第37話 聞くほどに
夕食を終えたアオイは、空になった器を返していた。
昼間の騒ぎがあったせいか、護衛たちの話はまだ盗賊のことが多い。腕を治した男が仲間に袖の裂け目を見せていたが、アオイはその横を通り、火から少し離れた場所へ向かった。
「アオイ、代表が呼んでいる」
隊長が声をかけてきた。
「私を?」
「ああ。少し話を聞きたいそうだ」
アオイは隊長の顔を見た。
また専属の話だろうか。昼間、あれだけ働いたのだから、護衛としては十分だったはずだ。
「長くなる?」
「確認だけだ」
「ならいいわ」
隊長について天幕へ入ると、代表が椅子から立ち上がった。
「お食事のあとに申し訳ありません。どうぞ、お掛けください」
アオイは勧められた椅子へ座った。代表が向かいに戻り、隊長は入口の布を下ろして、そのそばに立つ。
「何の話?」
「昼間、捕らえた男から聞き出したことについてです」
代表は膝の上に手を置いた。
「男は、私どもの商隊が王家の親書を帝国へ運んでいると聞いたそうです。それを狙って襲撃したと」
「親書?」
アオイは首を傾げた。
「何も預かってないわよ?」
「はい。私どもも、そのようなものを預かった覚えはありません」
「じゃあ、間違いじゃない」
「そうなのですが……王家と関わりのある冒険者が同行することも、狙う理由になったそうです」
代表の視線が、アオイへ向けられていた。
アオイは少し考えてから、自分を指した。
「私?」
「ええ」
「王家から何かを頼まれて、今回の商隊へ加わったのか。それを確認したい」
隊長が言葉を添えた。
「そんなこと頼まれてないわよ」
「では、今回の依頼を受けられたのは、どういった理由でしょうか」
「ああ、それは」
アオイは、ギルドで依頼書を見せられたときの話を思い出した。
山ほどあった指名依頼は、どれも受ける気にならなかった。しばらく王都を離れたいと話したところで、この商隊を紹介されたのだ。
「もう一人の弓士の子の帰り道が心配だったからよ」
代表の手が止まった。
入口に立っていた隊長も、アオイへ顔を向ける。
「帰り道、ですか」
「そう。帝国まで行ったあと、王都へ戻るでしょ」
「……わざわざ、それだけのために同行ですか?」
「そうよ?」
アオイは代表を見返した。
護衛の仕事があるなら、ちょうどよかった。王都を離れられて、報酬も出る。そんなに不思議な話だろうか。
代表は隊長へ目を向けた。
隊長は何も言わず、わずかに顎を引いた。代表が再びアオイへ向き直る。
「そうでしたか。それでは、王家からのご依頼というわけではないのですね」
「違うわよ。ギルドの依頼でしょ?」
「ええ。そのとおりです」
代表は頷いたが、まだ聞きたいことがあるようだった。
アオイが待っていると、代表は少し言葉を選びながら口を開いた。
「王家の方が、宿をよく訪ねてくると聞いておりますが」
「そう。魔法見せろとか、家具運び込むとか、よく分からないのよね」
「家具まで、ですか」
「部屋に持ってきたのよ。鏡とか。宿の部屋なのにね」
代表は一度、口を閉じた。
アオイには、あの部屋へあれこれ運び込む理由が今でもよく分からない。使えるものは使っていたが、自分で頼んだわけではなかった。
「宿代も、王家が負担されているのでしょうか」
「出してくれてるわね。だから、しばらく泊まれると思ってたんだけど」
「何か不都合が?」
「人が来すぎるのよ。ごはん食べてるだけなのに、あれして、これしてって。断ると嫌な顔するし」
アオイは椅子の背へ身体を預けた。
「部屋で食べるようになっちゃったわ」
代表は相槌を打った。だが、宿が賑わっているという話より、別のことが気になっているらしい。
「王城には行かれるのですか?」
「泊まったり、呼ばれたりはあるわね」
「……王城に、お泊まりになったのですか」
「そうよ。宿へ行く前は、そっちにいたから」
代表の視線が、また隊長へ動いた。
隊長は腕を組み直し、椅子に座るアオイを見ていた。
何をそんなに確かめたいのだろう。親書を持っていないというだけでは、足りなかったらしい。
「随分と王家と親しいのですね」
代表が言った。
「長いお付き合いなのでしょうか。こちらも、失礼があってはいけませんので」
「あー、気にしないで。会ってから半月程度だから」
代表はアオイを見たまま、しばらく動かなかった。
「……半月、ですか」
「そのくらいじゃない?」
正確に何日だったかは数えていない。王城にいた日も、宿で過ごした日もあるし、王都を出てからも何日か経っている。
代表は手を組み、ゆっくり息を吸った。
「にわかには信じ難いのですが……いえ、アオイ様のお力を考えれば、おかしくないのかもしれませんが……」
アオイは代表の顔を見ながら考えた。
力があるから、王家と親しくなるものなのだろうか。王城で魔法を見せたことはあるが、その前から部屋は用意されていた。
「あー、あれじゃないかな。助けたから?」
「助けた、とおっしゃいますと?」
代表が少し身を乗り出した。
アオイは、最初にリシアと会った地下の部屋を思い出した。
変な服を着た者たちが集まり、魔法陣のそばに彼女がいた。あのあと、ゾルムたちともう一度見に行って、何をしていたのか聞いたはずだ。
「えっと、昔、勇者が封じた魔王を復活させようとしてたのを……助けた?」
「えっ?」
代表の声が上ずった。
隊長が組んでいた腕をほどく。
「ちょ、少しお待ちください。何の話をしているのですか!?」
「だから、助けたときの話よ」
「魔王を復活させる、というのは?」
「魔王だったかな。そんなこと言ってたわね」
アオイは首を捻った。
自分が聞いたのは、帰るための手掛かりになりそうなことが中心だった。封じられた相手が何なのかまで、詳しく知っているわけではない。
「私はよく分からないわ。詳しいことを知りたいなら、おじいちゃんに聞いて」
代表は、すぐには返事をしなかった。
代わりに隊長が尋ねた。
「おじいちゃんというと?」
「宮廷魔術師。ゾルムって言ったわね」
隊長は代表を見た。
代表も隊長へ目を向けていたが、今度はすぐに視線を戻さなかった。
アオイは二人を交互に見た。
王都へ戻れば、ゾルムはまだ宿の向かいにいるかもしれない。いなければ王城で聞けば分かるだろう。
「会いたいなら、王都で聞いてみれば?」
「……いえ」
代表は椅子へ座り直した。
「今は、そこまで伺わなくても結構です」
「そう?」
「はい。親書を預かっておられないことは、分かりました」
ようやく確認が終わったらしい。
アオイは立ち上がった。
「もういいのね」
「ええ。お時間を取らせました」
隊長が入口の布を持ち上げた。
外へ出ると、火のそばにいた護衛たちがこちらを見た。アオイは軽く手を上げ、そのまま自分の荷物を置いた場所へ歩いていった。
今夜は静かに眠れればいい。昼間の盗賊が、また来ることはないだろうか。
そんなことを考えながら、腰を下ろした。
◇
隊長は入口の布を下ろし、代表へ向き直った。
代表は膝の上に手を置いたまま、黙っている。
「……親書は持っていないそうです」
隊長が言った。
「ええ。それは、そうなのでしょう」
「王家から頼まれて同行したわけでもない、と」
代表は頷きかけ、途中で止めた。
「ですが、最後の話は何なのでしょう」
隊長は答えられなかった。
王城へ泊まり、王女が宿へ通い、宮廷魔術師を気軽に呼ぶ。それだけでも、普通の冒険者として扱ってよいのか判断に困る。
そこへ、勇者が封じた魔王の話まで出てきた。
「詳しいことは宮廷魔術師に聞け、でしたか」
「こちらから簡単に確かめられる相手ではありませんね」
代表は額へ手を当てた。
「王家との付き合いは、半月程度だそうですが」
「そう言っていました」
「その短い間に、王城へ泊め、宿まで用意して、宮廷魔術師が通っている……」
代表はそこで言葉を切った。
外では食器を片づける音がしていた。昼間の戦いを振り返る声に混じって、誰かが明日の見張りの順番を確かめている。
隊長は入口へ目を向けた。
「本人は、何も隠しているようには見えませんでした」
「ええ。聞いたことには答えてくださいました」
代表は椅子の背へ身体を預けた。
親書の噂を確かめるだけのつもりだった。
荷に心当たりはなく、アオイも預かっていない。そこまではよかったはずなのに、話を聞く前より気になることが増えている。
「あの力を持つ者が、帝国へ向かっているのです」
代表は声を落とした。
「王国は、あの方に何をさせるつもりなのでしょうね」
隊長は黙ったまま、下ろされた入口の布を見ていた。




