第5話 事情聴取
翌朝。
アオイは昨日とは別の、小さな応接室へ案内された。
向かいに座っているのは、リシアの護衛騎士であるクレインと、宮廷魔術師のゾルムだった。
話を聞くだけだと言われているが、クレインの表情は硬い。
対照的に、ゾルムはアオイの角を興味深そうに眺めていた。
「まず、昨夜のことについて確認させていただきたい」
クレインが口を開く。
「リシア様は、ご自身の寝室から突然姿を消されました。あなたは、何があったのかご存じですか?」
「知らないわよ」
あまりにも即答だった。
「……あなたは、リシア様が姿を消したことには関与していないと?」
「してないわ。私が召喚されたときには、もうあの子が捕まってたもの。だから助けただけ」
「召喚?」
ゾルムが片眉を上げた。
「おぬしは、何者かに召喚されたと申すのか?」
「たぶんね。気がついたら魔法陣みたいなものの中にいて、その近くに王女様と怪しい連中がいたから」
クレインとゾルムが顔を見合わせる。
「その者たちは、どうしたのです?」
「悪そうな連中だったから殺したわ」
再び、室内が静まり返った。
「……全員ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「逃げた人がいなければ、全員じゃない?」
クレインは一度目を閉じ、気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。
「では、あなたが着ているその黒いローブと、お持ちになっている大量の金も、その者たちのものですか?」
「そうよ。服がなかったから、これは貰ったの。お金も、いろいろ教えてもらうついでに出してもらったわ」
「その後で殺したと?」
「そうだけど」
「なぜです?」
「王女様を送り届けてる間に逃げそうだったから。また同じことをされても面倒でしょ?」
アオイは、なぜそんなことを聞くのか分からないとでもいうように首を傾げた。
クレインは何かを言おうとして、結局言葉を飲み込んだ。
ゾルムは目を細めたまま、アオイの様子を観察している。
「それより、今度はこっちの質問に答えてくれない?」
「まだ、こちらの話は終わっていません」
「私は答えたでしょ。だから次は、勇者のことを教えて」
「……なぜ、勇者様のことを知りたがるのです?」
「私も勇者と同じ、日本から来たの」
「ニホン?」
クレインが聞き慣れない言葉を繰り返す。
ゾルムも何かを思い出そうとするように眉間へしわを寄せた。
「そのような国の名は、聞いたことがないのう」
「えっ、残ってないの? 建国の勇者なんでしょ?」
「勇者様の名や功績は伝わっておる。しかし、どこから来たのかは今も分かっておらん。海の彼方から来たとも、神に遣わされたともいわれておるが、確かな記録はないのじゃ」
「そうなの……」
アオイは少し考え、すぐに顔を上げた。
「じゃあ、詳しく調べられる本はないの? 王家に伝わる禁書とか」
「禁書であれば、なおさら見せられんじゃろう」
「王女様を助けたお礼に」
「まず、おぬしが勇者様と同郷であることを、どう証明する?」
「無理ね」
「即答するでない」
「だって、証明するものなんて持ってないもの。身体だけで召喚されたんだから」
もっともなことを言っているようで、何一つ証明にはなっていない。
クレインが困ったようにゾルムへ視線を向ける。
しかし、ゾルムの関心はすでに別のところへ移っていた。
「それよりも、おぬし。詠唱もせずに魔法を使えるそうじゃが、本当か?」
「ああ、こっちでは詠唱しないと使えないんだ」
アオイは何気なく右手を上げた。
次の瞬間、その掌の上に、透き通った氷の球が現れる。
詠唱はなかった。
魔法陣も、杖も、触媒もない。
先ほどまで身を乗り出していたゾルムが、椅子を蹴るように立ち上がった。
「馬鹿な……」
「何が?」
「新たな魔法を一つ見つけ出すのに、どれほどの時間を要すると思っておる! それを、詠唱もなしに……」
「見つける? どういうこと?」
「どういうこととは、逆にどういう意味じゃ? 魔法とは、世界の理につながる言葉を探し、正しく紡ぐことで、求める奇跡を生み出すものであろう」
「ふーん。そういう理解なんだ」
その言葉に、ゾルムの眉がぴくりと動いた。
「……おぬしは、魔法を何だと思っておる?」
「魔力を使って、起こしたい現象を作るだけでしょ?」
「それができぬから詠唱があるのじゃ!」
「ああ、そういうこと」
アオイは掌の氷球を消すと、少し考えてからゾルムへ身を乗り出した。
「なら、こうしましょう。私は、私の魔法がどういうものか見せてあげる。おじいちゃんは、代わりに勇者のことを教えて」
「よいじゃろう」
「ゾルム老!?」
あまりにもあっさりと応じたゾルムに、クレインが声を上げた。
「なんじゃ。建国の勇者について教えるくらい、何も問題はなかろう。親が子に普通に聞かせておる話ではないか」
「そうではなく、王女殿下を連れ去った怪しげな集団についてはどうするのです!」
「もう殺されておるのじゃろう?」
「そうではなく……!」
「うるさいのう」
ゾルムはクレインを追い払うように手を振ると、再びアオイへ顔を向けた。
「おぬし、その廃墟とやらがどこにあるかは分かるのじゃろう?」
「うーん……」
アオイは昨夜の道のりを思い返し、首を傾げた。
「城を目指して歩いてただけだから、説明しろって言われても分からないわね。王女様なら分かるんじゃない?」
「リシア様を、そのような場所へ連れていくわけにはいきません」
「別に連れていかなくても、道を聞けばいいでしょ」
「殿下も意識を失った状態で運ばれた可能性があります。場所を把握されているとは限りません」
「じゃあ、無理ね」
「簡単に諦めないでください!」
クレインの声が、部屋に響いた。
アオイは面倒そうに肩をすくめる。
「だって、知らないものは説明できないでしょ?」
「……殿下からは、こちらで話を伺います」
クレインは疲れたように息を吐いた。
「それで、ゾルム老。本当にこの者へ勇者様のことを話すおつもりですか?」
「無論じゃ。わしはこの者の魔法を見せてもらい、この者は勇者について知る。何か問題があるか?」
「問題しかないように思えるのですが……」
「なら、交渉成立ね」
アオイが嬉しそうに立ち上がる。
ゾルムも杖を手にして、椅子から腰を上げた。
「では、場所を移すぞ。ここで実演されて、城に穴でも開けられてはかなわん」
「頼まれてもないのに、そんなことしないわよ」
「……頼めばやるような言い方をするでない」
そう言いながら、ゾルムはどこか楽しそうに部屋を出ていった。




