第7話 恩人か災いか
「それでは、何かありましたらお呼びください」
メイドは一礼すると、静かに扉を閉めた。
詰所でしばらく話を聞いたあと、勇者に詳しい騎士が仕事へ戻る時間になったため、続きはまた後日ということになった。
客間へ戻ったアオイは、先ほど聞いた話を思い返しながらベッドに腰を下ろす。
「話を聞く限り、勇者がいた時代は私とそんなに離れてなさそうね。いや、どうなんだろ。過去作として知ってたのか、あれが現役だった時代なのか……」
そう言って悩むアオイの表情は、いつになく嬉しそうだった。
「浮かれているようだが、まだ安心するには早いのではないか?」
「諦めた直後に痕跡が見つかったんだから、仕方ないでしょ」
「……それで、この世界も犠牲にするのか?」
竜王の言葉に、アオイの表情が固まった。
「……とりあえず、力ずくでどうにかするつもりはないわ」
「とりあえず、か」
「そういう意味じゃない」
一転して不機嫌になったアオイは、ベッドへ倒れ込み、そのまま顔を枕に埋めた。
「私だって……」
その小さな呟きに、竜王は応えなかった。
◇ ◇ ◇
アオイが騎士団の詰所で勇者について話を聞いていたころ、リシアは自室で父の訪問を受けていた。
先に訪ねてきたクレインから、昨夜の出来事を改めて聞かせてほしいと言われ、話し始めようとしたところへ、父である国王が現れたのだ。
自室で眠っていたところを突然襲われたこと。
何かを嗅がされ、意識を失ったこと。
目を覚ましたときには、見知らぬ廃墟の地下にいたこと。
そこでアオイが現れ、自分を助けたこと。
廃墟の場所を言葉で説明することはできないが、近くまで行けば、おそらくわかること。
リシアは、覚えていることを一つずつクレインへ説明した。
だが、クレインの質問に答えている間も、少し離れた場所から無言で見守っている父の存在が気になって仕方がなかった。
アオイについて、どのように伝えるべきなのだろう。
危険な存在だと言うべきか。
それとも、自分を救ってくれた恩人だと言うべきか。
どちらとも決められないリシアは、自分が見聞きした事実だけを述べることにした。
一通りの説明が終わると、それまで黙っていた国王が口を開いた。
「クレイン。そなたから見て、その女……でよいのだな。あの者は、どのように見えた?」
クレインは国王へ向き直った。
「少なくとも、我々に敵意を持っているようには見えませんでした。ただ、何分にも判断する材料が足りない、というのが正直なところです」
「続けよ」
「本当にリシア様を助けた恩人なのか。それとも、誘拐した者たちの仲間であり、何らかの理由で仲間割れを起こしたのか。それすら、今の段階では断定できません。それに……」
言い淀んだクレインに、国王が先を促す。
「申してみよ」
「私が見た魔法や、リシア様のお話が本当だとすれば、そもそも何者なのかがわかりません。人であるかどうかすら……」
「ふむ。ゾルムは何と申しておる?」
「……あの者の魔法に、たいそう興味を持っているようです」
国王の顔に、わずかに呆れたような色が浮かんだ。
「あ、あの……父上」
「なんだ?」
「わたくしが助けられたのは事実です。そのことに対しては、できる限り礼を尽くすべきではないかと思います」
「ふむ。だが、見方によっては、誘拐に関わった者たちと廃墟を焼き払い、証拠を隠滅したとも考えられる。今は敵意がないとしても、今後、人に害をなさぬとも限らぬであろう?」
自分が抱いていた懸念を言い当てられ、リシアは驚いた。
同時に、どこか安堵してもいた。
助けてくれた相手を疑うことに、後ろめたさを感じていたからだ。
「はい。わたくしも、それは考えました」
リシアは一度言葉を切り、それから父をまっすぐに見た。
「ですが、だからといって、こちらから敵対する必要はないのではないでしょうか」
国王はしばらく何も言わず、娘の顔を見つめた。
「……それであれば、そなた自身の目で、あの者を見極めてみよ」
「わたくしが、ですか?」
「そなたを助けたのが、どのような者であるのか。礼を尽くすに値する恩人なのか、それとも警戒すべき災いなのか。自ら話し、自ら考えてみるがよい」
そう告げると、国王は立ち上がり、リシアの部屋をあとにした。
廊下へ出ると、後ろに付き従っていた宰相が静かに口を開いた。
「よろしかったのでしょうか」
「わからぬ」
国王は足を止めることなく答えた。
「わからぬが、一晩で少しは王族として考えるようになったらしい。どのみち我らにも、あの者が何者であるかは判断できぬ。それならば、リシア自身に見極めさせてみるのもよかろう」
「危険はございます」
「わかっておる。警戒は怠らぬよう、周囲の者には伝えておけ。ただし、あからさまに監視して機嫌を損ねることのないようにな」
「かしこまりました」
宰相は一礼したものの、すぐには下がらなかった。
「今後も、あの者を城内に滞在させるおつもりでしょうか」
国王は足を止めた。
「何か考えがあるのか?」
「王都には、来賓を迎えるための宿がございます。そちらへ移っていただき、王都にいる間は自由に過ごしていただくのはいかがでしょう」
「城内から遠ざける代わりに、所在は把握しておくということか」
「はい。王都を離れる際にだけ知らせていただければ、行動を無理に制限する必要もございません」
国王はすぐには答えなかった。
正体も力の限界もわからない者を、いつまでも王族の暮らす城内へ置いておくことには不安がある。
しかし、客人として招いた翌日に宿へ移せば、追い出されたと受け取られる可能性もあった。
「……案としては悪くない。だが、まだ早かろう」
「では、しばらく様子を見ますか」
「うむ。本人の望みも聞かねばならぬ。今は城内での警戒を続けよ」
「かしこまりました」
宰相は再び頭を下げた。
国王は歩き始めながら、閉じられたリシアの部屋の扉を一度だけ振り返った。
恩人か、災いか。
その答えを持たないのは、娘だけではなかった。




