第67話「町内清掃に、新兵器を持ち込まないでください」
朝比奈邸の朝は、リナの一言で始まった。
「町内清掃の協力依頼が来ているわ」
ダイニングで朝食を取っていたユウトは、箸を止めた。
「町内清掃?」
「ええ。大崎会長から。今度の日曜、公園と町内掲示板周りの掃除を手伝ってほしいそうよ」
リナは淡々と紙を読み上げる。
「内容は、公園の側溝周りのゴミ拾い、掲示板の古いチラシ剥がし、花壇の整備。以上」
「普通だね」
ユウトが言うと、サッちゃんの目が輝いた。
「町内環境維持作戦ですね!」
「普通の清掃活動よ」
リナが即座に訂正する。
サッちゃんは立ち上がり、胸に手を当てた。
「ご主人様。町内の平和は、日々の環境維持から始まります。サッちゃん、全力で参加いたします!」
「全力はいいけど、作戦名をつけるほどじゃないからね」
「では、簡易作戦名に留めます」
「つけるんだ……」
その時、地下ラボの方からミナミが顔を出した。
「町内清掃? いいね。ついに私の新型屋外環境補助装置の出番かな」
リナの目が細くなる。
「不要」
「まだ何も言ってないのに」
「あなたが“新型”と言った時点で不要よ」
ミナミは心外そうに肩をすくめた。
「ひどいなあ。今回は本当に平和な装置だよ。葉っぱやゴミを風で集めるだけ」
「“風で”という時点で不安しかないわ」
ユウトは苦笑する。
「町内清掃だし、普通に軍手とゴミ袋でいいんじゃない?」
「ご主人様」
サッちゃんが真剣な顔で振り向いた。
「普通の装備で、町内の平和を守れるのでしょうか」
「守れるよ。町内清掃だからね」
リナはすでに準備リストを書き始めていた。
「軍手、トング、ゴミ袋、ほうき、ちりとり。飲み物。以上」
ミナミが隣から覗き込む。
「風力サポーターは?」
「以上」
「追加欄は?」
「ないわ」
「じゃあ余白に――」
「書かない」
そのタイミングで、メグミが遊びに来た。
「おはよー。今日は何の会議?」
ユウトが答える。
「町内清掃の準備だ」
メグミは一瞬、安心した顔をした。
「おお、普通だ」
サッちゃんが拳を握る。
「町内環境維持作戦です!」
ミナミがにやっと笑う。
「私は新兵器を準備するよ」
メグミはその場で顔をしかめた。
「普通、どこ行った?」
◇
日曜の朝。
町内公園には、近所の人たちが少しずつ集まっていた。
散った桜の積もった遊歩道。
花壇の枯れた茎。
期限の切れたイベント案内が残る掲示板。
側溝に引っかかった紙くず。
どこにでもある、穏やかな町内清掃の風景だった。
そこへ、朝比奈邸の面々がやってきた。
ユウトは軍手にゴミ袋。
メグミはトングと飲み物の入った袋。
リナは準備リストと予備のゴミ袋。
サッちゃんは、なぜかほうきを背筋正しく構えている。
そしてミナミは、台車に小型の機械を乗せていた。
ユウトは、それを見た瞬間に言った。
「ミナミさん、それ何?」
「落ち葉誘導型・風力サポーター試作一号」
「名前がもうアウト」
メグミが即座に言う。
リナは無言でミナミを見た。
「持ち込み許可を出した覚えはないわ」
「まだ使ってないからセーフ」
「町内会に“まだ使ってないからセーフ”という規定はないわ」
大崎会長が、のんびりと近づいてきた。
「おお、ユウト君とこの皆さん。今日は助かるよ」
ユウトが頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
サッちゃんも深く一礼した。
「本日は、町内環境維持作戦に参加させていただきます!」
大崎会長はにこにこと頷いた。
「いやあ、頼もしいねえ。若い人は元気でいい」
メグミが小声で言う。
「会長、受け止め力高すぎない?」
リナが淡々と答える。
「町内会長は強いのよ」
大崎会長はミナミの台車を見た。
「おや、それは何だい?」
ミナミが胸を張る。
「落ち葉を効率よく集める補助装置です」
「おお、今どきはすごいねえ」
リナがすぐに口を挟んだ。
「使用前に安全確認をします」
「リナさん、目が監査法人」
メグミが言うと、リナは短く返した。
「町内安全管理よ」
◇
清掃は、最初だけ順調だった。
サッちゃんはほうきを持ち、落ち葉の山を見つめる。
「落ち葉、北東方向に密集。掃討します!」
「収集ね」
リナが訂正する。
「落ち葉、北東方向に密集。収集します!」
「言い換えればいいってもんでもないよ」
ユウトが苦笑する。
サッちゃんはほうきを振るった。
普通の掃き掃除なのに、動きが妙に速い。
ほうきが風を切り、落ち葉が見事に一方向へ集まっていく。
近所のおばあさんが感心したように言った。
「あらまあ、きれいに集めるねえ」
サッちゃんは振り向き、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! 床面制圧――いえ、地面清掃は得意です!」
ユウトが小声で言う。
「今、言い直した」
メグミも頷く。
「成長はしてる。方向は相変わらずだけど」
一方、リナはゴミ袋の分別を管理していた。
「燃えるゴミはこちら。空き缶は別。古いチラシは紙資源。混ぜないで」
大崎会長が感心する。
「いやあ、しっかりしてるねえ」
「分別は町内運用の基本です」
「町内運用って言葉、リナさんが言うと急に事業計画っぽい」
メグミが笑う。
ユウトは側溝周りのゴミを拾いながら、少しだけ息を吐いた。
「このまま普通に終わればいいんだけど」
その願いは、かなり早めに折れた。
ミナミが台車を押してきたのだ。
「そこで、これの出番だね」
リナが即座に言う。
「出番ではないわ」
「大丈夫。低出力。風で落ち葉をちょっと寄せるだけ」
ミナミは機械の上部をぽんと叩いた。
丸いファンが二つ。
小さなタイヤ。
側面には、ミナミの手書きラベルが貼られている。
**落ち葉誘導型・風力サポーター試作一号**
メグミは腕を組んだ。
「名前が長い機械ほど、だいたい何か起きるよね」
リナが頷く。
「経験則として正しいわ」
ミナミは笑った。
「今回は本当に大丈夫。風を出すだけだし」
ユウトが不安そうに聞く。
「風量は?」
「やさしいそよ風から、頼れる突風まで」
「後半いらない」
サッちゃんの目が輝く。
「頼れる突風……!」
「サッちゃんも拾わないで」
リナが静かに言った。
◇
ミナミの装置は、最初だけ優秀だった。
ファンが低く回り、落ち葉がゆっくりと一方向に流れていく。
近所の人たちが「おお」と声を上げた。
大崎会長も目を丸くする。
「便利だねえ」
ミナミは得意げに笑った。
「でしょ?」
リナはまだ警戒を解いていない。
「今のところは、ね」
サッちゃんは真剣に装置を見つめている。
「落ち葉の移動経路が整っています。これは……戦術的です」
「清掃的でいいから」
ユウトが言う。
ところが、次の瞬間。
機械が小さく震えた。
ミナミが「あ」と言った。
リナが目を細める。
「その“あ”は何」
「ちょっと風向きセンサーが、掲示板側の紙面を落ち葉と誤認したかも」
メグミが叫ぶ。
「かもじゃない!」
ファンが向きを変えた。
風が吹いた。
町内掲示板に貼られていた古いチラシが、ばさばさばさっと一斉に剥がれた。
ユウトが青ざめる。
「掲示板が!」
メグミが走る。
「チラシ飛んでる!」
サッちゃんがほうきを構える。
「飛翔物、捕捉します!」
「チラシ! チラシだから!」
リナは素早くゴミ袋を広げた。
「紙資源。回収」
ミナミは端末を見ながら言った。
「でも、古い掲示物の剥がし作業は短縮されたよ?」
リナが低い声で返す。
「手順外の効率化は、事故と呼ぶわ」
大崎会長は掲示板を見て、のんびり笑った。
「いやあ、ちょうど貼り替えようと思ってたんだ。手間が省けたねえ」
ユウトが思わず叫んだ。
「前向きすぎる!」
メグミも息を切らしてチラシを押さえながら言う。
「会長のメンタル、町内最強じゃない?」
リナが短く答えた。
「否定できないわ」
騒ぎはそれで終わらなかった。
風力サポーターは、落ち葉だけでなく、軽いもの全般に反応するらしかった。
公園のベンチに置いてあった軍手。
誰かの帽子。
メグミの持っていたゴミ袋の端。
大崎会長の町内会資料。
それらが、順番にふわっと浮いた。
「ミナミさん!」
ユウトが叫ぶ。
「停止して!」
「してる! してるけど、ファンが惰性で!」
メグミが帽子を追いかける。
「私のツッコミ筋、休ませたばっかりなんだけど!」
その時、大崎会長の帽子がふわりと浮いた。
「あっ、会長の帽子!」
ユウトが叫ぶより早く、サッちゃんが動いた。
地面を蹴り、落ち葉の山を飛び越え、空中で帽子をつかむ。
その動きは、町内清掃の範囲を完全に超えていた。
サッちゃんは着地し、両手で帽子を差し出す。
「会長装備、確保しました!」
大崎会長は目を丸くし、それから大きく笑った。
「いやあ、助かったよ。若い人は身軽だねえ」
メグミが肩で息をしながら言う。
「装備って言ったよね?」
ユウトが頷く。
「帽子だね」
リナは装置の電源部を確認していた。
「ミナミ、主電源はどこ」
「右側面!」
「右側面に三つあるわ」
「あ、一番危なそうじゃないやつ!」
「全部危なそうよ」
リナは迷わず中央のスイッチを切った。
ファンの音が止まる。
公園に、静けさが戻った。
メグミはベンチに手をつき、肩で息をした。
「町内清掃って、こんなに体力使う行事だったっけ……」
ユウトは拾ったチラシを束ねながら言う。
「少なくとも、うちが来る前は違ったと思う」
ミナミは装置を見下ろした。
「風向き制御の課題だね」
リナが無表情で言う。
「持ち込み許可の課題よ」
「次回申請制にする?」
「次回を前提にしない」
サッちゃんは、集めた落ち葉の山を見た。
「ですが、結果として落ち葉と掲示物の処理は進みました」
「結果で押し切ろうとしないで」
ユウトが言う。
大崎会長は相変わらず笑っていた。
「いやあ、賑やかでいいねえ。最近の町内清掃で一番活気があったよ」
メグミがぼそっと言う。
「活気で済ませていいのかな」
リナは静かに言った。
「大崎会長がそう言うなら、町内会処理としては成立するわ」
「リナさん、妙なところで現実的」
◇
装置が封印された後、清掃は普通に進んだ。
ほうきで落ち葉を集める。
トングでゴミを拾う。
古いチラシを剥がして束ねる。
花壇の枯れた部分を整える。
地味で、単純で、時間がかかる。
けれど、少しずつ公園はきれいになっていった。
サッちゃんは、ほうきを手にしながらぽつりと言った。
「町内の平和は、派手な制圧ではなく、地道な掃除で守られるのですね」
ユウトは落ち葉を袋に入れながら笑った。
「そうだね。たぶん、その言い方で合ってるような、合ってないような」
メグミが額の汗を拭く。
「でも、今日のサッちゃんはかなり役立ってたよ。落ち葉集め、めちゃくちゃ速かったし」
サッちゃんの顔が明るくなる。
「本当ですか!」
「うん。風力サポーターより安定してた」
ミナミが少し不満そうに言う。
「比較対象が私の装置なの、複雑だなあ」
リナは淡々と答えた。
「比較されたくなければ、暴走しないことね」
「はい」
大崎会長が、集められたゴミ袋を見て頷いた。
「いやあ、助かったよ。ありがとうねえ。ユウト君とこの皆さんが来てくれると、町内が明るくなるよ」
ユウトは少し照れながら頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
サッちゃんはまっすぐに礼をした。
「町内環境維持任務、完了しました!」
「おお、任務完了か。頼もしいねえ」
大崎会長は笑っていた。
メグミが小声でユウトに言う。
「会長、最後までノーダメージだったね」
「うん。町内会長ってすごいな」
リナはゴミ袋の数を確認してから、短く言った。
「次回から、ミナミの装置は事前申請制。様式は三枚」
ミナミが目を丸くした。
「町内清掃に申請書いる?」
「あなたがいるなら必要よ」
「それ、ほぼ却下じゃん」
「妥当よ」
◇
清掃後、全員は公園のベンチで飲み物を飲んでいた。
日差しは柔らかく、公園は朝よりずっと明るく見えた。
サッちゃんはペットボトルのお茶を両手で持ち、満足そうに周囲を見回す。
「ご主人様。町内清掃とは、奥が深いですね」
「そう?」
「はい。敵を倒すのではなく、落ち葉を集め、ゴミを拾い、掲示板を整える。これは、生活を守る戦いです」
ユウトは少し考えてから頷いた。
「うん。それはちょっといい言い方かも」
メグミが言う。
「ただし新兵器は不要」
「はい!」
サッちゃんは元気よく返事をした。
ミナミが小さく手を上げる。
「じゃあ、次は兵器じゃなくて、町内向け生活支援機として――」
リナが無言で見た。
ミナミはゆっくり手を下ろす。
「……人力って大事だよね」
メグミが笑った。
「判断が早い」
サッちゃんはほうきを見つめ、軽く一礼した。
「本日も、お疲れさまでした」
ユウトが苦笑する。
「掃除道具に礼儀正しいの、相変わらずだね」
サッちゃんは胸を張る。
「町内の平和を共に守った戦友です!」
「ほうきだよ」
公園に、穏やかな笑いが広がった。
町内清掃は、無事に終わった。
掲示板のチラシは少し予定より早く剥がれ、軍手は少し空を飛び、メグミは少し多めに走った。
それでも、公園はきれいになった。
朝比奈邸が関わると、落ち葉一枚にも作戦名がつく。
それがこの町の、最近の少し騒がしい日常だった。
【第67話・完】




