心変わり
冷えるから温かいものでも飲もうか。彼の柔らかそうな唇が動くのを見つめていた。
その前後の記憶なんて存在はしないが、それに関して何の疑問も抱かなかった。
原因というよりも、元凶にしか興味を持てない。
目の前のテーブルにオシャレな花柄のティーカップが置かれた。甘酸っぱい香りが白い湯気と共に上がる。
「相変わらず良い香り」
「唯はセンス良いからね、選ぶ」
「うん。いつも美味しいの買ってくる」
後始末やら始末書やらほとんどはそれ系統の書類とにらめっこをするため、疲れて甘いものを欲する。それが唯が買ってくる紅茶や茶菓子。
小さな取っ手を掴み少しだけ啜る。爽やかなイチゴの香りにショコラの甘い味わい深い味。
「でも、さ」
ティーカップをテーブルに置いて、ふぅと軽い息を吐いてから周りを見渡した。ソファーで雑誌で顔を隠してる人物には一瞬だけ目を映したがすぐに反らして別の人物に変えた。
「なんで太陽がいるんだよ」
「太陽って、俺のコトかよ!? って、熱っ!」
「うるさいよ」
騒がしくしている陽に、熱湯にし過ぎて冷まそうとしたお湯の入った注ぎ口の細いケトルを傾けた。ボタボタと白い湯気を出しながら陽の足にかかる。
あまりに酷い神内の行動に怒ろうと立ち上がったが、その距離は近かったため、完全に立ち上がることも出来ずにすぐに椅子に座った。
「何をしに、ここへ来たんだ?」
「そりゃあ神内。柊 明日也をブッ潰すタメだろ」
「今日は来ないよ」
「ああ? まあテメェをブッ潰すでも良いケドな……って、あちっ! 神内さっきから何しやがる!?」
「だから、うるさいって」
またしても熱湯をかける。耳障りな高音に無表情ながら意地悪な行動。明日奈を守るためなのかは本人のみぞ知る。
「寝てる子もいるから」
「知るか! そんなの俺にはカンケーね」
「あ」
「うるせぇんだよ! 少しは静かに出来ねぇのかよ!」
「起きちゃった」
色んな意味での天敵でもある美樹が目を覚ましてしまった。近くにあった百科事典をぶん投げていた。それは弧を描き陽の額に当たりそのまま陽は後ろに倒れた。
「おはよ、コーヒー飲む」
「あ゛? うん、ちょうだい」
寝起きが最悪で明日奈が聞くと、ビクッと反応し声を濁らせながら善意を受け取った。
コーヒーを作り赤いチェック模様のマグカップに淹れて手渡した。
「……ん、うまい」
「っててて、テメェなにしや……が……」
のんびりコーヒーを飲む美樹に目を覚ました陽は絡むように近寄ったが、急に言葉を止めた。目をまん丸くさせている。
「なんだ、カワイイじゃねぇか」
「え、そう? そりゃあ美樹、可愛いもん」
「俺のオンナになれ」
「はあ? なんで美樹があんたみたいなのと付き合わなきゃなんないの? 付き合うなら、神内センパイか明日也センパイだしー。引っ込め!」
「んだと大人しく……って邪魔すんな!」
掴みかかろうとした陽に、庇うように美樹の前に立ちふさがる明日奈。
その行為に不機嫌となった明日奈以外の面々。
女に庇われたくない美樹、邪魔することに不快感の陽、女が庇ったことに対しての不愉快の神内。
色んな想いが交差している。
「女に手を出さない奴らもいるというのに、相変わらずちっちゃい男だな」
「女なんて男の言いなりになってれば――!!」
ツボではなく、パシンと軽快な音が鳴った。互いに端的な言葉を並べる。痛々しい音で、反動により顔が手の軌道と同じく向いていた。
感情的でいつもの彼女らしくない行動で、ビンタをされたと気付いた男はただただ呆然としている。
「何すんだよテメェ!」
「ふふ」
「あ? ナニ笑ってるんだよ」
「いや、あんたが弱い理由が分かってさ」
「あ゛?」
「凄いバカな感じ。頭が悪くて直球的どうしようもない」
「明日奈、キレてる。珍しい」
「あんたが宇城に負けた理由、性格から何から全部が負けてるからな。あいつは絶対に女に手はあげないからな。精神が強いんだよ。おまえと違ってな」
「酷い言い様に逆らう暇すら与えないな。というより、名前出てきてるな」
「あんたは単なる癇癪だ。意味もなく当たり散らしてめんどくさいだけの男だ。女がどうこうのって言う前に貴様が男として立派に物事を成せよ」
「こればかりは部が悪いな」
「助けないの? あんた見た目と違って冷酷だね」
「そんなんじゃないよ」
自分より身長の高い陽を見上げる。その目は鋭く睨むようで厳しいものだった。
今にも暴力が起こりそうな状態になっていたが、神内が明日奈の肩を掴んで陽から離した。
「その目……その目が! アノ時と!」
「あの時って? なんですか、センパイ」
「前にあった出来事だよ。それが終わった時、部下の大半が明日奈の目に落ちたんだ」
「どこが良いの。美樹の方が良いし」
「そうだとしても、あの真っ直ぐな眼光は中々ないよ。それも、少しも臆することがないから、それも魅力だったんだろうね」
「だから魅力は美樹の方が」
「はいはい。とにかく、陽、おまえじゃこの子を落とせないよ。どんな相手だろうと陥落しないからね。あの安月だって京也だって手に出来ない女だぜ?」
美樹を軽く往なして真っ直ぐと陽の目を見たが、当人はすぐに目を反らしていた。ダメージを受けすぎて力が入らないんだろう。
総長の妹は所詮、飾りだとばかり思っていた。けれど、今のでその考えは間違いだと分かった。
「平等だとか、なんだとか言うつもりはない。人が勝手に生きてるんだからそこに天秤はないでしょ? あなたの考え方はあまりにも悲しすぎる。もうちょっと誰かを信じない?」
「……!」
その目はもう鋭いものはなくて優しかった。その表情のギャップに飲み込まれた陽は目をいっぱいに開かせていた。陥落したと神内はその様子を見てほくそ笑んだ。
鋭い目の彼女にも優しい目の彼女にも隠れファンがいることを生徒会の全員は知るよしもない。
「ってかさぁ、なんで三人しかいないの生徒会」
「今日何日? というか何曜日?」
「月曜日」
「だから良く考えなよ」
「……あれ、祝日」
明日奈は陽から離れてカレンダーを見ると今日の日付が真っ赤だった。ゆっくりと振り返って神内を見つめる。彼は変わらず爽やかに微笑むだけでその他の反応を示さない。
「あれ何で私来てるの」
「俺、それずっと気になっててさ」
「そういえば、お兄ちゃんずっとラフな恰好だった」
「なんで来たんだ、本当に」
「何でだろうね。なんでみんなで集まったの?」
「俺は後始末があるから来てるんだよ」
「私は気付かずに来ちゃった」
「えっ、なに? 今日学校ないの? 来なきゃ良かったよー。もうナンパされて来ようっと」
「じゃあ、明日ね」
「……うん、バイバイ」
部屋を出ようとした美樹は明日奈の言葉に立ち止まり顔だけを部屋の中を見つめた。今まで同性の友達がいなくて優しくされたことがない彼女は明日奈の一言と笑顔に少し照れて小さく頷いてから走って帰った。
嫌な気持ちはなく、何だか心地の良い温かい想いに戸惑っていた。
「で、太陽はなんでいるの」
「さあ、何でだろうな」
「テメェに、神内テメェに拉致られたんだ!」
「そうなんだ、大変だったね」
「なんで他人事なんたよ! テメェが連れてきたんだろうが! 外から」
「そんな興奮すると血圧上がるよ。最近は若い人でもかかる病気があるらしいからね」
「ダレのせいだ!」
「ごほんっ、あー喉が痛い。ジンは仕事終わったの?」
「そうだね。もう帰れるかな」
「じゃあ昼ごはん、適当に食べてから帰らない? 太陽も一緒に」
「お、俺も?」
「うん」
「ファミレス寄っていこうか」
そして三人はさっさと片付けをして近くにあるファミレスに寄ることにした。予想外な言葉に陽は驚愕するしかなかったが、その反面嬉しかった。
「喉が痛いってどうしたんだ」
「掃除して冬用の毛布出したんだ」
「うん」
「埃っぽいのが原因なのか咳が止まらないんだ」
「掃除すれば良いだけじゃないのか」
「大きいんだよ。干す場所ないし、洗濯機小さいしコインランドリーないし」
「掃除機だけでもマシになるんじゃないのか?」
「掃除機、十年以上昔だから使うのちょっと」
「すごい物持ち良いんだね」
「未だに現役だよ」
それぞれの食べ物が来るまでの間の会話。時折、咳き込む明日奈に埃だけではないんだと思う神内だった。
けれど、明日奈の生活は聞いていると楽しくて仕方がない。
「生徒会室でもしてるなら、多分、風邪だと思うよ」
「私たち兄妹はさ、風邪引きでも見た目に出ないんだよ。インフルになった時も、知らないうちに学校中全滅したし」
「ある意味、爆弾だな」
「まあ、とにかく分からないんだから病院にも行ったことないんだよ。自覚ないからさ、迷惑かけたとも思えないし」
「かけてるんだろうが。だからゼンメツしたんだろ?」
「まあね。でも反省はしてない、的な」
「しろよ」
陽も参加をし始め、ちょうど三人の食事が届けれて会話は終了した。もう普通じゃないアスコンビに勝てないと思い始めてきた。そして、インフルエンザが発生した同時に同じ学校にいなくて良かったと思うが、これから病気にならないことをひたすら祈るばかりだ。
太陽とはかけ離れた雷雲と少しだけ距離が縮んだお話。




