第6話 勇者の痕跡
アオイとゾルムが連れ立って演習場に姿を見せると、訓練をしていた騎士たちの間に戸惑いが広がった。
手を止めた騎士たちが、遠巻きに二人の様子をうかがっている。
「おいおい、爺さん。何してんだ? クレインはどうした?」
騎士たちの間から、一人の大男が歩み出た。
「なんじゃ、団長か。クレインなら王女様のところじゃろ」
「不用心すぎないか? それとも、もう信用できるってことになったのか?」
「王女様の恩人なのじゃから、信用はできるじゃろ」
騎士団長は疑わしそうにゾルムを見た。
「嘘くさいな。どうせクレインが言ってた魔法とやらに釣られたんだろ?」
「わかっておるなら、聞かずともよかろう」
悪びれる様子もないゾルムに、騎士団長は深いため息をついた。
「はぁ……まあいい。代わりに俺がついててやるよ。いいよな?」
「いいわよ、別に。で、どんな魔法が見たいわけ?」
アオイに問い返され、ゾルムは顎ひげを撫でながら考え込んだ。
「おぬしは、いくつくらいの魔法が使えるのじゃ?」
「いくつって言われても、そういうんじゃないのよ」
アオイには、質問の意味がよくわからなかった。
使える魔法の数など、数えたこともない。そもそも魔法とは、決められた何かを一つずつ覚えていくようなものではなかった。
「先におじーちゃんの魔法を見せてよ。私が何かやっても、そのままじゃ疑うでしょ?」
アオイの言葉に、騎士団長が肩をすくめてみせた。
「ふむ。ならば、ありきたりじゃが、これからかの」
ゾルムが杖を掲げ、聞き取れない言葉で詠唱を始める。
やがて、杖の先に炎が集まった。
炎は揺らめきながら一つにまとまり、人の頭ほどの火球となって宙に浮かぶ。
ゾルムが杖を振るうと、火球は少し離れたところに立つ人型の的へ向かって飛翔し、命中した。
炎が弾け、的の表面を赤く染める。
「基本の一つじゃが、どうじゃ?」
「ふーん」
アオイは焼け焦げた的を眺め、それから何もない空間へ人差し指を向けた。
わずかな間のあと、その指先に先ほどと同じほどの火球が現れた。
詠唱もなければ、杖も使っていない。
それでも火球はゾルムが放ったものと同じように飛翔し、隣の的へ命中した。
「なっ……」
ゾルムが目を見開く。
だが、それで終わりではなかった。
アオイの指先に次々と火球が生じ、途切れることなく放たれていく。
一発、二発と火球が重ねられるたびに炎は勢いを増し、やがて的は巨大な火柱に包まれた。
焼けつくような熱波が周囲へ押し寄せ、遠巻きに見ていた騎士たちが思わず後ずさる。
「あっ」
アオイが何かに気づいたように声を漏らした。
直後、激しく燃え盛っていた火柱が、何事もなかったかのように消え去った。
あとに残ったのは、溶け落ちた的の残骸らしきものと、黒く焦げついた地面だけだった。
「ど、どうやっておるんじゃ?」
興奮気味に詰め寄るゾルムに、アオイは少し困ったような顔をした。
「どうって、似たようなものを作っただけよ。むしろ、なんで火球なの? 面倒じゃない?」
「面倒とは、どういうことじゃ?」
「だって、そもそも何が燃えてるの?」
「何が……?」
「燃焼するようにして、わざわざ丸い形にまとめて、それを燃やし続けたまま飛ばすんでしょ? どう考えても手間だよね」
アオイは、溶け落ちた的の残骸を指さした。
「やりたいのは、的を燃やすこと? 溶かすこと? それとも壊すこと?」
ゾルムは、アオイが何を疑問に思っているのかすら理解できないような表情を浮かべた。
火球とは、そういう魔法だ。
火球を作り、それを飛ばして敵を焼く。それ以上のことを疑問に思ったことなどなかった。
「ならば、あの的を、おぬしならどうする?」
ゾルムは、まだ無傷で残っている的を指した。
「似たような結果でいいなら……」
アオイが人差し指を向けると、足元に転がっていた小さな礫が一つ、ふわりと浮かび上がった。
次の瞬間、礫が白く輝き始める。
周囲の温度が一気に上がり、近くにいた騎士たちが顔を覆った。
白熱した礫が、一直線に飛翔する。
それが的に突き刺さった瞬間、命中した箇所を中心に的が溶け広がり、形を失って地面へ流れ落ちた。
「こっちの方が、わざわざ燃やすより簡単だけどね」
返事はなかった。
アオイが視線を戻すと、ゾルムは口を半ば開いたまま、その場に固まっていた。
「どうなっておるんじゃ……いや、そもそも詠唱も何もなしに、どうやって……」
ようやく動き出したかと思えば、ゾルムは的の残骸を見つめたまま、ぶつぶつと呟き始めた。
「えっと……それで、勇者の話は?」
だが、アオイの声など聞こえていないかのように、ゾルムは自分の世界へ入り込んでいる。
「はぁ……どうしよう」
「おいおいおい、何がどうなったら、ああなるんだ!?」
後ろで見ていた騎士団長の声が響いた。
「あんなもの、どうやって戦えばいいってんだ?」
アオイはその声に振り返った。
「戦わなければいいんじゃない? 別に戦う理由もないし」
あっけらかんと答えるアオイに、騎士団長は頭をかいた。
「それはそうなんだが、そうもいかない立場でな」
「大変ね。それで、私は勇者様の話が聞きたかったんだけど、どうすればいい?」
そう言いながら、アオイはゾルムへ目を向ける。
相変わらず、こちらの話を聞いている様子はない。
「勇者様って……建国の勇者か?」
「そう」
「知りたいと言われてもな。誰でも知っている話といえば、そうなんだが……何が知りたいんだ?」
「なんでも」
即答され、今度は騎士団長が考え込んだ。
建国の物語は、この国で暮らす者なら誰もが知っている。だが、改めて何でも教えろと言われると、どこから話せばよいものか。
「ああ、そうだ。騎士団の詰所に来るか?」
「詰所?」
「勇者様に憧れてる奴なら、ちらほらいる。そいつらに聞いて回れば、知りたいことも聞けるんじゃないか?」
そこで騎士団長は、少しだけ表情を改めた。
「ただし、本当の話かどうかはわからんぞ。何しろ伝説の英雄みたいなもんだ。美化されちまってるところもあるだろうからな」
「それでもいいわ。……それで、おじーちゃんはこのままでいいのかしら?」
「ああ、そうだな」
騎士団長は近くにいた騎士の一人へ顔を向けた。
「おい。爺さんが正気に戻ったら、こいつを詰所に連れていったと伝えておいてくれ」
「はっ!」
返事をした騎士は、いまだにぶつぶつと呟いているゾルムと、溶け落ちた的を交互に見た。
「さ、行こうか」
騎士団長に促され、アオイは演習場をあとにした。
騎士団の詰所へ入ると、中にいた騎士たちは団長の姿を見るなり姿勢を正した。
だが、その後ろからアオイが入ってきた途端、彼らの視線が一斉にその頭へ向けられる。
明らかに角を見ていた。
気になって仕方がないらしいが、本人に尋ねてよいものかわからないのだろう。誰もが隣の者と目を合わせるばかりで、声を上げようとはしなかった。
アオイはそんな騎士たちの様子を気にすることなく、室内を見回した。
「ねえ。勇者様のこと、誰か教えてくれない?」
唐突に話しかけられ、騎士たちが互いの顔を見合わせる。
「あー……誰か、建国の勇者に詳しい奴はいないか?」
団長が呼びかけると、しばらくして、一人の若い騎士がおずおずと手を挙げた。
「自分でよろしければ……」
「うん。勇者様って、どこから来たのかわからない? 何か変わった言葉を使っていたとか、作ったものが残っているとか」
勢い込んで尋ねるアオイに、若い騎士は少したじろいだ。
「どこから来たのかは、自分も聞いたことがありません。ある日、突然この地へ現れたとしか……」
「ほかには?」
「そうですね……食べ物には、ずいぶんこだわりの強い方だったと伝わっています」
「食べ物……」
アオイは続きを促すように、若い騎士を見つめた。
「あとは、詠唱をせずに魔法を使えた、とか……」
アオイが眉を寄せる。
「詠唱なしで使えた人、いたんじゃん」
「いえ、まったく何も言わなかったというより、一言だけだったそうです。その短い言葉だけで魔法を使ったとか」
「一言? 例えば?」
「ええと、何だったかな……」
若い騎士は記憶を探るように首をひねった。
「火球の魔法なら……め、メラ? あるいはメラゾーラ? そのような言葉だったと伝わっています」
「メラ!?」
アオイが勢いよく身を乗り出した。
「ほかには? ほかに何か言ってなかった? その勇者、どんな食べ物を作ったの?」
突然の剣幕に、若い騎士が目を白黒させる。
「えっ……いや、自分が知っているのは、そのくらいで……」
「誰なら知ってるの? 勇者様が残したものは? 住んでた場所とか、持ち物とか、何かないの?」
「お、おい。落ち着け。さっきまでの余裕はどこへ行った」
騎士団長に声をかけられ、アオイは一度口を閉じた。
それでも、若い騎士を見つめる目は外さない。
「……その勇者様、たぶん日本人よ」
「ニホンジン?」
「私と同じところから来た人ってこと」
騎士たちは、その言葉の意味がわからない様子で顔を見合わせた。
だが、アオイにはもう彼らの反応など目に入っていなかった。
この世界に、自分より先に日本から来た者がいた。
それなら、その人物も帰る方法を探したはずだ。
何かを残しているかもしれない。
たとえ本人がもういなくても、その足跡をたどれば、日本へ帰る手掛かりが見つかるかもしれない。
「……やっぱり、いたんだ」
小さく呟いたアオイの顔には、この世界へ来てから初めて、抑えきれない笑みが浮かんでいた。




