第8話 普通の女の子
「勇者って、どうやってこっちに来たんだろう」
ベッドに寝転がったまま、アオイが呟いた。
「召喚なのかな。それがわかれば、帰る方法も見つかりそうだけど」
「同郷と言っておったな。そなたが軽はずみにあの世界を滅ぼさなければ、帰る方法を知る者が残っていたかもしれぬな」
「……ずいぶんと嫌なことを言うわね」
「少しは懲りてもらわねば、同じことを繰り返しかねぬのでな。今の余が守るべき世界ではないが、軽率に滅ぼされてもよいとは思えぬ」
アオイは枕に顔を埋めたまま、拗ねたように足をばたつかせた。
「何もかも嫌になったのよ。自分たちは戦うことすら諦めてるくせに、従うだけは嫌だの、助けてくれだの……そう言われ続けるのに、うんざりしてたの」
「我らは力で支配していた。ゆえに、そなたの力そのものは認めておる」
竜王はそこで言葉を切った。
「だが、力ある者は、その責任も自覚すべきであろう。それほどの力を持ちながら、今のそなたでは種を導けまい。仮に故郷へ戻れたとしてもな」
突然話が飛んだように感じ、アオイはきょとんとした。
「……えっ? 何言ってるの?」
「そなたこそ、何を言っておる?」
「いやいや、導かないから。そういうの、ないから」
「……無責任なことだな。種を守るのは、力を持つ者の責任であろうに」
「いや、私は普通だからね?」
その言葉に竜王が何かを返すより先に、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
話を切り上げるように、アオイが返事をした。
扉が開き、姿を現したのはクレインを連れたリシアだった。
「あの、今よろしいでしょうか?」
「あなたの家なんだから、遠慮なくどうぞ」
「それでは、失礼いたします」
アオイに促され、リシアは部屋へ入り、ソファに腰を下ろした。クレインはその後ろに立つ。
アオイもベッドから起き上がると、リシアの向かいに腰掛けた。
「それで、どうしたの?」
「お忙しくなければ、明日、例の廃墟までご同行願えないかと思いまして」
「廃墟に?」
「はい。騎士団が現場を調べることになりました。わたくしも同行して場所をご案内する予定なのですが、言葉だけで説明する自信がありません。それに、混乱しておりましたので、記憶違いがあるかもしれません」
「それなら、飛んでいく?」
アオイの言葉に、クレインの眉がぴくりと動いた。
「ふふ。ゾルム様なら喜びそうですが、今回は調査の騎士たちも同行いたしますので、できれば馬車でお願いしたいと思っております」
「いいわよ。町もちゃんと見てみたいしね」
アオイが快く答えると、リシアはわずかに表情を緩めた。
「それと、外出に合わせてお召し物も用意したいと思っております。ただ……」
リシアの視線が、アオイの額へ向けられた。
「その角は目立つかと思います。隠せるものの方がよろしいでしょうか?」
そう言われ、アオイは自分の角へ手を伸ばした。
「隠せるなら隠した方がよさそうだけど、難しくない? 結構長いし」
「そうですね……何かよい案はあるかしら?」
リシアがクレインを振り返る。
「そうですね。冒険者のような出で立ちであれば、装備の一部に見せることはできるかもしれません。多少の違和感は残るでしょうが、変わった兜飾りだと思わせられる可能性はあります」
角の生えた兜を想像し、アオイは顔をしかめた。
「なんだか、それはそれで目立ちたがり屋みたいね。まあ、角が生えてる女だと思われるよりはましなのかしら?」
リシアがおずおずと尋ねる。
「あ、あの……角のことを尋ねられるのは、ご不快ではありませんでしたか?」
「ん? 別に嫌じゃないわよ。生まれたときから生えてるわけじゃないし、どちらかというと、不本意な結果だからね」
「そ、そうなのか?」
思わず声を上げたクレインを、リシアが振り返った。
「クレイン?」
「し、失礼いたしました。つい……」
「いいわよ、別に。信じるかどうかは任せるけど、元は角も生えてない、普通の女の子よ」
「そうなのですね……」
「そうなのですよ。……って、うるさいわね。私は普通の女の子よ!」
突然、誰もいない宙へ向かって言い放つアオイに、リシアとクレインが目を丸くした。
「あの……どなたかとお話になられているのですか?」
「ああ、まあ……この角が生えた原因みたいなものよ。気にしないで」
リシアは一瞬、釈然としない表情を浮かべた。
しかし、それ以上踏み込んでよいものかわからず、気を取り直して話を戻す。
「それでは、明日の朝、お迎えに上がります。正式なお召し物はすぐには用意できないかもしれませんが、角を隠しやすいフードや外套などはお持ちいたします」
「それでいいわ」
「ありがとうございます。それでは、明日」
リシアは立ち上がって一礼すると、クレインとともに部屋をあとにした。
翌朝、アオイの部屋には、約束どおり外出用の衣服が届けられた。
用意されたのは、動きやすそうな濃紺の上着と細身のズボン、それに革のブーツだった。上から羽織る外套には、深いフードが付いている。
さらに、一本角を覆うための革製の覆いも用意されていた。
角の根元を囲むように細い革帯を頭へ固定し、その上から角全体を覆っている。表面には簡単な金属の装飾が施され、遠目には奇妙な兜飾りに見えなくもない。
着替えを終えたアオイは、メイドが用意した鏡の前で何度か向きを変えた。
「……怪しくない?」
「そのままよりは、目立たないかと」
「それはそうなんだけど」
深くフードをかぶれば、角の大部分は隠れる。
だが、額から前方へ伸びる形まではごまかしきれず、フードの一部が不自然に持ち上がっていた。
「町の方々も、冒険者の装備を一つ一つ確かめたりはいたしません。堂々としていらっしゃれば、かえって疑われないかと思います」
「そんなものなの?」
「おそらくは」
自信があるのかないのかわからない答えに、アオイはもう一度鏡を見た。
少なくとも、何もせずに角をさらして歩くよりはましなのだろう。
「まあ、いいわ。行きましょう」
メイドに案内されて城内を歩き、中庭へ出る。
そこには既に二台の馬車と、調査へ同行する騎士たちが集まっていた。
一台はリシアたちが乗るための馬車で、もう一台には現場を調べるための道具が積み込まれている。
そして、リシアとクレインの姿もあった。
「おはようございます、アオイ様」
「おはよう。ずいぶん大人数なのね」
「誘拐事件の現場ですので、念のため護衛も増やしております」
「そういうこと」
アオイが馬車へ近づくと、開かれた扉の向こうに、既に誰かが座っているのが見えた。
白いひげを蓄えた老人が、杖を脇へ立てかけ、膝の上に分厚い帳面を広げている。
「……何してるの、おじーちゃん」
ゾルムは顔を上げると、何を今さらと言いたげな表情を浮かべた。
「何とはなんじゃ。同行するに決まっておろう」
リシアが困ったように微笑み、クレインは諦めたように目を閉じた。
「おぬしが現れたという魔法陣を調べるのであろう? それを宮廷魔術師である儂が見ずして、誰が見るのじゃ」
「別にいいけどね。勇者様のことも、あとでちゃんと教えてよ」
「無論じゃ。その代わり、昨日の魔法についても詳しく――」
「それは気が向いたらね」
アオイはゾルムの向かいへ乗り込むと、窓際の席に座った。
続いてリシアが隣へ腰を下ろし、クレインは御者に近い席へ乗り込む。
全員が乗ったことを確認すると、馬車がゆっくりと動き始めた。
石畳を車輪が鳴らし、中庭を抜けていく。
やがて巨大な城門が開き、その向こうに朝の王都が姿を現した。
アオイは窓へ身を寄せ、初めて間近に見る町並みへ目を向ける。
馬車は城門を通り抜け、王都の大通りへと走り出した。




