第71話「親善試合では、小さき精鋭部隊を侮らないでください」
星ヶ丘町内グラウンドには、朝から妙な熱気があった。
商店街ののぼり。
町内会のテント。
紙コップに入った麦茶。
そして、大崎会長が手書きした横断幕。
『星ヶ丘町内親善サッカー大会 思い立ったがキックオフ!』
ユウトはその文字を見上げ、しばらく黙った。
「会長、これ本当に使うんですか」
「いいだろう? ワールドカップを見ながら書いたんだよ」
「勢いだけで全部決まってる……」
大崎会長は、今日も青いタオルを首に巻いている。
完全にミーハーだった。
けれど町内の人たちは、意外と楽しそうに集まっていた。
朝比奈邸チームも準備を終えていた。
赤を基調にしたユニフォームに、黒いパンツ。
サッちゃんは背番号七番。
ユウトは一番。
メグミは十番。
リナ、レオ、ノア、アリアも並び、クララはベンチで戦術補佐。
ミナミは記録係。
灰島はコーチとして腕を組み、ロレンスはなぜか折りたたみ椅子で優雅に観戦していた。
サッちゃんは拳を握った。
「ご主人様。本日は全力で親善します!」
「全力で親善って何?」
メグミがすぐにツッコむ。
リナはメモを確認した。
「接触プレー禁止。危険行為禁止。ミナミの装置使用禁止。サッちゃんの出力制限。ノアの気配消しすぎ禁止。レオくんの過負荷禁止」
「禁止事項が多いなあ」
ユウトが言うと、ミナミがベンチから手を上げた。
「紙とペンは?」
「許可」
「原始的だけど頑張る」
その向こうで、星ヶ丘SCジュニアの少年たちが青いユニフォームで整列していた。
背は低い。
声は高い。
けれど、立ち方が違う。
「星ヶ丘SCジュニア、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
少年たちの声は綺麗に揃っていた。
朝比奈邸チームも挨拶を返す。
「よろしくお願いします!」
その直後、少年団の何人かがちらちらとこちらを見た。
サッちゃん。
リナ。
ノア。
アリア。
クララ。
赤と黒のユニフォーム姿のメイドたちは、どう見ても目立っていた。
少年の一人が小声で呟く。
「メイドさんたち、ユニフォーム着てる……」
別の子が言った。
「かっこいい……」
キャプテンが慌てて振り向く。
「みんな! 試合に集中!」
そう言ったキャプテン自身も、サッちゃんと目が合った瞬間、少しだけ顔を赤くした。
メグミはそれを見逃さなかった。
「少年団、試合前から揺れてる、子供の目には毒かもね」
ユウトが小声で返す。
「でも、絶対強いよね」
リナが頷いた。
「油断しないで。視線は揺れても、隊列は崩していないわ」
◇
キックオフの笛が鳴った。
最初にボールを持ったのは、星ヶ丘SCジュニアだった。
横へ。
後ろへ。
中央へ。
小さなパスが迷いなくつながる。
「え、うまっ」
メグミが思わず声を漏らした。
リナがすぐに指示を出す。
「ノア、右。メグミ、中央。サッちゃん、ボールだけ追わないで」
「了解しました!」
サッちゃんは元気よく返事をした。
そして、ボールへ一直線に走った。
「ボール確保!」
「追ってる!」
メグミが叫ぶ。
少年団は慌てなかった。
サッちゃんが詰めた瞬間、ボールは横へ逃げる。
さらに後ろへ戻り、中央へ入る。
朝比奈邸チームが少しずつ釣られたところで、キャプテンが小さく足を振った。
強くはない。
けれど、コースがよかった。
「うわっ!」
ユウトが横へ飛ぶ。
指先をかすめたボールが、ゴールの内側へ転がった。
笛が鳴る。
「ゴール!」
開始早々、星ヶ丘SCジュニアが先制した。
サッちゃんは呆然とゴールを見た。
「小さき精鋭部隊……見事です」
「感心してる場合じゃないよ」
メグミが肩で息をしながら言う。
ユウトはボールを拾い、苦笑した。
「今の、普通にうまかった」
リナも頷く。
「個人ではなく、チームで崩されたわ」
ベンチのミナミが紙を掲げた。
「データ班より報告。朝比奈邸、ボールに釣られすぎ」
「紙とペンでも痛いこと言うね」
◇
失点してから、朝比奈邸チームも少しずつ落ち着き始めた。
メグミが中央で声を出す。
「サッちゃん、今は待って! レオくん、右空いてる!」
「はい!」
レオが走る。
メグミからのパスを受けたレオが、前を向いた。
「サッちゃん!」
「受けます!」
サッちゃんがボールを受けた瞬間、少年団の二人が前に立った。
サッちゃんは足元のボールを見た。
昨日の練習を思い出す。
出力は、半分のさらに半分。
ボールは敵ではない。
相手は、小さき精鋭部隊。
敬意を持って、対応する。
サッちゃんは、そっとボールを横へ動かした。
少年二人が一瞬、驚く。
「えっ、強引に来ない?」
その隙に、サッちゃんは軽く前へ抜けた。
メグミが叫ぶ。
「今!」
サッちゃんは足を振った。
強くない。
いつものサッちゃんなら、絶対に蹴らないような柔らかいシュート。
ボールは少年キーパーの横を転がり、ゴールネットに触れた。
笛が鳴る。
「ゴール!」
朝比奈邸チームが沸いた。
「サッちゃん、ナイス!」
ユウトが叫ぶ。
サッちゃんはぱっと笑った。
「ご主人様! 出力制限成功です!」
「得点よりそこなんだ!」
メグミが笑う。
少年団のキーパーは悔しそうにボールを拾ったが、すぐにサッちゃんを見上げた。
「今の、うまかったです」
サッちゃんは真剣に頭を下げる。
「ありがとうございます。そちらの反応も見事でした」
少年は一瞬、顔を赤くした。
「い、いえ!」
キャプテンがすぐに声を出す。
「切り替えろ! まだ同点!」
しかし、横の少年が小声で呟いた。
「金髪のメイドさん、やさしい……」
「だから見るな!」
キャプテンが叫ぶ。
メグミがまた見逃さなかった。
「少年団、だいぶ揺れてる」
◇
前半終了間際、少年団が再び動いた。
右へ。
中央へ。
左へ。
小さなパスがつながり、朝比奈邸チームが横へ振られる。
リナが声を出した。
「メグミ、左を閉じて!」
「はい!」
メグミが走る。
だが、少年団は一手早かった。
左の少年が、ふわりと小さく浮かせる。
ゴール前へ。
そこに、小柄な少年が走り込んでいた。
ユウトが反応するより早く、その少年が足を合わせた。
ボールは軽く当たり、ゴールへ転がる。
笛が鳴った。
二点目。
星ヶ丘SCジュニア、二対一。
リナが小さく息を吐く。
「完全に崩されたわね」
クララがベンチで頷いた。
「体格差を理解した上で、小さな動きを使っています。見事です」
サッちゃんは悔しそうに拳を握った。
「小さき精鋭部隊、恐るべし」
「言い方は変だけど、気持ちは分かる」
メグミが息を整えながら言った。
◇
ハーフタイム。
朝比奈邸チームはベンチに戻った。
ミナミが紙を見ながら報告する。
「前半のデータ。朝比奈邸は個人突破率が高いけど、パス成功率が低い。あと、レオくんのサッちゃん注視時間が長い」
「そこ記録しなくていい!」
レオが真っ赤になる。
《補足:記録としては正確ですね》
「プリズミア!」
リナはホワイトボードを見ながら言った。
「後半は無理にサッちゃんへ集めない。メグミを経由して、左右に散らしましょう」
クララも続ける。
「アリアがボールを持つと、相手の足が一瞬止まります。そこを使えます」
アリアは困ったように微笑んだ。
「私が、ですか」
メグミが真顔で言う。
「アリアさん、少年団にめちゃくちゃ効いてます」
「それは戦術としてよいのでしょうか」
「親善の範囲で、たぶん」
サッちゃんは真剣な顔で言った。
「サッちゃんも、もっとチームを見ます。ボールだけではなく、味方を」
灰島が頷く。
「それでいい。サッカーは一人でやるものじゃない」
その横で、少年団のベンチも慌ただしかった。
「いいか、後半も集中だ。メイドさんたちを見るな。ボールを見るんだ」
「でも、赤いユニフォーム似合ってる」
「分かるけど!」
「リナさん、眼鏡かっこいい」
「見るなって!」
「あの黒髪の人、いつの間にか後ろにいる」
「それは見ろ! マークしろ!」
メグミは思わず笑った。
「少年団も大変そう」
◇
後半が始まった。
朝比奈邸チームは、少しだけ変わっていた。
サッちゃんが、すぐに突っ込まない。
メグミを見る。
レオを見る。
アリアを見る。
ボールがリナからメグミへ。
「こっち!」
メグミが受ける。
少年団が寄せてくる。
メグミは無理をせず、アリアへ戻した。
アリアが一歩、優雅に前へ出る。
少年団の一人が、ほんの一瞬だけ見とれた。
その隙に、アリアは右へパスを出す。
レオが走る。
「行きます!」
レオは中央へ低いパスを入れた。
サッちゃんがそこにいた。
だが、今度はすぐにシュートを打たない。
隣を走るメグミを見た。
「メグミさん!」
「え、私!?」
サッちゃんからのパスが、メグミの足元へ来る。
メグミは慌てたが、何とか足を合わせた。
ボールはゆっくりと転がる。
しかし、少年キーパーの逆をついた。
そのまま、ゴールへ。
笛が鳴る。
「ゴール!」
朝比奈邸チームが一斉に声を上げた。
「メグミ、ナイス!」
ユウトが叫ぶ。
メグミはしばらく固まっていた。
「え、私、入れた?」
サッちゃんが満面の笑顔で駆け寄る。
「はい! 見事な連携でした!」
「サッちゃんがちゃんとパスくれたからだよ」
リナも頷いた。
「今のはチームプレーだったわ」
サッちゃんは嬉しそうに胸を張る。
「チームプレー……!」
少年団のキャプテンが悔しそうに声を出した。
「切り替えろ! 同点だ!」
その声も、少し楽しそうだった。
◇
同点になってから、試合はさらに賑やかになった。
少年団は本気になった。
小さな体で走り、声を出し、パスをつなぐ。
朝比奈邸チームも必死だった。
まだ不格好だったが、練習の時よりはずっとチームになっていた。
残り時間はわずか。
少年団のキャプテンが、中央でボールを受けた。
サッちゃんが詰める。
キャプテンは逃げなかった。
「行きます!」
サッちゃんも真剣に頷く。
「受けます!」
「いや、会話しなくていい!」
メグミが叫ぶ。
キャプテンは足元で小さく切り返した。
サッちゃんが一瞬反応する。
その隙に、横へパス。
小柄な少年が走り込む。
ノアが追う。
「速い」
ノアが小さく呟く。
少年はノアに追いつかれる前に、もう一度中央へ戻した。
キャプテンが受ける。
ユウトは身構えた。
「来る!」
キャプテンはシュート体勢に入った。
だが、撃たない。
さらに横へ。
完全に空いた少年がいた。
その少年が、落ち着いてボールを蹴った。
ユウトが飛ぶ。
届かない。
ボールはゴールの隅へ入った。
笛が鳴る。
星ヶ丘SCジュニア、三点目。
少年団が大きく喜んだ。
朝比奈邸チームは、しばらく動けなかった。
リナが息を吐く。
「最後まで、こちらの視線を動かされたわ」
クララが頷く。
「完璧な崩しでした」
ユウトはゴールからボールを拾った。
「強いなあ、本当に」
サッちゃんはキャプテンを見た。
そして、まっすぐ頭を下げる。
「見事です」
キャプテンは汗だくの顔で、一瞬固まった。
「は、はい!」
耳がまた少し赤くなった。
◇
試合終了の笛が鳴った。
結果は、三対二。
勝ったのは、星ヶ丘SCジュニアだった。
少年団は飛び跳ねて喜んだ。
朝比奈邸チームは、芝生の上で息を整えている。
「負けたー……」
メグミが膝に手をついた。
リナは眼鏡を押し上げる。
「完敗ではないわ。けれど、チームとしては相手が上だった」
ノアは静かに頷いた。
「小さくても、速く、正確でした」
レオは悔しそうにしながらも笑う。
「でも、楽しかったです」
アリアも微笑んだ。
「ええ。とても良い試合でした」
サッちゃんは大きく息を吸った。
「ご主人様」
「うん」
「サッちゃん、まだまだでした」
「でも、ちゃんとサッカーしてたよ」
サッちゃんは少しだけ驚いた顔をした。
「サッカー、できていましたか」
「うん。最後の方はちゃんと味方を見てた」
メグミも頷く。
「そうそう。私にパスくれたし」
サッちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「チームプレー、成功です!」
「試合には負けたけどね」
リナが言う。
サッちゃんは真剣に頷いた。
「はい。負けました。ですが、学びました」
ユウトは笑った。
「なら、親善試合としては大成功じゃない?」
そこへ、少年団のキャプテンがやってきた。
「あの、ありがとうございました!」
少年たちが一列に並ぶ。
朝比奈邸チームも並んだ。
「ありがとうございました!」
互いに頭を下げる。
その後、少年たちは少しだけもじもじしていた。
キャプテンが意を決したように言う。
「あ、あの……握手、してもらってもいいですか」
サッちゃんは目を瞬かせた。
「もちろんです」
少年たちの顔がぱっと明るくなった。
サッちゃんが順番に握手をする。
「速かったです!」
「シュート、すごかったです!」
「でも、やさしかったです!」
サッちゃんは照れたように笑う。
「ありがとうございます。皆さんも、とても強かったです」
リナの前にも、別の少年たちが並んだ。
「あの、リナさん、指示かっこよかったです」
「眼鏡、似合ってました」
リナは一瞬だけ固まった。
「……ありがとう」
メグミが小声で言う。
「リナさんが子ども相手に照れてる」
「照れていないわ」
「今の間は照れてた」
ノアの前には、小柄な少年が立った。
「あの、いつの間にか後ろにいるの、すごかったです」
ノアは静かに頷く。
「ありがとうございます。ですが、サッカーでは正面から守る方がよいと学びました」
「また見たいです」
「では、次回は発見されやすい範囲で行います」
「何の約束?」
メグミが言った。
アリアの前では、少年たちが明らかに緊張していた。
「あ、あの、パスがきれいでした」
「走ってるのも、きれいでした」
アリアは優しく微笑む。
「ありがとうございます。皆さんのパスの方が、ずっと素晴らしかったですよ」
少年たちは一斉に赤くなった。
クララはその様子を見て、静かに言った。
「少年団、戦術的には勝利。精神的には動揺継続」
「クララさん、分析しないであげて」
ユウトが苦笑した。
◇
大会が終わる頃には、グラウンドに夕方の光が差していた。
大崎会長は満足そうに何度も頷いていた。
「いやあ、いい大会だったねえ。ワールドカップに影響されて正解だったよ」
「動機は軽かったですけど、結果はよかったですね」
ユウトが言う。
大崎会長は笑った。
「町内が少し元気になるなら、ミーハーも悪くないだろう?」
「それは、まあ」
少年団の子たちは、帰る前にまだ何度もこちらを振り返っている。
そのたびに、サッちゃんが手を振る。
少年たちは慌てて手を振り返す。
リナはため息をついた。
「試合には負けたけれど、妙な人気を獲得したわね」
ミナミが記録用紙を見ながら言う。
「データ班より報告。少年団のメイドさん注視率、後半にかけて上昇」
「そのデータ、消しなさい」
リナが即答する。
メグミは笑った。
「でも、楽しかったね」
レオが頷く。
「はい! またやりたいです!」
《補足:レオ様はサッちゃん先輩へのパス成功数を三回確認しています》
「プリズミア、最後まで言わなくていい」
灰島は腕を組んだまま言った。
「負けは負けだ。だが、悪くない負け方だった」
ロレンスが微笑む。
「実に平和で、実に騒がしい。朝比奈邸らしい一日でしたね」
ユウトはグラウンドを見渡した。
負けた。
かなり走った。
何度も叫んだ。
サッカーになっていない時間もあった。
けれど、最後にはちゃんと握手して、笑って、またやりたいと思えた。
「親善って、こういうことなのかな」
ユウトが呟く。
サッちゃんが隣に立つ。
「ご主人様」
「何?」
「次は、勝ちたいです」
ユウトは笑った。
「親善だけどね」
「はい。親善として、勝ちたいです」
「また全力で親善する気だ」
メグミが笑う。
サッちゃんは胸に手を当てた。
「小さき精鋭部隊に敬意を表し、サッちゃんはさらに練習します!」
「だから言い方」
リナが呟く。
グラウンドには、まだボールの転がる音が残っていた。
親善試合では、小さき精鋭部隊を侮らないでください。
彼らは小さくても、速くて、上手くて、そして少しだけ、美しいメイドさんたちに弱かった。
【第71話・完】




