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第46話 子爵との夕食

馬車は街の中心部を抜け、広い通りを進んでいた。


窓の外には、商店が並ぶ賑やかな通りとは違い、塀に囲まれた大きな屋敷が増えてきている。


「へえ、こっちは随分と立派な建物が多いのね」


アオイが窓の外を眺めながら呟いた。


「この辺りは貴族や裕福な商人の屋敷が集まっておりますから」


向かいに座った代表が答える。


「ふうん」


アオイは軽く頷いた。


隣では隊長が黙って座っている。


商隊の護衛をしていたときには気さくに話していたのに、今日は妙に口数が少ない。


「隊長、どうかしたの?」


「い、いや。別に何でもない」


「そう?」


アオイは首をかしげたが、それ以上は気にしなかった。


やがて馬車の速度が落ち、大きな門の前で停まった。


門番が代表と何やら言葉を交わすと、門が開かれる。


馬車はそのまま敷地内へと入っていった。


手入れされた庭園を抜け、屋敷の正面玄関へ到着する。


「アオイ様、着きました」


代表に促され、アオイは馬車を降りた。


「大きい屋敷ねえ」


王城に比べれば小さいものの、建物は十分に立派だった。


玄関には使用人たちが並んでいる。


案内役の男が丁寧に頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました。子爵様がお待ちでございます」


「どうも」


アオイが答えると、代表が小さく咳払いをした。


「アオイ様、こちらへ」


「はいはい」


三人は使用人に案内され、屋敷の奥へと進んだ。


◇


通されたのは、大きな食卓が置かれた部屋だった。


壁には絵画が飾られ、天井から下がる照明が室内を明るく照らしている。


食卓の奥には、立派な服を着た中年の男が座っていた。


アオイたちが入ると、男はゆっくりと顔を上げた。


「そなたがアオイか」


「はい。アオイです」


「ふむ。随分と若いのだな」


男はアオイを上から下まで眺めた。


「私はグラハム・フォン・ベルク。この街を治めておる。今日はよく来てくれた」


「夕食に招いていただいたそうで。ありがとうございます」


アオイは軽く頭を下げた。


王城で多少は貴族との接し方を見てきたが、細かい作法までは覚えていない。


もっとも、失礼にならない程度にしておけばいいだろうと思っている。


代表が一歩前に出た。


「子爵様、本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「うむ。そなたらも掛けるがよい」


子爵が手を動かすと、使用人が椅子を引いた。


アオイは案内された席へ座った。


代表と隊長も、それぞれ席に着く。


ほどなくして料理が運ばれ始めた。


「おお、美味しそう」


アオイは並べられた皿を眺めた。


肉料理に野菜、温かいスープ。


どれも丁寧に調理されている。


「遠慮せず食べるがよい」


「ありがとうございます」


アオイは素直に料理へ手を伸ばした。


子爵はそんな様子をしばらく眺めていた。


◇


食事が進み、最初の料理が片付けられた頃だった。


子爵が杯を置いた。


「ところで、アオイ殿」


「はい?」


「少し聞きたいことがあるのだが、よいかな」


「何でしょう?」


「昨日、街の広場で、重傷を負った獣人の少女を治したと聞いている」


「ああ、ミラのことですね」


「ミラ?」


「ええ。今、一緒に旅をしている子です」


子爵は少し意外そうな顔をした。


「買い取った奴隷だと聞いているが」


「そうですよ」


「……そうか」


子爵はそれ以上、その話を続けなかった。


「その少女は、脚にひどい怪我を負っていたそうだな」


「ええ。歩けないみたいだったので治しました」


「治した、か。ずいぶん簡単に言うものだな」


「そうですか?」


子爵は小さく咳払いをした。


「それで、そなたの治癒魔法について聞きたいのだが」


「はい」


「どの程度まで治せるのだ?」


「それなりに、ですかね。治したことがある範囲なら、できると思いますけど」


「……それなりに?」


子爵は眉を寄せた。


「具体的には、どの程度の怪我なのだ?」


「うーん。怪我にもよりますけど、多少ひどくても何とかなると思いますよ」


アオイは少し考えた。


「ただ、やったことがないものは分かりませんね」


子爵はしばらく黙っていた。


どうやら期待していた答えとは違ったらしい。


「では、病はどうだ? 病気を治すこともできるのか?」


「どうでしょう。病気次第ですね」


「病気次第、とは?」


「原因が分かれば何とかなるかもしれませんけど、分からないと難しいですね」


「原因……」


「ええ。何が悪いのか分からないと、どう治せばいいのかも分かりませんし」


アオイは何でもないことのように答えた。


子爵は考え込むように顎へ手を当てた。


やがて、少し声を落とした。


「……では、死者を蘇らせることも、できたりするのか?」


代表の手が止まった。


隣に座る隊長も、思わず子爵へ目を向ける。


しかし、アオイは特に驚かなかった。


「どうでしょう?」


「どうでしょう、とは?」


「試したことがないので、何とも言えませんね」


「……試したことがない?」


「はい」


子爵は身を乗り出した。


「では、試してみる気はないか?」


「え?」


「報酬は望むままに用意しよう。金でも宝石でも、そなたの望むものを与える」


「いえ、興味ないので」


あまりにもあっさりした返事だった。


子爵は口を開いたまま、しばらく動かなかった。


「……何故だ。死者の蘇生ができるかもしれないのだぞ?」


「生き返らせたい人もいないですし」


アオイはそう答えると、手元の杯を持ち上げた。


「……ふむ」


子爵は椅子の背にもたれた。


何か言いたそうだったが、結局言葉にはならなかった。


食卓に微妙な沈黙が流れる。


◇


「アオイ様は、魔法を極めたいとは思われないのですか?」


その空気を変えようとしたのか、それまで黙っていた代表が口を開いた。


「ないですね」


アオイは即答した。


「使えれば十分ですし」


「そ、そうですか」


「ああ、でも、おじいちゃんなら興味持ちそう」


「おじいちゃん?」


子爵が顔を上げた。


「そなたの祖父か?」


「いえ、王国のゾルムっておじいちゃんです」


「……何?」


「魔法を教えろって絡んできて、面倒なんですよ」


子爵の動きが止まった。


代表も、何とも言えない顔になった。


「……ゾルム殿、だと?」


「ええ。知ってるんですか?」


「王国の宮廷魔術師、ゾルム殿のことか?」


「そうそう。その人です」


アオイは頷いた。


子爵はしばらくアオイを見つめていた。


「ぞ、ゾルム殿に魔法を教えている……のか?」


「そうなんですよ。なんか、勇者様が使ってた魔法にこだわりがあるみたいで」


アオイはそう答えながら、ちょうど運ばれてきた皿へ目を向けた。


小さく切り分けられた焼き菓子に、果物を使った甘いソースが添えられている。


アオイは一口食べた。


「あ、これ美味しい」


思わず声が出た。


香ばしい生地と甘酸っぱいソースがよく合っている。


もう一口食べてみる。


やっぱり美味しい。


子爵はアオイを見つめたまま、少し遅れて頷いた。


「そ、そうか。気に入ったのなら、帰りに持たせよう」


「本当ですか?」


アオイは顔を上げた。


「ありがとうございます!」


嬉しそうに笑った。


夕食が始まってから、初めて見せた笑顔だった。


子爵はその笑顔を見て、少し拍子抜けしたような顔になった。


「あ、ああ。遠慮することはない」


「じゃあ、三人分いただいてもいいですか?」


「三人分?」


「一緒に旅をしている子たちにも食べさせたいので」


「もちろんだ。用意させよう」


「ありがとうございます」


子爵は使用人を呼び、菓子を包むよう指示した。


それからアオイへ向き直った。


「それで、アオイ殿。先ほどのゾルム殿の話なのだが……」


「はい?」


「王国では、どのようなことをされていたのかな」


先ほどまでの尊大な口調とは違い、ずいぶん丁寧になっている。


「別に、大したことはしてませんよ」


「そ、そうか」


「ちょっと魔法を見せたり、話をしたりしたくらいですね」


「なるほど……」


子爵は頷いたが、それ以上は深く尋ねなかった。


その後もいくつか質問されたものの、アオイが答えられることはあまり多くなかった。


アオイとしては、料理も美味しかったし、土産までもらえたので十分満足だった。


◇


帰りの馬車に揺られながら、アオイは夕食のことを思い返していた。


最初はずいぶん偉そうな態度だったのに、最後の方はやたらと丁寧だった。


何か気に障ることでも言っただろうか。


まあ、別にいいか。


デザートは美味しかったし、お土産までもらえた。


アオイは膝の上に置いた包みへ目を向けた。


代表は向かいの席で、少し疲れたような顔をしている。


「代表、今日はありがとうございました」


「い、いえ。こちらこそ、お付き合いいただきありがとうございました」


「料理も美味しかったですし、よかったですよ」


「それは何よりです……」


代表は小さく息を吐いた。


隊長は窓の外を眺めたまま、何も言わなかった。


やがて馬車は宿へ到着した。


「じゃあ、おやすみなさい」


「はい。アオイ様も、どうぞお休みください」


代表と隊長に挨拶し、アオイは宿へ戻った。


二階へ上がり、隣のカレンの部屋を訪ねる。


扉を叩くと、すぐに足音が聞こえた。


開いた扉から、ミラが顔を覗かせる。


「おかえりなさい」


「ただいま。ミラ、お土産もらってきたわよ」


アオイは包みを持ち上げた。


「夕食で食べたんだけど、美味しかったの。ミラにも食べさせたかったから、もらえてよかったわ」


「……私に、ですか?」


「ええ」


ミラは驚いたように包みを見つめた。


その奥からカレンの声がする。


「ちょっと、ミラだけなの? 私の分はないわけ?」


「あるわよ。ちゃんと三人分」


アオイは部屋へ入りながら答えた。


カレンは寝台に腰掛けたまま、呆れたような顔をした。


「……あんたは食べてきたんじゃないの?」


「そうだけど?」


「だったら二人分でいいじゃない」


「だって、二人が食べてるのに、私だけ見てるなんて嫌じゃない」


「……あんたねえ」


カレンは何か言いかけたが、結局笑ってしまった。


「まあ、いいわ。せっかくだからいただきましょ」


「そうこなくっちゃ」


アオイは包みを開いた。


中には、先ほど屋敷で食べた焼き菓子が三人分、丁寧に収められていた。


「ほら、ミラも座って」


「……はい」


ミラがおずおずと椅子に腰掛ける。


アオイは菓子を一つ手渡した。


「美味しいわよ。食べてみて」


ミラは両手で受け取り、小さく口をつけた。


しばらく噛んでから、目を丸くする。


「……おいしい、です」


「でしょ?」


アオイは嬉しそうに笑った。


カレンも一口食べ、頷いた。


「へえ。確かに美味しいわね。さすが貴族の屋敷で出されるだけあるわ」


「ね。お土産もらえてよかったわ」


「それで、子爵様とは何を話してきたの?」


「んー、魔法の話とか?」


「それだけ?」


「うん。あとは美味しい料理を食べてきたわ」


カレンはしばらくアオイを見つめた。


「……まあ、あんたがそう言うなら、そうなんでしょうね」


「そうよ?」


アオイは最後の一口を頬張った。


明日の朝には、新しい馬車で帝都へ向けて出発する。


どんな旅になるかは、まだ分からない。


とりあえず、今日のデザートは美味しかった。


それだけで、十分満足な一日だった。

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