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第43話 帝都へ

翌朝。


アオイが目を覚ますと、ミラはすでに起きていた。


寝台の端にちょこんと座り、アオイが起きるのを待っていたらしい。


「おはよう、ミラ」


「……おはよう、ございます」


「あら、早いのね」


ミラは小さく頷いた。


昨夜、エルフの男に洗ってもらったおかげで、絡まっていた髪はきれいに梳かされていた。


毛並みの整った獣の耳も、昨日よりずっと柔らかそうに見える。


もっとも、痩せ細った身体までは変わらない。


「さて、今日は何を着ようかな」


アオイは寝台から降りると、昨日買ってきた服を広げ始めた。


「これもかわいいし、こっちもいいのよね」


服を一着ずつ手に取り、ミラの身体に合わせてみる。


「ミラ、今日はこれにする?」


「……はい」


「うーん。でも、こっちも似合いそう」


淡い青色の服と、白い襟のついた服。


アオイは二着を見比べた。


「どっちが好き?」


ミラは少し迷い、青い服へ目を向けた。


「……こっち、です」


「あ、こっちね。じゃあ、今日はこれにしましょ」


アオイは嬉しそうに笑い、ミラへ服を渡した。


ミラが着替えている間に自分も支度を済ませ、髪を整えてやろうと櫛を取り出した。


「せっかくきれいにしてもらったんだし、髪も結んでみようか」


ミラはおとなしく椅子に座った。


アオイは昨日買った髪紐を手に取り、しばらく考える。


「……どう結ぶのがいいかな」


自分の髪は適当にまとめれば済むが、人の髪となると少し勝手が違う。


何度かやり直し、ようやく形になった。


「うん。かわいいじゃない」


ミラは差し出された鏡をじっと見つめた。


鏡の中には、新しい服を着て髪を結んだ女の子が映っている。


自分の姿が珍しいのか、何度も首を傾げていた。


「気に入った?」


「……はい」


小さな返事だったが、ミラの耳がぴくりと動いた。


アオイは満足そうに頷いた。


そのとき、扉を叩く音がした。


「失礼いたします」


入ってきたのは、昨夜ミラの入浴を手伝ってくれたエルフの男だった。


「おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたか?」


「ええ。ミラもきれいにしてくれてありがとう」


「とんでもございません」


男は丁寧に頭を下げた。


そして、新しい服に身を包んだミラへ目を向けた。


「……本日も、その子をお連れになるのですか?」


「ええ。そのつもりだけど」


「街中へ、でしょうか?」


「そうよ。ダメなの?」


「いえ、決してそのようなことは。ただ、帝国では奴隷を連れて街を歩かれる方は、あまりいらっしゃいませんので」


「そうなの?」


「はい。まして、そのように身なりを整えて、一緒にお出かけになる方は珍しいかと」


男はミラの服と髪を見て、穏やかに微笑んだ。


「ふうん。まあ、別にいいわよね」


「……はい。お客様がお望みであれば」


アオイはそれ以上気にすることもなく、荷物を確かめた。


「さて、朝ご飯にしましょ」


ミラは慌てて立ち上がり、アオイの後について部屋を出た。


◇


食堂へ降りると、昨日と同じ卓に女冒険者が座っていた。


「あ、おはよう」


アオイが声をかけると、女冒険者が顔を上げた。


「おはよう。……あら?」


その視線がミラに向いた。


「ずいぶんきれいになったじゃない」


「そうでしょ? 昨日、洗ってもらったのよ」


アオイは嬉しそうに答えた。


「服も似合ってるでしょ」


「ええ、かわいいわね」


褒められたミラは、戸惑ったように俯いた。


アオイは女冒険者の向かいに腰を下ろした。


隣を見ると、ミラが椅子のそばで困ったように立っている。


「ミラ、こっち」


隣の椅子をぽんぽんと叩く。


ミラはアオイと女冒険者の顔を交互に見てから、おずおずと腰を下ろした。


「すみませーん。朝食、二人分追加でー」


近くにいた給仕がやってきた。


給仕はアオイの隣に座るミラを見て、一瞬だけ怪訝そうな顔をした。


だが、そこは高級宿の従業員である。


次の瞬間には何事もなかったように一礼し、厨房へと戻っていった。


「……本当に一緒に食べるのね」


女冒険者が呟いた。


「そりゃ、ご飯くらい食べるでしょ」


「そういうことじゃないんだけど……まあ、いいわ」


女冒険者は諦めたように首を振った。


アオイは昨夜、王都のギルドの受付嬢に、女冒険者の帰路について頼まれていたことを思い出していた。


護衛の仕事は終わったが、彼女がこれからどうするつもりなのかは聞いていない。


「そういえば、あなたはこれからどうするの?」


「私は帝都へ行くつもりよ。武闘大会があるの」


「武闘大会?」


「ええ。帝国中から腕に覚えのある人たちが集まるのよ。一度見てみたかったのよね」


「へえ。面白そうじゃない」


「でしょ? だから、今回の護衛依頼を受けたのよ。どうせ帝国まで行くなら、旅費も稼げた方がいいじゃない」


「なるほどね」


アオイは感心したように頷いた。


「じゃあ、これから帝都へ向かうの?」


「そのつもりなんだけど……」


女冒険者は少し困った顔をした。


「今から向かえば大会には間に合うと思うのよね。でも、昨日ギルドに行ってみたら、ちょうどいい護衛依頼がなかったのよ」


「そうなの?」


「ええ。帝都方面へ向かう商隊はあるんだけど、出発が遅かったり、途中までだったりでね」


「ふうん。じゃあ、そのまま行こうか」


「……え?」


「帝都でしょ? 私も行ってみたいし」


女冒険者はアオイの顔を見つめた。


「……簡単に言うわね」


「何が?」


「路銀よ。帝都まで、まだ結構な距離があるのよ?」


「ああ、お金ね」


アオイは納得したように頷くと、荷物の中を探り始めた。


「これで足りるかな?」


取り出した袋を、どん、と卓の上に置く。


口が少し開き、中に詰まった金貨が覗いた。


「……あ、あんた!」


女冒険者は目を見開いた。


「ちょ、ちょっと! こんなところで何やってんのよ!」


慌てて袋の口を押さえる。


「え? 足りない?」


「足りるに決まってるでしょ!」


思わず声が大きくなり、女冒険者は慌てて周囲を見回した。


だが、すでに手遅れだった。


近くの卓から、ちらちらと視線が向けられている。


もっとも、アオイたちは食堂へ入ったときから注目されていた。


昨日まで奴隷の身なりをしていた獣人の少女が、今日はきれいな服を着て、客と同じ卓で食事をしようとしている。


宿の従業員たちの間でも、二人のことは話題になっていた。


そこへ大量の金貨まで現れたのだ。


「……お願いだから、それ、しまって」


女冒険者が声を潜めた。


「別に取られたりしないわよ?」


「そういう問題じゃないの!」


「……面倒くさいわね」


アオイは不満そうに袋をしまった。


隣では、ミラが二人のやり取りを不安そうに見上げている。


女冒険者は額に手を当てた。


「……あなたと一緒に帝都まで行って、本当に大丈夫なのかしら」


「何よ。護衛のときはちゃんとやってたじゃない」


「戦うときの話じゃないのよ……」


「よく分からないわね」


アオイは首をかしげた。


そのとき、給仕が朝食を運んできた。


「お待たせいたしました」


アオイは嬉しそうに皿を受け取った。


「ほら、ミラ。食べましょ」


「……はい」


ミラは小さく頷き、匙を手に取った。


女冒険者は二人の様子を眺めながら、深いため息をついた。


◇


食事を進めながら、女冒険者がふと思い出したように口を開いた。


「でも、その子も連れていくなら、馬車くらい必要なんじゃないの?」


「馬車?」


「ええ。帝都までずっと歩かせるわけにもいかないでしょ。それに、荷物も増えたみたいだし」


アオイはミラを見た。


昨日買った服や日用品だけでも、それなりの荷物になっている。


「そうね。じゃあ、馬車を買おうか」


「……買うの?」


「買えるかな?」


「買えるでしょ。それだけお金があるなら」


女冒険者は呆れたように答えた。


「貴族様が乗るような馬車を買うわけじゃないんでしょ?」


「貴族の馬車なんて知らないわよ?」


「……王城で乗るような馬車よ」


「あー、あんなのね。別に要らないでしょ。普通に乗れたらいいわ」


女冒険者はしばらくアオイを見つめていた。


「……ねえ、あなたって何者なの?」


「ん? アオイよ?」


「……そういう意味じゃなくて」


「あれ、名乗ってなかったっけ?」


アオイは首をかしげた。


「……あ、そういえば、あなたの名前も聞いてなかったわね」


「聞かれてないわよ」


女冒険者は呆れたようにため息をついた。


「私はカレンよ」


「カレンね。よろしく」


「……何日一緒に旅してきたと思ってるのよ」


「そうね。結構長かったわね」


「そういうことを言ってるんじゃないの!」


アオイは不思議そうにカレンを見た。


何がそんなにおかしいのだろう。


ミラは二人のやり取りを見つめていたが、カレンがため息をつくと、慌てて目を伏せた。


「まあ、いいわ。とにかく、帝都へ行くなら馬車が必要ね」


「そうね」


アオイは頷いた。


「で、どこで買えるの?」


「……はぁ」


カレンは深いため息をついた。


「食べ終わったら、一緒に見に行きましょ」


「ほんと? 助かるわ」


アオイは嬉しそうに笑うと、残っていた朝食に手を伸ばした。


カレンはその様子を眺め、もう一度小さくため息をついた。

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