↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/45

第42話 名前

 アオイは女の子の手を引きながら、広場を離れた。


「さて、服屋さんはどこかしらね」


 大通りへ出ると、左右には様々な店が並んでいた。食料品を扱う店、道具屋、布地を並べた商店。王国とは少し違う品揃えを眺めながら歩いていると、衣服を飾った店先が目に入った。


「あ、あそこがよさそうね」


 アオイは女の子を連れて店へ入った。


「いらっしゃいませ」


 店員の女性が声をかけてくる。


「この子の服を探してるんだけど」


「かしこまりました。普段着でよろしいでしょうか?」


「ええ。あと、寝るときの服も欲しいわね」


 店員は女の子の姿を見て、一瞬だけ表情を変えた。


 汚れた服に痩せ細った身体。頭には獣の耳がついている。どう見ても、裕福な家の子供ではない。


 それでも、店員はすぐに笑顔を戻した。


「でしたら、こちらはいかがでしょう」


 案内された棚には、色とりどりの服が並んでいた。


「へえ、かわいいのがいっぱいあるじゃない」


 アオイは一着手に取り、女の子の身体に合わせてみた。


「これ、どう?」


 女の子は服とアオイの顔を交互に見た。


「……はい」


「じゃあ、こっちは?」


 別の服を合わせる。


「……はい」


「これも?」


「……はい」


 アオイは首をかしげた。


「……あのね、どれが好きか聞いてるんだけど」


 女の子はびくりと肩を震わせ、俯いてしまった。


「あ、怒ってるわけじゃないわよ」


 アオイは慌てて付け加えた。


「自分が着るんだから、好きなのを選んでいいのよ?」


 女の子は小さく頷いたが、服へ手を伸ばそうとはしなかった。


「……うーん。じゃあ、私が選んじゃおうかな」


 アオイは棚へ目を戻した。


 淡い青色の服に、白い襟のついたもの。動きやすそうな茶色の服もある。


「これと、これと……あ、こっちもかわいいわね」


 気づけば、手に何着も抱えていた。


 店員が控えめに声をかける。


「お客様、まずは試着されてみてはいかがでしょう?」


「あ、そうね。入らなかったら困るものね」


 アオイは女の子に服を渡した。


「着てみてくれる?」


「……はい」


 店員に案内され、女の子は試着室へ入っていった。


 しばらくして出てきた女の子を見て、アオイは満足そうに頷いた。


「うん、似合うじゃない」


 新しい服を着た女の子は、先ほどよりずっと幼い少女らしく見えた。


 もっとも、痩せ細った身体と荒れた髪はそのままだ。


「少し大きいかしら?」


「成長されることを考えれば、ちょうどよいかと思います」


「そうね。じゃあ、これにしましょう」


 アオイはほかの服も試着させ、結局、普段着を何着かと寝間着を買うことにした。


「靴もある?」


「はい。こちらへどうぞ」


 足に合う靴を選び、下着や靴下も揃える。


 会計を済ませる頃には、結構な量になっていた。


「……ちょっと買いすぎたかな?」


 アオイが袋を眺めると、店員が微笑んだ。


「お子様の服ですから、何着あっても困りませんよ」


「それもそうね」


 アオイはあっさり納得した。


 買った服のうち一着をその場で着せてもらい、古い服は処分してもらった。


 店を出ると、女の子は何度も自分の服に目を落としていた。


「どう? 気に入った?」


「……はい」


「よかった」


 アオイは満足そうに笑った。


 ◇


 服を買い終えたあとも、アオイの買い物は続いた。


「そういえば、着替えを入れる鞄も必要よね」


 雑貨屋へ入ると、大小様々な鞄が並んでいた。


 アオイは子供でも持ちやすそうなものを選び、女の子に見せた。


「これでどう?」


「……はい」


「……まあ、いいか」


 今度は鏡や櫛、髪を結ぶ紐などが目に入る。


「そうだ。髪も整えないとね」


 女の子の髪は長い間まともに手入れされていなかったようで、ところどころ絡まっていた。


 アオイは櫛を手に取る。


「これも買いましょ。あと、髪を結ぶのもあった方がいいかな」


 店員に勧められた品をいくつか選び、さらに石鹸や小物を買い足した。


 その間、女の子は銀貨の袋を大切そうに抱えたままだった。


「ねえ、それ、鞄に入れたら?」


 女の子はアオイを見上げた。


「……いいん、ですか?」


「いいわよ。持ってるの大変でしょ」


 女の子は少しためらったあと、買ってもらった鞄に銀貨の袋をしまった。


 それでも、何度も鞄の口を確かめている。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 アオイは笑ったが、女の子は真剣な顔で頷くだけだった。


 店を出る頃には、日が傾き始めていた。


「……結構歩いたわね」


 アオイは空を見上げた。


「そろそろ宿に戻ろうか」


 女の子は小さく頷いた。


 アオイは荷物を抱え直し、宿へ向かって歩き出した。


 ◇


 宿の部屋へ戻ると、アオイは買ってきたものを寝台の上に広げた。


「ふう。いろいろ買ったわね」


 服に靴、鞄に櫛。並べてみると、思った以上の量になっていた。


「まあ、必要なものばかりだし、いいわよね」


 アオイは荷物を整理し始めた。


 その横で、女の子が何か言いたそうにしていた。


「ん? どうしたの?」


「あ、あの……」


「なあに?」


「……名前……」


「名前?」


 アオイは首をかしげた。


 少し考え、ようやく思い出す。


「あっ! そういえば、名前聞いてたわね」


 女の子は小さく頷いた。


「……ミラ、です」


「ミラね。私はアオイ。よろしくね」


 アオイは笑って答えた。


「そうだ。ミラ、こっちの服とこっちの服、どっちが好き?」


 早速名前を呼ばれ、ミラは驚いたように顔を上げた。


 アオイは二着の服を手に、返事を待っている。


 ミラはしばらく迷ったあと、片方の服を小さく指さした。


「……こっち」


「へえ、そっちが好きなのね。じゃあ、明日はそれを着ましょうか」


「……はい」


 ミラの耳が、わずかに動いた。


 アオイは気づかず、服を畳み始めた。


 しばらくして、部屋の外から夕食の時間を知らせる声が聞こえてきた。


「そろそろご飯ね。行きましょ」


 ミラは鞄を手に取った。


「それ、部屋に置いていけば?」


「……でも……」


「大丈夫よ。ここに置いておけばいいわ」


 ミラは少しためらい、鞄を寝台の脇へ置いた。


 それでも何度か振り返りながら、アオイの後について部屋を出た。


 ◇


 食堂へ降りると、見覚えのある女冒険者が席についていた。


「あ、いたいた」


 アオイが声をかけると、女冒険者が顔を上げた。


「アオイじゃない。今日は街を見て回ってたんでしょ?」


「ええ。結構面白かったわよ」


「それならよかっ……」


 女冒険者の視線が、アオイの隣で止まった。


「……ねえ、その子は?」


「ああ、この子? ミラっていうの」


「そうじゃなくて。どうして一緒にいるの?」


「奴隷として売られてたから、買ったのよ」


「……は?」


 女冒険者は目を丸くした。


「ちょっと待って。あなた、奴隷を買ったの!?」


「ええ」


「どういうつもりなのよ!」


 思わず大きくなった声に、ミラがびくりと肩を震わせた。


 アオイは首をかしげた。


「買わなきゃ殺されてたみたいよ?」


「……え?」


「怪我が酷くて、誰も買わなかったの。だから処分するって」


 女冒険者はミラに目を向けた。


 新しい服を着ているものの、痩せた身体は隠しきれない。


「……そういうこと」


 女冒険者はため息をついた。


「で、この子をどうするつもりなの?」


「うーん……」


 アオイは少し考えた。


「今、解放しても、すぐにまた奴隷になっちゃうんじゃないの?」


「……まあ、そうでしょうね」


「だったら、そんな無責任なことはしたくないわね」


 女冒険者はしばらくアオイを見つめていた。


「……そう」


 渋々といった様子で頷く。


「分かったわ。でも、ちゃんと面倒見なさいよ?」


「分かってるわよ」


 アオイは当然のように答えた。


「とりあえず、ご飯を食べさせないとね。今日はずいぶん歩いたし」


「……あなたねえ」


 女冒険者は何か言いかけたが、結局、もう一度ため息をついた。


 三人は同じ卓につき、夕食を注文した。


 ミラは最初、椅子に座ることさえためらっていたが、アオイに促されてようやく腰を下ろした。


 料理が運ばれてくると、今度は目の前の皿をじっと見つめている。


「ほら、食べていいのよ」


「……はい」


 ミラは小さく答え、恐る恐る匙を手に取った。


 一口食べると、ほんの少しだけ目を見開く。


 アオイはその様子を見て、満足そうに頷いた。


「おいしいでしょ?」


 ミラはこくりと頷いた。


「じゃあ、いっぱい食べなさい」


 女冒険者は二人を眺めながら、呆れたように笑った。


「……本当に、あなたって人は」


「何よ?」


「何でもないわ」


 女冒険者は自分の料理に手を伸ばした。


 ◇


 夕食を終えて部屋へ戻ると、ほどなくして扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、昨夜も世話をしてくれたエルフの男だった。


「お戻りになられたと伺いましたので。何かお手伝いできることはございますか?」


「ああ、ちょうどよかった」


 アオイは隣にいるミラを見た。


「この人、お風呂で身体を洗うのも手伝ってくれるらしいけど、ミラ、お願いする?」


「……え?」


 ミラは驚いて顔を上げた。


 エルフの男も、ミラの姿を見て少し戸惑った様子だった。


「失礼ですが、こちらのお嬢様は……奴隷でございますよね?」


「そうね。ダメだった?」


「いえ、決してそのようなことは。ただ、奴隷に浴室を使わせるお客様は珍しいもので……」


「そうなの?」


「はい。多くのお客様は、奴隷を同じ部屋に入れることさえなさいません」


「へえ。そういうものなのね」


 アオイは特に気にした様子もなく、寝台に目を向けた。


「あ、あの……私は、外でも……」


 ミラがおずおずと口を開いた。


「いいわよ。ベッドも広いし、一緒に寝ればいいでしょ」


「……え?」


 ミラはさらに困惑した。


 エルフの男は二人のやり取りを見て、かすかに微笑んだ。


「お客様は、変わっていらっしゃいますね」


「そう?」


「はい。ですが、そういうことでございましたら……」


 男はミラの前にしゃがみ、視線を合わせた。


「同じ部屋で、同じ寝台を使わせていただくのであれば、一度きちんと身体を洗った方がよいでしょう」


 ミラは不安そうにアオイを見た。


「大丈夫よ。この人、昨日もいろいろ世話してくれたから」


 エルフの男は穏やかに頷いた。


「私が手伝います。さあ、いらっしゃい」


 ミラは少しためらったあと、小さく頷いた。


 銀貨の入った鞄を寝台の脇に置き、エルフの男に手を引かれて浴室へ向かう。


 アオイはその後ろ姿を見送り、寝台に腰を下ろした。


「……さて、明日はどうしようかな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。