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第70話「会長の思いつき、星ヶ丘サッカー大会」


 それは、大崎会長が妙に上機嫌で朝比奈邸を訪ねてきたことから始まった。


「いやあ、ユウトくん。サッカーっていいねえ」


 玄関先に立った大崎会長は、なぜか首に青いタオルを巻いていた。

 手には町内会の封筒。

 顔は、完全に何かを思いついた人のそれだった。


 ユウトはその時点で、少しだけ嫌な予感がした。


「急にどうしたんですか」


「昨日、ワールドカップを見ていてねえ。家の中で、つい声を出してしまったよ」


「会長、寝不足ですか?」


「興奮冷めやらぬ。それに、ああいうのを見ると、町内も盛り上げたくなるじゃないか」


「ならない人もいると思います」


 ユウトが控えめに言うと、大崎会長はにこにこと封筒を差し出した。


「そこで、地元の親善サッカー大会を開くことにしたんだよ」


「そんなフットワーク軽く?」


「思い立ったがキックオフ、というやつだねえ」



 ちょうどリビングにいたメグミが、顔を上げた。


「大崎会長、また何か始めたんですか?」


 大崎会長は、まったく気にしていない様子で笑った。


「そう、今回は街でサッカー大会を開催するんだ」



 横で話を聞いていたサッちゃんは、ぱっと表情を明るくした。


「ご主人様。地域交流任務ですね!」


「任務じゃないと思うけど」


 リナは封筒の中身を確認する。


「星ヶ丘町内親善サッカー大会。七人制。交代自由。接触プレー禁止。初心者歓迎。勝敗より交流を重視」


「まあ初心者歓迎なら、ちょっと楽しそうかも」


 メグミが言う。


 ミナミは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、目だけを輝かせた。


「サッカーかあ。わたしの頭脳なら自動でゴールに向かうボールを……」


「作らないで」


 リナが即答した。


「まだ案だけだよ」


「案の段階で止めるわ」


 大崎会長は嬉しそうに頷いた。


「朝比奈邸さんは若い人も多いし、華やかだからねえ。ぜひ一チーム出てほしくてね」


「ただ、相手はなかなか強いよ。星ヶ丘SCジュニアだからね」


「少年団ですか?」


「そうそう。小学生のチームだけど、基礎がしっかりしているんだ」


 サッちゃんの青い目がきらりと光った。


「小さき精鋭部隊……」


「言い方」


 メグミが即座にツッコんだ。


 大崎会長はにこにこしている。


「試合は来週末、場所は朝比奈邸の庭を使わせてもらえると助かるねえ」


「来週?」


 ユウトの声が裏返った。


「大崎さん、思いつきから開催までが早すぎます」


「ワールドカップの熱が冷めないうちにやらないとねえ」


「完全にミーハーじゃないですか」


 大崎会長は胸を張った。


「そうだよ」


「認めた」


 メグミが笑った。


 サッちゃんは胸に手を当て、姿勢を正した。


「ご主人様。朝比奈邸の名に恥じぬよう、全力で親善いたします!」


「全力で親善って何?」


 ユウトはすでに疲れていた。


     ◇


 出場メンバーの選定は、リナが担当することになった。


 朝比奈邸のリビングにホワイトボードが置かれ、そこに名前とポジションが書かれていく。


「七人制なら、役割をはっきりさせた方がいいわ」


 リナはペンを持ったまま言った。


「まずご主人様はゴールキーパー」


「俺?」


「全体を見られる位置で、なおかつ無理に走らなくていいからです」


「理由が優しいようで現実的」


「サッちゃんはフォワード」


「はい! 前線制圧ですね!」


「得点担当よ。制圧ではないわ」


 サッちゃんは真剣に頷く。


「得点による前線制圧ですね」


「少し戻ったわね」


 リナはペンを進めた。


「レオくんは右サイド。走力を活かして、サッちゃんへつなぐ」


「はい!」


 遊びに来ていたレオが、やたら嬉しそうに返事をした。


「サッちゃんにパスを出せるよう、全力で走ります!」


《補足:レオ様の士気が急上昇しています》


 レオのスマホからプリズミアの声が響く。


「プリズミア、まだ練習始まってないから!」


《分類:開幕前から全力》


「分類しないで!」


 リナは淡々と続ける。


「メグミは中盤。全体のつなぎと声かけ」


「私、ツッコミしながらボールもつなぐの?」


「適任よ、あなたにしか出来ない」


「適任の方向がつらい」


「私はディフェンス。後方統率。ノアもディフェンス。相手の動きへの対応」


 黒髪ロングの忍者メイド、ノアは静かに頷いた。


「了解しました。背後を取ります」


「背後は取らないで。正面から守って」


「正面から」


 ノアは少し不思議そうに言った。


「正面は、発見されやすいですが」


「サッカーでは発見されていいの」


 メグミが言った。


 その時、玄関の方から優雅な声がした。


「何やら楽しそうなお話ですね」


 振り向くと、アリアとクララが立っていた。

 アリアはいつものように整った姿勢で微笑み、クララはすでにホワイトボードの配置を見ている。


「アリアさん、クララさん」


 ユウトが驚く。


「近くまで参りましたので、ご挨拶に。……サッカー大会ですか?」


「大崎会長がワールドカップに影響されて」


「なるほど」


 アリアはそれだけで大体を理解したようだった。


 サッちゃんが一歩前に出る。


「アリアさん、クララさん。もしよろしければ、助っ人として参加していただけませんか」


 アリアは少し考え、穏やかに頷いた。


「私でよければ。親善ということであれば、足を引っ張らないよう努めます」


 クララは静かに言った。


「戦術補佐なら可能。必要であれば交代要員としても」


 リナはホワイトボードに二人の名前を書き加えた。


「アリアさんは中盤。ボール保持と展開。クララさんは控え兼戦術補佐」


「サッカーが急に本格化してきた」


 メグミが呟く。


 ミナミが手を上げた。


「私は?」


「ベンチ」


 リナが即答した。


「早い」


「装置を使わないなら、給水係と記録係をお願いするわ」


「装置なしの記録、原始的だね」


「普通の記録係と言いなさい」


 そこへ、さらに灰島とロレンスが顔を出した。


「何だ、サッカーの練習か」


 灰島が腕を組む。


 ロレンスは楽しそうに微笑んだ。


「親善大会とは、実に平和でよろしい」


 灰島は全員を見渡し、眉を上げた。


「だが、姿勢が甘い」


「え」


 ユウトが嫌な予感を覚える。


 灰島はどこからともなく笛を取り出した。


「まず走りなさい」


「親善大会ですよね?」


 ユウトが確認すると、ロレンスがにこやかに頷いた。


「コーチが一番親善じゃない」


     ◇


 午後。


 朝比奈邸の庭に、簡易ゴールが置かれた。


 大崎会長が町内会の備品を運んできてくれたのだが、本人はその横でまだワールドカップの話をしていた。


「昨日のあのパスがねえ、実に見事でねえ」


「会長、大会は小学生も出ますからね」


「もちろん。だからこそ、まずは夢を持つことが大事だよ」


「大会の発端が会長の夢すぎるんですよ」


 ユウトがそう言う間にも、練習は始まった。


 準備運動の時点で、朝比奈邸チームはすでにまとまりを失いかけていた。


 サッちゃんはやたら速かった。


「一周、完了しました!」


「まだ半周って言ったところよ」


 リナが呆れる。


 レオはサッちゃんに合わせようとして、序盤から全力で走っていた。


「サッちゃん先輩、速いですね!」


「レオくん、無理しないで!」


 メグミが声をかける。


「大丈夫です! サッちゃん先輩の背中を追えるだけで――」


《補足:レオ様の心拍数が上昇しています》


「プリズミア、今は言わなくていい!」


《分類:憧れによる過負荷》


「分類しないで!」


 ノアは走っているはずなのに、なぜか気配が薄かった。


「ノアちゃん、どこ行った?」


 メグミが周囲を見る。


 すぐ後ろから声がした。


「ここです」


「うわっ」


 メグミが跳ねる。


「サッカー中に気配消さないで!」


「追跡訓練の癖です」


「試合で味方に見失われるよ!」


 一方、アリアは優雅だった。


 走っているのに姿勢が崩れない。

 風を受けても髪が乱れない。

 汗すら、どこか上品に見える。


 ユウトは思わず見ていた。


「アリアさん、すごいな……」


 その横で、サッちゃんがぴたりと止まる。


「ご主人様?」


「え?」


「今、アリアさんを見ていましたか」


「いや、フォームが綺麗だなって」


 サッちゃんは真剣な顔で頷いた。


「サッちゃんも、優雅なフォームを習得します」


「張り合うところじゃないと思う」


 リナがため息をついた。


「準備運動の時点で情報量が多いわね」


     ◇


 次はパス練習だった。


 灰島がボールを置く。


「基本は止める、蹴る、見る。難しいことをしない」


「はい!」


 サッちゃんが元気よく返事をする。


 灰島はサッちゃんを見る。


「まずお前。軽く蹴って」


「軽く」


「そう。相手に渡すだけでいい」


「了解しました」


 サッちゃんはボールを見た。


 軽く足を振った。


 ボールが、ものすごい速度でレオの方へ飛んだ。


「うわっ!」


 レオは慌てて受け止めようとしたが、足に当たったボールはそのまま跳ね上がり、庭の端まで転がっていった。


 メグミが叫ぶ。


「軽くって言ったよね!?」


 サッちゃんは真剣に首を傾げた。


「今のは三割程度です」


「三割であれ?」


 ユウトが青ざめる。


 リナが即座に言った。


「サッちゃん、出力を一割以下に制限」




 次にリナがボールを蹴った。


 フォームは正しい。

 狙いも正確。

 ただ、足に慣れていない。


 ボールはゆっくりと転がった。


「……想定より速度が出ないわね」


 リナが眉をひそめる。


 灰島が腕を組む。


「頭で理解しても、足は別ね」


「悔しいけれど、その通りね」


 メグミが笑う。


「リナさんが体育で現実に負けてる」


「負けていないわ。調整中よ」


 アリアがボールを受ける。


 そして、柔らかく足元で止めた。


 動きが美しかった。


「おお」


 レオが感動する。


 アリアは微笑んだ。


「球技は得意ではありませんが、相手に失礼のないよう丁寧に扱えば、少しは」


 ボールが、すっとメグミの足元へ転がる。


 正確だった。


「え、うまい」


 メグミが驚く。


 クララが静かに言う。


「アリアは運動神経というより、所作の正確さで補っています」


「サッカーで所作って言葉出るんだ」


 メグミが呟く。


 ノアの番になった。


 ノアはボールをじっと見た。


 そして、すっと姿勢を低くする。


「ノアちゃん?」


「対象の背後を取ります」


「ボールに背後ないよ!」


 メグミのツッコミが庭に響いた。


     ◇


 シュート練習では、さらに問題がはっきりした。


 ユウトがゴールに立つ。


「俺、本当にキーパーで大丈夫かな」


 リナが答える。


「一番逃げずにそこにいてくれそうだからです」


「褒められてる?」


「信頼しています」


「ならいいけど」


 最初に蹴るのはレオだった。


「行きます!」


 レオのシュートは、素直で勢いがあった。


 ユウトは反応が遅れたが、ボールは少しだけ横に外れた。


「惜しい」


 メグミが言う。


 レオは照れたように笑った。


「サッちゃんにいいパスを出せるよう、頑張ります!」


《補足:動機が明確です》


「プリズミア、黙ってて!」


 次はメグミ。


「私、そんなに強く蹴れないよ」


 そう言いながら蹴ったボールは、意外とまっすぐ飛んだ。


 ユウトが慌てて足で止める。


「お、いい感じ」


「ほんと?」


 メグミが少し嬉しそうにする。


「メグミは中盤で正解ね」


 リナが頷く。


「常識的な強さ、常識的な判断、常識的な声かけ」


「私の評価、常識に寄りすぎてない?」


「朝比奈邸では貴重よ」


「それは分かる」


 次はサッちゃんだった。


 全員が少しだけ緊張する。


 灰島が言った。


「いいか。軽く、コースを狙う。ゴールを破壊しないこと」


「ゴールを破壊しない」


 ユウトが両手を広げる。


「俺、今かなり怖いんだけど」


 サッちゃんはボールの前に立った。


 深呼吸。


 そして、慎重に足を振る。


 ボールは綺麗な軌道で飛んだ。


 ユウトの真正面へ。


「うわっ!」


 ユウトは反射的に両手を出した。


 ボールはユウトの腕に当たり、ぽすんと落ちる。


 サッちゃんの顔がぱっと明るくなった。


「ご主人様、ナイスセーブです!」


「今の、かなり抑えてくれた?」


「はい。一割です」


「一割でこれかあ」


 メグミが遠い目をした。


 灰島は頷いた。


「悪くない。でも、本番では子ども相手。もっと優しくしないと」


「はい。小さき精鋭部隊には、敬意をもって対応します」


     ◇


 その後、紅白戦形式の練習が始まった。


 チーム分けは簡単だった。


 ユウト、サッちゃん、メグミ、ノア。

 リナ、レオ、アリア、クララ。


 ミナミは記録係。

 灰島は笛を持つコーチ。

 ロレンスはなぜか折りたたみ椅子に座り、優雅に見守っている。


「親善練習試合、開始!」


 灰島の笛が鳴った。


 開始十秒で、サッちゃんがボールへ突進した。


「ボール確保!」


「制圧しない!」


 メグミが走りながら叫ぶ。


 レオが立ちはだかる。


「サッちゃん、行かせないよ!」


「レオくん、よい守備です!」


「ありがとうございます!」


「褒め合ってる場合じゃない!」


 メグミが叫んだ直後、ノアがレオの背後に立っていた。


「マーク完了」


「ノアちゃん、近い!」


 レオが飛び上がる。


 リナがホワイトボードを持ったまま指示を出す。


「レオくん、右へ展開。アリアさん、中央で受けてください。クララさん、二列目を――」


 灰島が笛を吹く。


「リナ、ホワイトボードを持ってプレーしない!」


「指示が必要です」


「足を使うの!」


 リナは一瞬だけ悔しそうな顔をした。


「合理性に欠けますが、了解しました」


「サッカーだからね」


 メグミが息を切らしながら言う。


 アリアがボールを受ける。


 優雅に一歩、二歩。


 それだけでサッちゃんの突進をかわした。


「アリアさん、すごい!」


 ユウトが思わず声を上げる。


 サッちゃんがまたぴたりと止まった。


「ご主人様」


「今のはプレーとして見てた!」


「サッちゃんも優雅な突破を習得します!」


「今はボール追って!」


 メグミが叫ぶ。


 クララは淡々と戦況を見ていた。


「サッちゃんは直線に強いですが、横の揺さぶりにやや反応が遅れます」


「分析が本格的」


 ミナミが記録用紙に何かを書き込む。


「ねえ、ここにボール誘導用の小型ビーコンを入れたら――」


「禁止」


 リナと灰島が同時に言った。


「二人で言わなくても」


 ユウトはゴール前で全体を見ながら、だんだん分かってきた。


 個々の能力は高い。


 サッちゃんは速い。

 レオはよく走る。

 リナは判断が正確。

 アリアは落ち着いている。

 ノアは相手に張りつける。

 メグミは全体を見て声を出せる。


 なのに、全然サッカーになっていない。


 サッちゃんが突っ込み、レオが見惚れ、ノアが消え、リナが止め、ミナミが何かを作ろうとし、メグミが全部にツッコむ。


 ユウトはゴール前で呟いた。


「これ、大丈夫かな」


 その時、アリアのパスがレオへ通った。


 レオがシュート体勢に入る。


「行きます!」


 ユウトは身構えた。


 しかし、横からサッちゃんが駆け込んだ。


「ご主人様のゴールは守ります!」


「サッちゃん、今は敵チーム!」


 メグミが叫ぶ。


 サッちゃんはそこで止まった。


「しまった!」


 レオも止まった。


「え、今撃っていいんですか?」


 灰島の笛が鳴る。


「全員、止まらないで!」


 ロレンスが拍手する。


「実に賑やかですね」


「賑やかで済ませないでください!」


 ユウトとメグミの声が重なった。


     ◇


 一時間後。


 朝比奈邸チームは、庭に座り込んでいた。


 全員、どこか疲れている。


 サッちゃんだけはまだ元気そうだったが、顔は真剣だった。


「サッカーとは、奥深い競技ですね」


「気づくの遅くない?」


 メグミが芝生に座ったまま言う。


 リナは息を整えながら、ホワイトボードを見つめていた。


「個人能力だけでは勝てない。連携、距離感、出力調整、状況判断が必要ね」


「リナさん、勉強会みたいになってる」


 レオは水を飲みながら笑った。


「でも楽しいですね。サッちゃんと同じチームで出られるなんて」


《補足:現在、レオ様の満足度は非常に高いです》


「プリズミア、もういいから!」


 アリアは汗を拭きながら微笑む。


「皆さん、それぞれ個性があって素敵です」


 クララは静かに言った。


「ただし、現状ではチームとしては未完成です」


「優しい言葉のあとに正確な評価」


 ユウトが苦笑する。


 灰島は腕を組んだ。


「来週までに全部は直らないから、最低限これだけ覚えて」


 全員が顔を上げる。


「味方を見て。ボールだけ見ない。相手が子どもでも侮らない。サッちゃんは蹴る力をもっと弱く」


「はい!」


 サッちゃんは真剣に返事をした。


 メグミが小声で言う。


「半分のさらに半分でも強そう」


 ミナミは記録用紙をひらひらさせた。


「じゃあ明日は私、ベンチでデータ班やるよ」


 リナが即座に言う。


「装置は禁止よ」


「紙とペンなら?」


「許可」


「やった。原始データ班」


 ユウトは空を見上げた。


 夕方の光が、庭の芝生を照らしている。


 ぐだぐだだった。

 かなり不安だった。

 けれど、不思議と悪くない。


 みんなで一つのことをやるのは、面倒で、騒がしくて、予想通りにはいかない。


 でも、少しだけ楽しい。


 そう思った時だった。


 門の方から、明るい声が聞こえてきた。


「こんにちはー!」


 全員が振り向いた。


 そこにいたのは、青いユニフォームを着た少年たちだった。


 十人ほどの小学生。

 背はまだ低いが、姿勢がいい。

 ボールを持つ子、荷物を持つ子、キャプテンらしき子。

 後ろには、若いコーチもいる。


 大崎会長が一緒に歩いてきた。


「おお、ちょうど練習中だったかい。試合の相手、星ヶ丘SCジュニアのみんなだよ」


 少年たちは一列に並び、元気よく頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 その声は、きれいに揃っていた。


 朝比奈邸チームは一瞬、静かになった。


 サッちゃんが胸に手を当てる。


「なんという統率……」


 リナが小さく頷く。


「基礎ができているわね」


 メグミが呟く。


「うちよりチームっぽい」


 少年団の子たちは、朝比奈邸のメンバーを見ていた。


 特に、サッちゃん、リナ、ノア、アリア、クララ。


 黒白のメイド服。

 整った姿勢。

 優雅な雰囲気。

 ただし、なぜかサッカーの練習をしている。


 少年の一人が、小声で言った。


「メイドさんだ……」


 別の子が呟く。


「きれい……」


 キャプテンらしき少年が慌てて言う。


「見とれるな! 試合だぞ!」


 しかし、そのキャプテンも一瞬だけサッちゃんを見て、すぐに視線を逸らした。


 耳が少し赤かった。


 メグミはそれを見逃さなかった。


「少年団、すでに揺れてる」



 少年団のキャプテンが、サッちゃんを見上げて言った。


「あの、試合は本気で行きます!」


 サッちゃんは真剣に頷いた。


「もちろんです。こちらも全力で親善します!」


「全力で親善って何?」


 ユウトが呟く。


 大崎会長は嬉しそうに笑っていた。


「いやあ、試合は盛り上がりそうだねえ」


 ユウトは庭を見た。


 ぐだぐだな朝比奈邸チーム。

 きれいに揃った少年団チーム。

 なぜかやる気に満ちたサッちゃん。

 そして、すでにメイドたちに少し見とれている少年たち。


 親善大会。


 その言葉とは裏腹に、試合はきっとただでは済まない。


 朝比奈邸のサッカー大会は、練習の時点でもう十分に騒がしかった。


 試合本番は、たぶんもっと騒がしい。


【第70話・完】


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