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第45話 子爵からの招待

教えられた道を進んでいくと、街の外れに広い敷地が見えてきた。


柵の向こうには何頭もの馬が放され、その隣には大きな建物が並んでいる。


建物の前には荷車や馬車が置かれ、何人かの男たちが車輪を調べたり、馬具を運んだりしていた。


「あ、ここかな?」


「ええ。間違いなさそうね」


カレンが看板を確かめた。


三人が近づくと、店主らしい男が声をかけてきた。


「いらっしゃい。馬車をお探しかい?」


「ええ。帝都まで行きたいんだけど」


「帝都か。何人で乗るんだ?」


「三人よ」


アオイはカレンとミラを見た。


「荷物はどのくらいある?」


「身の回りのものが少しあるくらいね」


「そうか。それなら小型の馬車で十分だろうな」


店主は頷き、建物の脇へ三人を案内した。


そこには様々な大きさの馬車が並んでいた。


荷物を大量に積めそうなものもあれば、屋根や窓に飾りのついた立派なものもある。


「へえ、いろいろあるのね」


「使い道によって違うからな。あんたたちなら、こっちがいいだろう」


店主が示したのは、屋根のついた小型の馬車だった。


大きな装飾はなく、造りは簡素だが、しっかりしている。


「小回りが利くし、取り回しも楽だ。荷物が少ないなら、大きな馬車を引っ張る必要もないだろう」


「中を見てもいい?」


「ああ、もちろんだ」


アオイは扉を開け、中を覗いた。


三人が座れるだけの広さがあり、荷物を置く場所もある。


「結構いいじゃない」


カレンも車輪や車体を確かめていた。


「そうね。これなら十分じゃない?」


「じゃあ、これにしましょ」


「……もう決めるの?」


「カレンもいいって言ったじゃない」


「そうだけど、普通はもう少し見比べたりするものでしょ」


「別に気に入らないところもないし」


カレンは何か言いかけたが、結局肩をすくめた。


「まあ、いいわ。店主さん、馬も見せてもらえる?」


「ああ。こっちだ」


◇


建物の裏手には、広い放牧場があった。


柵で囲まれた草地に何頭もの馬が放され、のんびり草を食んだり、互いに近づいて鼻を寄せ合ったりしている。


「馬って、結構いるのね」


「馬車を扱ってる店なんだから、そりゃいるでしょ」


カレンが答えた。


店主は柵の扉を開け、三人を中へ案内した。


「この辺りの馬なら、小型の馬車を引くには十分だな。力もあるし、街道にも慣れてる」


何頭かを指さし、それぞれの特徴を説明してくれる。


アオイは話を聞きながら馬を眺めていた。


色も大きさも違うが、どれがいいのかはよく分からない。


そのとき、一頭の馬がゆっくりと近づいてきた。


馬はアオイとカレンの前を通り過ぎると、ミラのそばで足を止めた。


「……え?」


ミラが驚いたように顔を上げる。


馬は鼻先を伸ばし、ミラの肩へそっと擦り寄った。


「わっ……」


ミラは少し身を引いたが、馬はおとなしくしている。


もう一度、鼻先が近づいてきた。


ミラがおずおずと手を伸ばすと、馬はその手に顔を寄せた。


「……あら」


アオイが嬉しそうに笑った。


「ミラに懐いてるじゃない」


「珍しいな。こいつは人懐っこい方だが、初めて会う相手に自分から寄っていくのはそう多くないぞ」


店主も少し驚いた様子だった。


「この子にしましょ」


アオイが言うと、カレンが振り返った。


「……もう決めるの?」


「だって、ミラに懐いてるし」


「馬車を引けるかどうかも確かめなさいよ」


「あ、そうね」


アオイは店主を見た。


「この馬、馬車を引ける?」


「ああ。もちろんだ。力もあるし、性格もおとなしい。悪い馬じゃないぞ」


「じゃあ、問題ないわね」


アオイはミラへ顔を向けた。


「ミラ、この子がいい?」


ミラは馬を見上げた。


馬は相変わらずおとなしく、ミラの手に鼻先を寄せている。


「……はい」


「決まりね」


「……まあ、いい馬なら問題ないけど」


カレンは呆れながらも頷いた。


店主も笑った。


「相性がいいのは悪いことじゃないからな。じゃあ、こいつで用意しよう」


三人は馬をもう一度眺めてから、店へ戻った。


「ところで、あんたたちは御者の経験はあるのか?」


店主が尋ねた。


「御者?」


アオイがカレンを見た。


カレンは嫌な予感がした。


「……まさか」


「私はないわよ?」


ミラも小さく首を横に振った。


カレンは大きくため息をついた。


「……予想してたけどね」


「カレンはできるんでしょ?」


「ええ。護衛の仕事で何度か扱ったことがあるわ」


「じゃあ、お願いね」


「ずっと私に任せるつもり?」


「ダメなの?」


「ダメとは言わないけど、長旅なんだから交代くらいできないと困るでしょ」


カレンはアオイとミラを交互に見た。


「道中で教えるから、二人とも練習しなさい」


「えー、私も?」


「当たり前でしょ!」


ミラも慌てて頷いている。


「……まあ、覚えておいても損はないか」


アオイはあっさり納得した。


店主はそんな三人を眺め、苦笑していた。


◇


店へ戻ると、店主は帳簿を取り出した。


「それで、いつから使うんだ?」


「できれば明日の朝には出発したいんだけど」


カレンが答えた。


「明日か。それなら整備も間に合うな。宿はどこに泊まってる?」


カレンが宿の名と場所を伝えると、店主は頷いた。


「ああ、あそこか。なら、明日の朝には馬車を宿まで届けてやるよ。馬具も一通り揃えておこう」


「助かるわ」


「餌や水のことも説明しておくからな。慣れてないなら、出発前に聞いておいた方がいい」


「お願いします」


代金を支払い、三人は店を後にした。


「さて、これで準備はできたかな?」


アオイが尋ねると、カレンは少し考えた。


「そうね。じゃあ、商会の支部に寄っていきましょ」


「商会? なんで?」


「なんでって……明日の朝には出発するんだから、伝えておいた方がいいでしょ」


「どうして?」


「宿のお代を出してもらってるじゃない」


「あ、そういえばそうか」


アオイは思い出したように頷いた。


「私、一度もお金払ってなかったわね」


「……本当にお金に無頓着ね」


カレンは呆れたようにアオイを見た。


「それでよく今までやってこれたわね」


「お金なんて、必要なら稼げばいいじゃない」


「……普通はそんなふうに割り切れるものじゃないんだけど」


カレンはそこで言葉を止めた。


盗賊団を相手に一人で戦い、負傷者をあっさり治療する。空を飛び、魔法で様々なものを作り出す。


あれだけのことができるなら、確かに金を稼ぐ方法には困らないのかもしれない。


「……まあ、あんたならできそうね」


「でしょ?」


アオイは当然のように答えた。


カレンはもう一度ため息をついた。


◇


商会の支部に着くと、カレンが受付にいた商会員へ声をかけた。


「すみません。先日、護衛でお世話になった者なんだけど」


「はい。何かございましたか?」


「明日の朝、この街を発つことになったので、伝えておこうと思って」


商会員は三人の顔を確かめると、少し驚いた様子を見せた。


「……少々、お待ちいただけますか?」


そう言って、建物の奥へ引っ込んでしまった。


「何かしら?」


アオイが首をかしげる。


「さあ?」


「伝言さえ伝えてくれればいいんだけど」


カレンも不思議そうに奥を見た。


しばらく待っていると、先ほどの商会員が戻ってきた。


その後ろには、見覚えのある男の姿があった。


「いやあ、ちょうどよかったです」


商隊の代表だった。


アオイを見るなり、ほっとしたような顔をする。


「実は、宿へ使いを送ろうとしていたところだったのですよ」


「何かあったの?」


「それがですね。この街を治めておられる子爵様が、アオイ様の治癒魔法に興味をお持ちになりまして」


「治癒魔法?」


「ええ。昨日、広場で怪我をした少女を治療されたとか」


代表はそう言いながら、アオイの隣にいるミラへちらりと目を向けた。


その視線に気づいたミラが、アオイの陰へ少し身を隠した。


「それで、子爵様がぜひ夕食にお招きしたいと仰っているのですが……」


「夕食?」


「はい。お時間をいただけないでしょうか」


アオイは少し考えた。


「この子も一緒に?」


「いえ……できれば、アオイ様だけでお願いできればと」


代表は申し訳なさそうに答えた。


アオイはミラを見た。


ミラはアオイの服を小さく掴んだまま、俯いている。


それから代表を見て、最後にカレンへ顔を向けた。


「カレン、ミラのことお願いできる?」


「いいわよ。夜には戻るんでしょ?」


「多分ね」


「……まあ、いいわ」


アオイは代表へ向き直った。


「それで、どこに行けばいいですか?」


「ありがとうございます。夕刻、宿までお迎えに上がります」


代表は丁寧に頭を下げた。


「分かったわ。じゃあ、宿で待ってればいいのね」


「はい。よろしくお願いいたします」


◇


宿に戻ったアオイは、部屋でのんびりと過ごしていた。


明日の朝には帝都へ向けて出発する。


馬車も手配できたし、あとは荷物をまとめるくらいだ。


ミラは寝台の上に広げた服を、丁寧に畳み直していた。


「そんなにきれいにしなくてもいいのに」


「……はい」


そう答えながらも、ミラは服の皺を伸ばしている。


アオイはその様子を眺め、好きにさせておくことにした。


しばらくすると、扉を叩く音がした。


「アオイ様、お迎えの方がお見えになりました」


「あ、もうそんな時間?」


アオイは寝台から立ち上がった。


「ミラ、行きましょ」


「……はい」


ミラを連れて部屋を出ると、隣のカレンの部屋を訪ねた。


扉を叩くと、ほどなくしてカレンが顔を出した。


「あら、もう行くの?」


「ええ。迎えが来たみたい」


「分かったわ。ミラは預かっておくから」


「ありがと。お願いね」


カレンがミラへ手を差し出した。


「さあ、いらっしゃい」


ミラは少しためらってから、アオイを見上げた。


「……いってらっしゃいませ」


「ええ。行ってくるわね」


アオイは軽く手を振り、廊下を歩き出した。


宿の入口へ向かうと、一台の馬車が停まっていた。


そのそばには、見慣れた二人の姿がある。


「アオイ様。お待ちしておりました」


代表が丁寧に頭を下げた。


隣には、商隊の護衛を務めていた隊長も立っている。


「あら、隊長も来たの?」


「ええ。私も同行することになりまして」


「そうなんだ」


アオイは馬車へ目を向けた。


正直なところ、少し面倒くさくなってきた。


知らない貴族の屋敷で食事をするより、宿でのんびりしている方が気楽だ。


とはいえ、商隊の護衛では世話になったし、宿まで用意してもらっている。


今さら断るのも悪いだろう。


「……まあ、いっか」


アオイはそう呟くと、代表に促されて馬車へ乗り込んだ。

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