引き運
ひんやりとした冷たい風が部屋の中で巡回して、もう片方の窓から出ていった。薄手の水色の羽毛布団がモゾモゾと動く。少し動いては止まって、また動いては止まってを繰り返している。
「んん、さむっ」
窓を開けたままなのは当然寒いだろう。それを気付いても閉めることが面倒なほど眠いため、布団の中で丸くなる。少しボンヤリと眠りと目覚めの間を行ったり来たりを繰り返すとムクッと体を起こした。
「おはよ、我が弟よ」
「……さむ」
「もう八時だよ」
隣で眠る弟を体を揺らして起こす。そして反対側を見ると明日也がいない。
「あの野郎、目覚めさせるために窓開けやがったな」
すぐに窓を開けた犯人が分かった。部屋の数がないから三人一緒で川の字。普通は個室が欲しい年頃だが、引越し大好きな母親のお陰により家族五人一緒に寝てた時もあった。
すぐに起きて窓を閉めると、隣でまだ寝てる弟を起こした。
「起きー、遅刻するよ」
「ふぁ……あ、おはよ姉ちゃん」
「うん、さあ、顔洗お」
「っす」
寝ぼけたままの弟と一緒に洗面所に行く。そこに歯磨きをしてる明日也がいて、もう終わりらしい。
「窓開けんなよ、寒いだろ」
「おまえらの目覚めが悪いからだろ」
「ジジィだから目覚めが早いんだろ。若さに嫉妬すんじゃねぇよ」
「なんだと? ガキ」
「こんな狭いところでケンカしないでよ男共。ツボ押されたい?」
「遠慮しとく」
「……はいはい、空けたからさっさと洗え」
ケンカをし出した兄弟に明日奈は機嫌悪く弟の背中を押した。明日也は歯磨きを終えると二人の真横を通り過ぎた。ポンッと肩を叩き、嫌みったるしい笑みを浮かべて。
「ほんっと腹立つ。今日休みなのに」
「自分が用があるからってさ、早く起こさなくても良いじゃん」
間違いなく今日は休日。カレンダーでもテレビでも確認をした。弟は愚痴を言うように文句を並べた。それには同感だと明日奈も頷く。
「今日は何か用があったの?」
「別に用はないよ」
「じゃあ、ちょっとデートに付き合ってよ」
「別に良いけどさ、髪ちゃんとやってよ? あのアホ兄ちゃんみたいに絡まれんの嫌だからさ」
「うん」
明日奈は忘れている。昨日の夜に何を監督メガホンに言ったのかを……。
二人は着替えを済ませ、出掛けるかと準備をしていると、母親がリビングから出てきた。
「出掛けるの? どこに」
「駅前に。なんで聞くの」
「……どうしてそんな態度なの。ただ食事をどうするか聞いただけじゃない。かわいくない」
「っ、どうせ食べて帰るし。もう行こ」
「あ、うん」
明日奈は母親を見ることなく靴を履いてそのまま家を出ていった。プンプンに怒ってるため弟も素直になるしかなかった。
虚しく扉が閉まる音がして、その様子を見てからため息を吐く。
「なんであんな風になっちゃったの? せっかくの女の子なのに」
「自業自得じゃないか? ずっと明日也にばっか構って、しかも女の子の格好をさせて。あれで嫌いにならないわけがないだろ」
「あなた。私だって明日奈を愛してるわよ? でも、あの子昔から可愛かったことなんて」
「それだよ。あの子だって女の子だ。可愛くないなんて傷付くだろ?」
「……そうね」
「じゃあ、仕事に行ってくる」
父親はそのまま仕事に向かってしまい、残された母親は複雑に眉を寄せた。その様子をリビングで見ていた明日也は無言でコーヒーを飲んでいた。
「バッカじゃねぇの?」
そして冷たく言い放つとカップをシンクに片付けてから母親の真横を通りすぎて、行ってくる、とだけ言うと家を出ていった。
「……姉ちゃん」
「ん?」
「怒ってる?」
「いや、怒ってないよ。ってか、弟くんってさ私には優しいよね」
「姉ちゃんはオレに利益くれるし。兄ちゃんは乱暴なだけで利益ないし」
「分かりやすいよね、嫌いじゃないよ。そういうの」
自分に利益がある人にしか好意を見せない。分かりやすいその態度に明日奈は小さく笑った。
身長が明日奈より高い弟は明日奈の腕を掴んだ。
「また大きくなったね」
「姉ちゃんが小さいんだよ」
「底上げしてたんだよ、今まで。今日はぺったんこ」
「姉ちゃん双子なのに小さいよな。昔は同じくらいなのに」
「女だもん、そりゃあそうでしょ。まあ、我が家は全員、背が高いけど」
「モデル一家って呼ばれてるの知ってる?」
「知らない。まーじーで? 芸能界は遠慮するよ。あいついるもん」
「あいつ?」
「安月 志波とかいう奴」
「芸能人の? 姉ちゃん、知り合いだったの」
「知らない。あんな変態」
「何かあったの」
何も知らない弟からしたら姉が芸能人と知り合いだということも驚きだが、凄い険悪な顔をするためよっぽど嫌いなようだ。
「あれ、姉ちゃんあそこ」
「ん? あ、くじ引きだね」
商店街に入ると賑やかな鐘の音が鳴り響く。ガラガラと音が鳴る抽選器を回している人がいてポケットティッシュがたくさん貰っていた。
「姉ちゃん、やってみる?」
「良いよ。くじ運ないし……何より券が必要でしょ?」
「ふーん勿体ないな。一位の商品券欲しいな。十万だし」
弟は明日奈や明日也と違い男らしい顔立ちで兄弟だと思えないだろう。町行く女性の殆どが振り返っている。中学一年生とは思えない背格好のため見惚れるのも分からないでもない。
紙に金の玉が商品券と書いてあるのを見て興味を持ったようだ。
「姉ちゃん、ここに入らない?」
「なんで」
「ほら、ここで食事をすると引換券貰えるみたいだし」
「……まあ、良いけど」
喫茶店の温度差により白く曇った窓。そこの壁に貼り出された紙、他のところも同じようなことをしているんだろう。
ここで食事をしたことはないが、中に入った弟を追いかけた。
中は人はあまりいなくて静かなクラシックが流れている。
席に着いてからしばらくすると、店員がやって来た。
「ステーキ定食」
「私、魚定食かな」
「肉食わないなんて珍しい」
「いや、最近太り出して……あの宇宙人め、良いものばっか食わせやがって」
「宇宙人?」
「何でもない」
店員は明日奈の言葉にクスリと笑っていた。最近の宇宙人、奏は好きな人に似ているという理由で明日奈に美味しいものを食べさせている。そのせいで見事に肥えた。
店員が頭を下げるとそのまま奥へと消えていった。
三兄弟、揃いも揃って肉好き。
「姉ちゃん別に太ってないよ」
「少しの甘えが命取りなの。太るのと、痩せるのには蓄積があるの。その蓄積をどうするかは大変なの」
「へぇ、なんか鍛えたりしないの? 強くなって一石二鳥じゃないか」
「はぁ、でもさ強い女の子って嫌じゃない? 守られるようなか弱い方が」
「好きになるなら別にそこに繋がらないだろ。それに筋肉好きだと言う人もいるし」
「弟くんはどっちが好き?」
「別にどっちでも良い。好きになった人が好きなわけだし。そこに強さや弱さはない。ただ兄ちゃんみたいなのは絶対に嫌だ」
「それは私も」
絶対に避けたい相手として兄を選ぶ妹と弟。弟の場合は男だからそういう女性は滅多にいないだろう。だからといって、明日奈が望む大和撫子もそうはいないだろう。
「ステーキ定食と魚定食です。こちらがくじ引きの引換券です。一回だけ出来ますので」
「ありがとうございます」
出来立ての食事を持ってきてテーブルに並ぶ。そして、引換券を手渡してくれた。今日までと書いてあって、本当に一回だけなようだ。
ポイントカードくらいの大きさの引換券。機械で書かれた文字で凝ってるようでシンプルだった。
商品のちっぽけさの割りに手間がかかってる。
「いただきます」
明日奈が引換券を見ているうちに勝手に食べ始めたため、慌てて箸を掴み手を合わせて頭を下げて小さく話すとサラダに手を付けた。
「……美味しい」
「ああ、肉も美味い。姉ちゃん食う?」
「じゃあ、一枚だけ。魚食べなさい」
「ん」
一切れだけ貰うと、弟は解してある焼魚の身をゴソッと奪い取った。明日奈は食べ盛りということで怒りはせずに、ニコニコと微笑んでいた。
「良い塩加減。ホクホク」
「ねぇ」
「そうだ。学校見たい」
「は?」
「オレとしては、頸木に進学したいけど、明星も気になるから見てみたいんだよ」
モグモグと口を動かしながら話す。その内容は複雑だったりする。こんな不良がたくさんの高校じゃなく普通の共学に行ってほしいと思う、姉としては。
箸が進まず、魚の骨から身を剥がすのを一点として見つめていた。
「どうしてまた」
当然の言葉を並べる。どんな場所か理解出来るだろうに、その言葉に明日奈は眉間にシワを寄せた。そのことに気付いた弟は箸で明日奈を指した。
「シワが出来るよ」
「もうっ……」
「やっぱり、気になるっちゃあ気になるだろうし。見たいと思うのは自由だろ」
「まあ、見るだけならね。中は多分無理じゃないかな。人がいれば見れるかな」
「ふぅ、ごちそうさま。もう食わないのか?」
「……良いよ、食べちゃって」
腹八分だけどもキラキラとした目で見てくるため差し出した。まだ腹が減っていたのかあっという間に食べ終えてしまった。
空になった茶碗に清々しさまで感じられた。
「んじゃ、やろうぜ」
「ん?」
「くじ引き」
「あー、そうだね。じゃあ払ってくるから、やって来なよ」
「いや、姉ちゃんが払うんだから姉ちゃんがやってよ」
「でも、私くじ引きで良いことないよ?」
「良いよ、別に文句言うつもりないし」
「……言ったからね? ちゃんと約束は守りなよ」
店員に食事の代金を支払う。きちんと背後で待っている弟。わくわくとしながらポケットに手を突っ込んでいた。
レシートを財布に入れると、そのまま店を出た。
「空いてる」
並んでいる人がいなかったためすぐにやることが出来たが、明日奈は近くで立ち止まり、体ごと振り返った。
「本当に」
「しつこいな。オレが姉ちゃんに大して文句を言ったことある?」
「……わかったよ」
引換券をスタッフに手渡して抽選器の取っ手を握りしめた。そして最初はゆっくりと、だんだんと早く回していく。何回かガラガラと音を立て回転をしてからコロンと一つの玉が出てきた。
「うそ」
「うわっ」
まるで自分の顔が映るほどに輝かしい金色の玉。嘘かと思い何度もパチパチと瞬きをして繰り返す。どうやら気のせいではないようで、スタッフを含めみんなが一斉に凝視した。
「大当たりー、一等の商品券だよー」
「うわ、信じられない」
「すげ」
ガランガランと鐘を大きく鳴らして商店街中に声が響いていた。明日奈と弟は今まで滅多に起きない奇跡に驚きながら喜びの声を上げる。そしてハイタッチをすると、一万円分を十枚の商品券を受け取った。
「はい」
「良いのか?」
「うん。それで買い物する? 付き合うよ」
「……んじゃ、これ母さんにプレゼントしない? 商店街利用するの母さんだし」
「良いけど……、良いの?」
「地産地消ってわけじゃないけど、商店街で使った方が良いだろうし」
「ほんと私たち似ず良い子だね」
商店街の人たちまで感動のあまり涙を流しながら頷く。反面教師だったのかな、本当に良い子に育ったことに明日奈は喜んでいた。
というよりもスタッフたちの前で、目の敵にしてるデパートで使うなどと口には出来ないだろう。
「オレ、ゲーセン行きたかったんだよな」
「じゃあ、駅前に出来たアミューズメント施設に行こっか」
「おぅ」
スタッフに別れを告げるとそのまま駅前に向かって歩き出す。
見た目との優しいギャップに、老若男女の目がキラキラとして好意的に見ていたことに対して、姉は複雑な心境だった。我が弟がモテることは嬉しいが、度を知ってくれ。
アミューズメント施設に来るのは初めてではないが、駅前のは兄弟で来るのは初めてだった。休みのため、子どもたちも多いが、ところどころ明星と頸木の両高の生徒も見かけた。
「あ、ダルマネコのシリーズ」
「何それ」
「オレの学校で流行ってるんだよ。顔は猫で体が達磨になってて尻尾も生えてる。可愛いだろ」
「弟くんが可愛すぎ」
嬉しそうに携帯電話のストラップを見せる。確かに体が達磨でプンと丸い感じで愛くるしいが、その弟の笑顔の方が何倍も可愛かったようだ。
「か、からかうなよ。これ、こそ泥バージョンだ」
「ドロボウだね。なんか昔のイメージまんま。唐草模様の風呂敷に手ぬぐい巻いてさ。カワイイ」
「買って良い?」
「別に良いんじゃない? お小遣いあるんでしょ」
「あるんだけどダブるんだよ。クラスの女子がこのレアの耳が垂れてるやつが欲しいらしくてさ」
「プレゼントして好感度上げようと?」
「ちげーよ、そんなんじゃない。モテるんだよ、それ持ってれば」
持たなくともモテるだろう人の発言ではない。透明なケースの横から見てみたが、数の少なさから人気の高さが窺える。
何が残ってるかまでは分からない中身に全財産使うほどバカではない弟は悩んでいた。
「姉ちゃん、さっきの運にかけた」
「いや、さっきので運を使い果たし……あ」
「どうしたの」
「そういえば私」
ようやく昨日、眠る前にしたことが頭に蘇ったのだった。結構な大きいことのはずなのに、一切ポッキリと記憶の片隅から追い出された。一回、病院で頭を見てもらったほうが良いんじゃないだろうか?
前日の夜、一人でとある本を読んでいた。前世で碌なことがない男が現世で引き運を手に入れて人生を快楽に生きたが孤独になった話で、引き運のことは昔にやりたいと考えていたことを思い出したのだった。
「そこで明日から私が、引き運率が上がる!」
監督メガホンにて話した。理由は特になかった。ただ運だけで進む時間というものに興味があっただけ。引き運なんて言葉が存在するか自体知らないわけだ。
カジノだったり、トランプに触れなきゃ分からないと思っていたが、どうやらギャンブルになりそうなもの全部に当てはまるようだ。
「まるで勝利の女神が憑いてる」
本当にそうならどれだけ良いことかと、いくら監督メガホンだと言えども信じてはいなかった。
出来ることと出来ないことがあるんだと思った。例えば、一生を貧乏で送ると決められた人物を金持ちにしたりとか。
逆に将来ずっと金持ちで死んでいくと決められた未来が、監督メガホンにより貧乏で苦しんでくとか。
本来、存在するであろう大きな未来を壊しかねないものは出来ないんだと。当たり障り程度のものならば叶えてくれるんだと。
「やっぱり、孤独で終わるのかな」
枝分かれされた先の未来を全て見ることが出来る人間が存在しないように、やはり禁忌すべきことなんだと思う。戻れるならば戻れる道も、普通の通路なら出来ても人生の戻り道など存在しないわけで。
「けど」
その禁忌に一歩足を突っ込んでしまった自分は神の怒りに触れるんじゃないかと、あやふやな気持ちに揺さぶられていた。
畏れと、楽しさと、申し訳なさと、快楽と、残忍さと、幸福と。
色んな葛藤の中で、やはり人間は楽を選び、見てはならないパンドラを見てしまう。
「明日が、未来が、この先が」
自分の魅力もなかった先の未来を燃やしてしまって得た新しい未来。壊されてしまった未来の自分が怒り狂うかもしれないけれど、
ああ、楽しい。愉しすぎる。
「やってみるよ」
特別な理由など存在せずとも、頭に浮かんだ結論はすぐに行動しなきゃ忘れてしまう。
自分の大切なものが、消したくない記憶を必死にたぐりよせないと勿体無い。
「……やっぱり」
そう言うしかない。だって、偽りがない、作ることも出来ない真実。
夢が詰まった箱にお金を投入して、銀色の現実を回す。アナログな機械の音がして猫が落ちてきた。
弟のすでに大人に近付いた手が夢を現実にさせた。
狂い果てるしかない。
「すっっっっっげ! レアだ! 何割もなくて、もう希少価値がついてんだよ」
ああ、なんて退屈だろう。
喜ぶ弟と対照的に姉の冷めた表情。結果の分かっている答えほど、何が楽しいんだ。レアなものしか出ないなら、その他に欲しいものがあった場合、手に入れることは出来ないのではないのだろうか?
いや、それよりも欲しがるものすら存在してないんじゃないか? 手に入るなら、いつやっても良いわけだし。物欲なんて枯渇するんじゃないか。何がコレクター魂だ。元々、そんなものないんだから無意味。
「姉ちゃん?」
「男の一番の不幸は、楽しさがなくなったことか」
「え?」
「代償だったんだ。引き運を手に入れる代わりに、楽しいという感情を奪われた」
「……今度はどんな本読んだのさ」
「運との代償」
「あーあれか、つまんないの。姉ちゃんってさ、読んだ本やドラマとかに影響されやすいよね。堅苦しい話だから、姉ちゃん変になったんだよ」
吸収しやすく、放出しやすい。久しぶりに本を読んだせいか、その作者の世界観に入り込んでいたのを弟がバッサリと切った。
「宝くじとかやったら一等出るんじゃね?」
「未成年の購入はダメ」
「知ってるよ。そういうの厳しいよな。まあ緩くても困るけど」
「まだ用は?」
「シューティングやってこうぜ」
「またゾンビ?」
「また言うなよ。そういや、記録塗り替えられたよ」
「塗り替えれば良い」
すぐにゾンビを銃で撃つゲームのある場所にやって来た。定位置について、銃のコントローラーを構えたりして準備運動を開始してからお金を入れた。
たくさんのステージがあり、最初は病院だった。特殊な裏技を使うと、ゾンビの数が倍増でやることが出来る。公式な裏技で、だけどあまりの難しさに挑む人は少ない。
「んじゃ、行きますか」
「生きて出ようぜ、弟くん」
「おう、互いに死なないようにな、姉ちゃん。あ、負けたら罰ゲームありで」
「オッケー」
二人で出来るため、ポイントの少ないほうが罰ゲーム。それは今回が初というわけではなく毎回やってること。
頭を狙うと高得点で一発で倒れる。他の部位は全部同じで低い上、何発か撃ち込まないといけない。
スタートと大きい文字で書かれると、ガラリと表情を変えて無言になる。大量に現れ、視点の切り替えでキャラクターが背後を向くため、その間は撃てない。
互いにゾンビを取り合いになって、余裕がだんだんと出てきて会話がポツリとトーンを変えることなく開始された。
「ちょっと、このポロシャツ私のダーリンよ」
「いーや、こいつはオレのだ。ってか、姉ちゃん、そのボインちゃん奪うなよ。目付けてたんだよ」
「やだヘンタイ。どこ見てんのよ」
「姉ちゃんだって裸の男に興奮してんじゃねぇか」
互いに変なことを言ってるが、視線はゲームに釘付けで表情も声も変わりはない。
会話をするほどの余裕なんて存在しないのに、彼らは世間話のようにラリーを続けた。
「あ、次は外か。ここのヘリポート苦手なんだよな。酔うから」
「分かる。色んなもの降ってくるからな」
「研究所までは死ぬなよ? ってか一匹も逃すなよ」
「姉ちゃんこそ、喉元噛まれないように」
次第にギャラリーが集まってきて二人の勝負を見ている。中にはこのゲームをした人で、こんな大量のゾンビに驚いている人もいる。
「やばっ眠い」
「オレも帰ったら寝たい」
「あ、学校どーすんの」
「今度で良いや。進路はまだだし」
不本意な目覚めに、二人はアクビをした。目に大粒の涙が浮かぶほど眠気のピークは近い。
ボヤけないように必死に片腕で目を擦った。
「どっち行く」
「左」
ゲーム画面には、左右どちらかに行くかと聞かれていた。それは、その後のルートが変わりステージも違う。しかもそれはランダムで簡単な方と難しい方に別れる。
「よし、ホームセンターだ。ポイント稼ぎだぜ」
「ここでも引いたか」
脅威を見せる引き運。望みはホームセンターで、ゾンビの数も多いが、そこにある道具を使ってポイント稼ぎが出来たりする。
チェンソーやら何やらでポイントを大量にゲットをすると最終ステージの研究所。
「ここは生きてるのもいるから面倒」
「撃ったらマイナス大きいし、グットエンド見られない」
「意地でもクリアするよ」
明日奈の意気込みと同時に、ゲームのキャラクターが研究所に突っ込んでいた。
「……っし」
「終わった」
最後の大きな怪物との戦闘は周りが固唾を飲んで見ていたが当人たちは何ら焦ることなく倒していた。
互いのポイントが分からないまま暗転して、そしてすぐに大きく互いのポイントが現れた。
ランクと一緒に、命中率などが出ていた。
「九割越えか。うわ、弟くんに命中率負けた」
「でも、僅差だな……くそ、撃退数が足りてない」
得点が出たのを確認するとすぐ銃を戻した。画面にはエンディングが流れてるが二人は見ずに会話をしてる。
「私の勝ち。何してもらおうかな」
「楽なのにしてよ」
「うーん、じゃあまたデートすること」
「それで良いの? 次は絶対にオレが勝つから」
「うん……、あ、エンディング終わったよ」
「よしっ、一位だ。名前の記入っと……この、ミライニンってやつ強いよな」
「そうだね。なんか私たち互いに一位になってるし。すぐに超されるだろうな」
弟が名前の記入をしてる中、二位になった前回の優勝者の名前が目に入る。ずっと二つの名前で上位を荒らしていたが、まだ相手も負ける様子はないようだ。
「帰ろう?」
「ああ」
記入し終えた名前が二人が去った後のデモムービーの後のランキングに載っていた。
アスオト、という単語で。意味は勝利した明日奈のアスが先で、弟のオトでアスオト。
ただ最近は、その響きの良さにどちらが勝とうがその名前になっている。
弟との久しぶりのデートに心が癒された明日奈だった。




