第4話 希望
深夜。
無事に保護されたリシアは、国王と王妃に顔を見せたあと、治療と入浴を済ませて自室へ戻された。
一方、リシアを連れてきた角のある女――アオイは、王女の救助者として王城の客室へ案内されている。
必要な手配を終えた宰相は、小会議室へ足を運んだ。
「陛下には、リシア王女が無事に見つかったことは報告しておいた」
「宰相閣下、ありがとうございます」
部屋に入ってきた宰相に向かい、クレインは席を立って頭を下げた。
「それはよいとして、その角を持つ女はどうするつもりだ?」
騎士団長が、不機嫌そうに頬杖をついたままクレインへ視線を向ける。
「リシア様のお言葉もありましたので、今夜は客人として扱い、話を聞くのは明日以降にと考えております」
「しかし、なんといったかのう。姿を映す氷の板を、詠唱もなく作り出したとな? クレインよ。騎士とはいえ、魔法を知らぬわけではあるまい?」
騎士団長の向かいに座る初老の宮廷魔術師が、疑わしげな視線をクレインへ向けた。
「分かっているつもりですが……何分、私自身が目の前で見ましたので。できれば明日の聞き取りに同席していただき、見極めていただきたいかと」
「ふむ、よかろう。魔物が人に化けておるというのであれば、それはそれで研究のしがいもあるじゃろうしな」
「では、夜も遅い。今夜はこれで解散としよう。明日、その者から話を聞く。クレインとゾルム老に任せるが、異論はないな」
「はっ!」
「うむ」
◇ ◇ ◇
「今夜はこちらのお部屋をお使いください。よろしいでしょうか?」
メイドに案内されたのは、さすが王城というべき豪華な部屋だった。
「充分よ」
「お食事や浴室もご用意できますが、いかがなさいますか?」
「ああ、そうね。食事をお願いできる? あと、お風呂も借りたいわ」
「かしこまりました」
一礼すると、メイドは部屋を出ていった。
「呑気なものだな」
「何が? それより、すごいわね。この怪しげな角にまったく触れなかったわ。あれがプロのメイドってやつね」
「……その角のせいで、随分と警戒されていたようだが、どうするのだ? 王女の手前、客人として扱われているようだが……」
「ああ、敵になるなら城ごと吹き飛ばすだけよ。あんたが助けろって言うから助けたけど、そもそもどうでもいいしね」
「分からぬな。先ほどは、王女の身を気にしていたように思えたのだが」
竜王の言葉に、アオイは少し考える様子を見せた。
「うーん。目の前にいる子供の夜道を大人として心配するのと、敵を倒すのは別の話じゃない? 選ぶのは向こうよ。別に意味もなく殺したいわけじゃないし」
そう言うと、アオイはソファに腰を下ろした。
それでも竜王は何やら言い続けていたが、アオイも譲る気はなかった。
「だーかーらー、あんたは私にどうしてほしいのよ。何? 人類を滅ぼす何かを探して、また倒してあげればいいわけ? もうやらないわよ。バカバカしい」
コンコン、と扉を叩く音がした。
「お食事をお持ちしました。夜分のため、簡単なものになりますが、ご容赦ください」
メイドの手によって料理が並べられていくにつれ、アオイの目の色が変わっていった。
米……らしきもの。
豆類を発酵させたような、醤油に似た香りを漂わせる魚の煮込み。
そして、豆の匂いがする濁ったスープ。
いや、まさか。
食文化なんて、偶然似ることもあるだろう。そう思いながらも、並べられた料理のそこかしこに、日本食の気配を感じる。
「ね、ねえ。この国では、こういう料理が普通なの?」
アオイはメイドへ視線を向けて尋ねた。
「他国から来られた方には珍しがられることもございますが、我が国を建国された勇者様が広められた料理だと伝えられております」
その言葉を聞いた瞬間、アオイは立ち上がり、メイドの肩を掴んだ。
「その勇者の名前は? この国って、建国して何年?」
突然肩を掴まれ、メイドが驚いたように身を固くした。
「ゆ、勇者様のお名前は、タカハシ・ロト・ケンイチ様と伝えられております。建国からは、五百年ほどかと……」
「タカハシ……ロト……ケンイチ」
どう考えても日本人の名前だった。それも、真ん中にわざわざロトと入れているあたり、偶然とは思えない。
「その勇者について、ほかに何か知らない?」
「申し訳ございません。私が存じているのは、レグナス家のご息女と結ばれ、ともにこの国を建国されたということくらいで……。詳しいことでしたら、明日、城の者にお尋ねいただければと」
「そ、そうよね。ごめんなさい」
ようやく自分がメイドの肩を掴んでいたことに気づき、アオイは慌てて手を放した。
「いえ……。それでは、失礼いたします」
メイドは一礼すると、どこか急ぎ足で部屋を出ていった。
扉が閉まるのを待ってから、アオイは改めて料理へ目を向けた。
タカハシ・ロト・ケンイチ。
日本人がこの世界に来ていた。それも、この国を建てるほど昔に。
逸る気持ちを抑えながら、アオイは白い穀物をひと口含んだ。
そして、動きを止める。
米だ。
日本で食べていたものより細長く、独特の香りもある。それでも、噛んだときの甘みは間違えようがなかった。
続いて、豆の匂いがする濁ったスープを口に運ぶ。
香草の癖が強く、味噌汁とはとても呼べない。だが、その奥にある懐かしい塩気に、アオイは器を見つめた。
「これ……味噌?」
「うぅ……」
涙が頬を伝う。
諦めかけていた日本への道が、見つかるかもしれない。
「……泣いておるのか?」
「うるさいわね……でも、ありがとう。助けてよかったわ……」
「……そうか」
涙が落ちたせいか、白い米は少し塩辛くなった気がした。
それでもアオイは、食べる手を止めなかった。
食事を終えたアオイは、用意された浴室へ向かった。
浴槽の手前には、身体を洗うための場所が設けられている。メイドによれば、先に身体を清めてから湯につかるのが、この国の作法らしい。
それも、古の勇者が伝えた習慣なのだという。
身体を洗い、底の深い浴槽へ足を入れる。
たっぷりと張られた湯へ肩まで身体を沈めると、全身から力が抜けていった。
「はぁぁ……」
思わず声が漏れる。
米に、味噌に、風呂。
五百年前にこの国を建てた勇者が日本人だったことを、もう疑う余地はなかった。
「随分と機嫌がよくなったものだな」
「当たり前でしょ。日本人がこの世界に来ていたのよ。もしかしたら、帰る方法もどこかに残してるかもしれないじゃない」
「そうであればよいがな」
「そうよ。きっと、どこかにあるわ」
浴室を出たアオイは、柔らかなベッドへ潜り込んだ。
明日になれば、勇者のことをもっと聞ける。
帰る方法も、何か残されているかもしれない。
日本へ帰れるかもしれない。
その希望を抱きながら、アオイは久しぶりに、明日が来るのを楽しみに眠りについた。




