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第49話「お花見任務、守れ特賞」 

花見の朝、朝比奈邸のリビングには、どう見ても敷きすぎな量の敷物があった。


レジャーシート大が二枚。

予備の小さいシートが一枚。

保冷バッグ、紙皿、紙コップ、ウェットティッシュ、ゴミ袋、取り分け用の箸。

その真ん中で、サッちゃんが弁当箱の配置を真剣に調整している。


ユウトはそこで立ち止まった。


「……花見って、こんなに準備いるの?」


サッちゃんは、きっぱり頷いた。


「屋外での長時間滞在です。気温、風、飲食、移動、休憩を考えると最低限です」

「最低限の定義が怪しいんだよな」


その横で、ミナミが得意げに小箱を持ち上げる。


「じゃーん。花見便利グッズセット」

「嫌な予感しかしない」

「今日はちゃんと役立つの多めだよ」

「その言い方がもう信用できない」


リナが中身を見て、即座に二つ抜いた。


「自動乾杯音頭スピーカーと桜吹雪演出ファンはいらない」

「なんで!?」

「花見よ。演出する側に回らないで」

《今回はリナに同意》

ミナミの端末からプリズミアが楽しそうに言う。

「“今回も”でしょ」

《リナには逆らえないもん♡》


そのやり取りの横で、サッちゃんはまだおしぼりを並べていた。


「五人なので五本、予備で二本です」

「おしぼりに予備いる?」

ユウトが聞くと、サッちゃんは真顔で頷いた。

「風があるので」

「おしぼりが飛ぶ想定なんだな……」


メグミがそこで、とうとう笑った。


「サッちゃん、それ花見じゃなくて“屋外快適化計画”だよ」

「快適な方がいいです」

「それはそう。

でも今日は“快適さを整えてから楽しむ”じゃなくて、“楽しみながら多少崩れる”方が花見っぽいかも」


サッちゃんは、その言葉で少しだけ手を止めた。

たぶん、理屈としては分かる。

でも、まだ体が追いついていない顔だ。


ユウトは保冷バッグをひとつ持ち上げた。


「これ、俺が持つ」

「ご主人様、重いです」

「分かってる。

でも今日は普通に花見する日なんだろ。皆で協力しないと」


サッちゃんは一瞬だけ止まった。

それから、小さく頷く。


「……はい。共同運用にします」

「花見で共同運用って何だよ」

「でも、そういうことだよね」

メグミが笑う。

「今日のテーマ、そこかも」


隣町の河川敷公園は、桜まつりの真っ最中だった。


桜並木の下に、焼きそば、たこ焼き、綿あめ、射的、金魚すくい。

風が吹くたびに花びらが舞って、川沿いのシートも人の流れも、なんとなく浮き足立っている。


《目的地周辺に到着しました》

ABELが静かに告げる。


車を降りた瞬間、プリズミアの声がミナミのスマホへ移る。


《はい♡ 屋外サポートはプリズミアにお任せ》

「花見にサポートいらないだろ」

ユウトが言う。

《いいのいいの、こういうのは言ったもん勝ちよ》


入口近くでは、大崎会長が腕章をつけて動き回っていた。

相変わらず声がでかい。なんで隣町の祭りに?


「おっ、朝比奈くんたち! 花見かい、いいねえ!

こういうのは横の繋がりが大事だからね協力しない。               福引もあるから帰りに寄っていくといい!」


会長の指さす先には、福引きブースがあった。

目立つ位置の透明ケースに、一枚の札が入っている。


特賞引換札

春の大当たり!温泉旅館ペア宿泊券+商店街共通商品券


「分かりやすいな……」

ユウトが言うと、リナが眉をひそめる。

「分かりやすすぎるのよ」

会長は胸を張った。

「派手な方が盛り上がるじゃないか!」


その直後だった。


風でひらりと白い紙が飛んできて、透明ケースの上にぺたりと貼りつく。

ミナミがそれを剥がして読み上げた。


「えーと……

本日、桜の下でいちばん浮かれた宝をいただく

──大泥棒アサミヤ」


会長が固まり、周囲がざわつく。


「えっ、何これ!? ちょっと困るよ!

今日に限ってそういうのやめてほしいんだけど!」


ユウトは紙を見る。

リナも見る。

その横で、メグミが少しだけ目を細めた。


「“浮かれた宝”って言い方、現金っぽくないね」

「だな」

ユウトが頷く。

「祭りの顔そのもの、って感じだ」

「つまり、あの札」

リナが透明ケースを見る。


サッちゃんの空気が少し変わる。


「ご主人様、警戒を——」

「待て」

ユウトがすぐ言う。

「今日は普通の花見だ」

「ですが、普通ではなくなりました」

「それはそうだけど」


ミナミが吹き出した。

「サッちゃん、切り替わり早いなあ。生き生きしてない?」

《サッちゃん、やる気スイッチ検知》

「検知しなくていいです」


会長はまだ普通に慌てていた。


「いやほんと困るよ!?

あれなくなったら、今日の盛り上がり半分くらい飛ぶんだから!」


その反応だけは、妙に正直で分かりやすかった。


結局、花見はすることになった。

しない理由がない。

ただし、全員ちょっとだけ福引きブースを気にしながらである。


場所選びも、当然すんなりは終わらなかった。


「ここでいいじゃん」

ミナミが入口近くを指した。

「屋台近いし」

「近すぎる」

リナが即答する。

「人の流れが強い」

「あと、ブースが見えにくい」

メグミも続ける。


サッちゃんは少し離れた木の下を見ていた。


「こっちの方がいいです」

「何で?」

ユウトが聞く。


「日差しが柔らかいです。

あと、後ろが開けていて……落ち着きます」

「それと」

メグミが横から続ける。

「福引きブースもちゃんと見える。

見張るなら、そっちの方が自然」


サッちゃんが、少しだけ目を瞬いた。

自分の考えを先に言葉にされた顔だ。


ユウトはすぐ歩き出した。


「じゃあ今日はそこ。

花も見えるし、会場も見える」

「珍しく即決」

リナが言う。

「今日は決めるのが仕事だろ」

「そういう日もあるか」


その一言で、場所が決まった。


シートを広げた瞬間、案の定、風が吹いた。


ばさっと大きな音。

角が跳ねる。

サッちゃんが反射で押さえようとするより早く、ミナミが小型重しを置いた。


「はい、花見ウェイト!」

四隅がぴたりと安定する。


一拍の沈黙。

それからメグミが言った。


「今日は本当に役立ってるね」

「でしょ!」

ミナミがすぐに得意げになる。

リナは淡々と補足した。

「一個だけね」

「そこは言わなくてよくない!?」


シートの上に荷物を置き終えたところで、サッちゃんがまだ立ったままだとユウトは気づいた。


「サッちゃん」

「はい」

「座れよ」

「まだです」

「何が」

「快適運用が完成していません。

あと、福引きブース側の視界が——」


メグミが、そこでやわらかく言う。


「サッちゃん。

今日は“全部を見張る”より、“ちゃんと花見にいる”方が大事だよ」


サッちゃんは一度だけ口を閉じた。

その言い方は、リナの正論とも、ユウトのツッコミとも少し違う。

“今のサッちゃん”に合わせた言い方だった。


「落ち着かない?」

メグミが聞く。

サッちゃんは少し迷ってから、正直に頷く。


「……はい」

「じゃあ、落ち着かなくてもいいから座ろう。

今日はそれで十分」


その一言で、サッちゃんはようやく座った。

少しだけぎこちなく。

でも、ちゃんと。


ユウトはその様子を見て、少しだけ笑った。


「今日は全員で花見する日だからな」

「……はい」

今度の返事は、少しだけ柔らかかった。


弁当を広げて、ようやく花見が始まりかけたところで、第一の誤認が起きた。


焼きそば屋の前を、帽子を深くかぶった細身の男が横切る。

手元には布袋。

動きが妙に静かだ。


「怪しいです」

サッちゃんが立ち上がりかける。

だが、その男は焼きそばの鉄板の前で止まり、普通にヘラを持った。


「ただの店員だな」

ユウトが言う。

「帽子と動きが似ていました」

「祭り会場に帽子の人はいっぱいいる」

「はい……」


二回目は、福引きブース横を歩いていた着ぐるみ。

三回目は、景品補充をしていただけのスタッフ。

そのたびにサッちゃんが少しだけ反応し、少しだけ止められる。


ミナミはその様子を見ながら、お茶を飲んでいた。


「サッちゃん、今日は“飛び出す前に一回止まる”がちゃんとできてるね」

「褒められてる感じがしません」

「褒めてるよ。わたしは皮肉とか言ったりしないから」

「そこは本当」

メグミが言う。

「前より、ちゃんと見てから動いてる」


サッちゃんは、少しだけ照れたように視線を落とした。


その直後だった。


福引きブースの方で、会長の声が響く。


「えっ、ちょっと待ちな! 札が——」


全員の視線が一斉に向く。

透明ケースの中が、空だった。


「なくなってる!」

会長が本気で慌てている。

「それは困るよ! かなり困るよ!」


リナがすぐに動く。

ケースを確認する。

壊されていない。

無理やり開けた跡もない。


「自然に開けてる」

「つまり?」

ミナミが聞く。

「スタッフか客に紛れて、最初から近くにいた」

リナが答える。


メグミが予告文を思い出したように言う。


「“浮かれた宝”ってことは、現金じゃなくて祭りの華。

目的が札なら、盗ったあとすぐ逃げるより、“まだ会場にいる”方が自然だよ」

「まだ近いってことか」

ユウトが周囲を見る。


その時、ステージ裏の通路から、妙に落ち着いた声が聞こえた。


「いやはや、桜の下というのは人の目を甘くする」


黒い上着の細身の男。

その手に、白い札。

大泥棒アサミヤが、やたら落ち着いた顔で立っていた。


「いた!」

ミナミが叫ぶ。

「派手に言うな!」

ユウトが言うより早く、アサミヤはくるりと向きを変え、屋台の列へ消える。


追跡は、シリアスというより単純に騒がしかった。


焼きそばののれん。

綿あめの列。

射的の横。

花びら。

子ども。

とにかく普通に追うのに向いていない。


「札だけ見ろ!」

ユウトが先に言う。

「本人を追いすぎるな!」

「はい!」

サッちゃんの返事は、ちゃんと落ち着いていた。


メグミは人の流れを見ている。

「右は詰まる! そっち行ったら見失う!」

ミナミは端末を見ながら走る。

《会場の流れ、少しだけ見えた♡》

プリズミアの声がポータブル案内板から響く。

「少しだけじゃなくてちゃんと見て!」

ミナミが叫ぶ。


その時、近くを転がってきた子どものボールが、アサミヤの進路をわずかに乱した。


「今!」

メグミが言う。


ユウトはすぐに進路を読む。

屋台ののれんの裏。

提灯の影。

アサミヤは逃げるより、“視界から溶ける”方を選んでいる。


「左じゃない、あの屋台裏だ!」


その声で、サッちゃんが角度を変える。

前みたいに一直線じゃない。

逃げ道を塞ぐ方へ入る。


アサミヤがちらりと振り返る。


「なるほど。今日は連携ですか」

「花見だからな」

ユウトが言い返す。


その一瞬、ミナミがさっきの花見ウェイトを投げた。

直接当てるつもりではない。

のれんの端を引っかけて、逃げ道をずらすための一投だ。


「今度こそ役立って!」


小さな重しがのれんを引き、進路が半歩だけぶれる。


その半歩で十分だった。

サッちゃんが踏み込み、アサミヤの手首ではなく札だけを狙う。

袖口を軽く払う。

白い札がひらりと宙へ舞う。


ユウトが手を伸ばし、ぎりぎりで掴んだ。


「よし!」

その瞬間、アサミヤは少しだけ笑った。


「なるほど。今日は捕まえに来たわけではないな」

「花見を邪魔されたくないだけだ」

ユウトが答えると、アサミヤはわずかに肩をすくめる。


「では、本日の収穫は十分」


次の瞬間、屋台の湯気と風と花びらが重なり、姿が消えた。

追えなくはない。

でも、その必要はなかった。


札は戻った。

それでいい。


サッちゃんも追わなかった。

札を持つユウトの手を見て、小さく息をつく。


「……ありますね」

「ああ。ちゃんとある」

「なら、今回は大成功ですね」


その声は、ちゃんと落ち着いていた。


福引きブースへ戻ると、会長は本気でほっとした顔をした。


「よかったよ! ほんとによかった!

なくなってたら、今日の空気ずっと変になってたよ!」


「透明ケースで目立たせるのはやめた方がいいわね」

リナが淡々と言う。

「う、うん……次から考える……」

会長は素直だった。


提灯には、小さな紙片が一枚だけ残っていた。


本日の宝は、札より騒ぎの方が価値があった

──アサミヤ


「腹立つ」

メグミが静かに言う。

「結局向こうの思うつぼね」

「認めるなよ」

ユウトが言うと、メグミは少しだけ笑った。


全員がようやくシートへ戻った時には、昼もだいぶ進んでいた。


弁当は少し冷めていたが、問題ない。

風も少しだけ落ち着いている。

頭上の桜は、相変わらずきれいだった。


サッちゃんは、今度こそちゃんと座った。

もう立ち上がらない。


「……今度こそ、普通の花見だと思ったんですが」

ぽつりとそう言う。


ユウトは笑う。


「普通じゃなかったな」

「はい」

「でも、桜は見れただろ」

サッちゃんは上を見た。

しばらくして、頷く。


「……はい。ちゃんと見れました」


その返事は、少しだけ静かで、少しだけ柔らかかった。


ミナミが満足そうにお茶を飲む。


「でしょ。

みんなでのんびりする時間が大事だよ」


リナが呆れ半分で返す。


「怪盗込みで成功判定を出すのはやめなさい」

「でも結果オーライじゃん」

「毎回結果オーライされたら困るの」


メグミが笑いながら言う。


「“何も起きない予定だったのに、ちゃんと花見にはなった”って意味なら成功かな」

「それは分かる」

ユウトも頷く。


その時、サッちゃんが小さく言った。


「次に来る時は、もう少し装備を減らせるかもしれません」

「そうだな、またみんなでこよう」

「……はい。

花見は任務ではありませんでしたが、悪くなかったので」


その言い方が妙に律儀で、ユウトは吹き出した。


「そうか。じゃあ次は、怪盗抜きがいいな」

「それは本当にそう」

リナが即答する。

ミナミだけが笑う。

プリズミアは楽しそうに言った。


《でも次回は、もっと静かなイベントがいいかもね♡》

「お前が言うと信用できない」

ユウトが返すと、全員少しだけ笑った。


風がもう一度吹いて、花びらがゆっくり落ちてきた。

今度こそ誰も立ち上がらない。

そのまま座って、ちゃんと春を見ていた。



【第49話・完】

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