて――。
「――剣はだめ! 頭のヘタを切ってはだめなのよ!」
「!?」
慌てて叫んだが、すでにエヴァンは数体のトメロンを横に切り裂いている。断末魔を上げるトメロン……。すかっと綺麗に真っ二つになったトメロンの体が、宙を浮き……そして一気に黒ずんでしまう。
そう、私がほしいのはトメロン本体ではなく、頭についた緑のヘタなのだ。そもそもトメロンはちょっとやそっとでは傷つかない強靭な体を持つ代わりに、少しでも体に傷がつけばあっという間に腐ってしまうという特徴を持っている。
捕まえたくても走って逃げるし、攻撃したら自滅する。なんという収穫難易度が高すぎる植物なのか。でも大丈夫。私も無策で挑んだわけではない。
「こっちを見なさい! トメロン!」
私は両手を力の限り広げて、立ち止まり叫ぶ。私の声を聞いて、数十匹のトメロンが、バッと勢いよく振り返った。そう、トメロンは。
「可愛い女の子が、ここにいるわよ!!!!」
なぜか、異様に女に弱い……!
髪をくくっていた紐を力強く解き、広がる薔薇色の髪をアピールする。『女に弱い』というよりも、より具体的にいえば『清純な女に弱い』ということらしい。魔物のユニコーンと同じよね。あっちも、乙女が近づけば膝の上で眠ってしまうとか。
トメロンも眠ることはなくとも、優しく抱き上げている間に素早く頭のヘタを取れば、簡単に収穫できるそうだ。さあこいこい、こいこいこい……と私は心の中の黒い笑顔を消して微笑む。なぜだろう。最初は反応していたトメロンだったが、(こいこいこいこい、食ってやるぞやるぞやるぞ……)と私が心の中で呟く度に、互いにヒソヒソと話し合い始めた。
いや相談できるんかい。
ええい、としびれを切らした私が、「うっふ~ん」としなを作って主張してみせる。
「「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」」」」
瞬間、めちゃくちゃ威嚇された。なんでよ!
「領主様、大丈夫ですか!? あの、俺、色々準備してて……縄とか、小さいナイフも……ん?」
どうやら最後尾を走っていたらしいミアムが、なんとかみんなに追いついたようだ。はあはあと肩で息を繰り返して、荷物を持ち上げた……のだが。
なぜかトメロンたちは一斉にミアムを見つめていた。
「え、あの、ヒーッ!!!!」
トメロンは高速でミアムのもとに駆けつける。「スキダ!」「スキダ!」「カワイイ!」「コレハスキ!」「メッチャスキ!」「ア゛ア゛ア゛!」
「ほんとになんですかこれ!?」
肩や頭、そして飛び込んできたトメロンを、ミアムは両手いっぱいに受け止めて、体をふらふらさせていた。猛烈な告白を受け続けている。元気な植物たちだな……。
私は全力で走っていたために、肩で息をしながらトメロンたちのもとに近づく。多分これだけは伝えねばならないと思ったから。
「トメロン……」と、彼らに語りかけるように。ゆっくりと。
「それは男の子よ」
「「「「…………? アーッ!!!!」」」」
トメロンは、弾けた。
***
まさかの爆発を遂げたトメロンたちだったが、一匹だけ生き残っていた。
そのトメロンはミアムに抱きしめられたまま状況を理解できずガタガタと震えていた。慌ててミアムがトメロンの頭のヘタを取ると、眠り落ちるかのようにするりと体の力が消え、それ以降は動くこともなくなった。
赤いトメロンの汁でミアムはすっかりぐしゃぐしゃになってしまったので、まさかこんなことになると思わなかったと謝罪すると、『領主様のお力になれたのならよかったです! とはいえ、なんだか悔しいので、もっと頑張って鍛えますね!』とにっこり笑顔の返答だった。やっぱり天使かもしれない。私とは相容れない存在すぎるので、今後は近づかぬようにせねば……。
なんにせよ回収したトメロンを持って、私たちはファリス村に戻った。
いつの間にかドロドロになっていた私の姿を見て、ユフィは悲鳴を上げ、『そんなに、お体を張らなくても……』と、嘆いていた。はて、体を張るとは。
ユフィの手によりすっかり元通りになったわたしは、すぐさま侍従長のグレイのもとへと向かった。
『明日から農作業をするので人員を借りるわね!』
と、爽やかに私が伝えると、彼は『……かしこまりました』と返答したが、返答までの間の長さから困惑がしっかりと伝わる。こいつは次に何を言い出してるんだ……? って感じかしら。最近は表情も取り繕わなくなってきたけど、直接口に出さないのならまだ合格ね。
普段の書類仕事はさくさくと終わらせた上なんだから、文句は言わせないわよ。




