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第36話 王家の噂

 夕暮れの野営地では、夕食の準備が進んでいた。

 馬車は街道から離れた場所へ寄せられ、馬には水と飼葉が与えられている。火のそばでは大きな鍋から湯気が上がり、器を並べる音に、護衛たちの話し声が混じっていた。


 代表が荷台の縄を確かめていると、隊長が近づいてきた。


「代表、少しよろしいですか」


「どうしました?」


「昼間の男から聞き出したことがあります。こちらで」


 隊長は自分の天幕を示した。

 代表は手にしていた縄を置き、後について中へ入った。簡素な寝具と荷物の間に、折り畳みの椅子が二脚置かれている。

 入口の布を下ろすと、隊長は声を落とした。


「あの男が、今回の襲撃をまとめたようです。ほかの盗賊団にも声をかけていました」


「人数が多かったのは、そのためですか」


「ええ。ただ、狙いが少し妙です」


 隊長は代表が座るのを待ってから、向かいの椅子へ腰を下ろした。


「王家から帝国への贈り物。それに、秘密の親書。そういったものを、うちが運んでいると聞いたそうです」


 代表の眉が寄った。


「そんなものは預かっていませんよ」


「私もそう思いました。ですが、念のため確認を」


「今回の荷は、いつも取引している品ばかりです。王家から荷を託される話もありません」


 代表は膝の上で手を組み直した。


「どこで、そんな話になったのでしょう」


「王都の市場や酒場だそうです。話している者が何人もいて、荷の中身はそれぞれ違う。ただ、帝国へ向かう大きな商隊という点は同じだったと」


「それを信じて襲ってきたのですか?」


「男も、噂をそのまま信じたわけではないそうです。誰かが流しているように感じて、手下に調べさせたと」


 隊長はそこで一度、入口へ目を向けた。

 外では鍋の中をかき混ぜる音がしている。誰かが薪を足したらしく、火のはぜる音が続いた。


「調べた結果、アオイがうちに加わると知ったそうです」


 代表が顔を上げた。


「アオイ様が?」


「王家と関わりのある女冒険者が同行する。それなら、噂にも何かあるのではないかと考えたようです」


「王家との関わり……」


 代表はゆっくり言葉を繰り返した。

 並外れた力を持っていることは知っていた。王都で評判になっていることも、護衛として雇う前から聞いている。

 だが、王家との関係について、本人から話を聞いたことはなかった。


「男は、具体的に何と言っていました?」


「泊まっていた宿へ王女が訪ねてきた。宮廷魔術師も出入りしていた。王城から家具が運び込まれ、宿代まで払われている、と」


 代表は黙った。

 単に腕の立つ冒険者へ礼をしたというだけなら、そこまで世話をするものだろうか。


「その話は確かなのですか」


「手下が調べたと言っていますが、こちらでは確かめられません。本人へ聞く前に、王都の冒険者がどの程度知っているか確認したいと思います」


「もう一人の方ですね」


 隊長が頷いた。

 代表も少し考えてから、同意した。


「呼んでいただけますか」


 隊長は天幕を出て、近くの護衛へ声をかけた。

 ほどなくして、女性冒険者が入口から顔を覗かせた。


「何かありましたか?」


「少し聞きたいことがある。入ってくれ」


 二人の様子を見て、彼女は表情を引き締めた。弓を入口の脇へ置き、天幕の中へ入る。


「昼間の戦いのことですか?」


「いや。アオイについてだ」


 隊長の言葉に、彼女はわずかに眉を上げた。


「また何かしたんですか?」


「今は何もしていない」


「なら、何でしょう」


 代表が口を開いた。


「王都では、あの方についてどんな話を聞いていましたか。強さのことではなく、王家との関係です」


「王家?」


 彼女は二人の顔を見比べた。


「詳しいことは知りませんよ。一緒に仕事をするのも、今回が初めてですし」


「噂でも構わない。聞いたことはあるか?」


 隊長が尋ねると、彼女は少し考えた。


「泊まっているのは、ギルドの向かいの宿です。そこに宮廷魔術師様が住み着いたとか、王女様がよく訪ねてくるとか……そういう話は聞きました」


 代表と隊長が、目を合わせた。


「自分で見たことは?」


「ありません。宿へ会いに行ったこともないですから」


「王家の仕事をしているという話は聞いていますか」


「そこまでは。ただ、登録したばかりなのに、ずいぶん特別扱いされているとは言われてましたね」


 彼女は腕を組んだ。


「王家と何かあったんですか?」


 代表はすぐには答えず、隊長へ視線を向けた。


「盗賊が、王家の荷を運んでいると聞いていたらしい」


 隊長が説明した。


「うちに加わったアオイも、それに関係していると思ったようだ」


「……あの人が?」


 女性冒険者は、今度は入口のほうを見た。


「あの人に、何か秘密の仕事ができるんでしょうか」


 隊長は小さく息を吐いた。


「それを確かめている」


「聞かれても、私は何も知りませんよ。宿の噂も、どこまで本当か分からないし」


「分かった。聞きたかったのは、王都でそういう話が出ていたかどうかだ」


 隊長が言うと、彼女は頷いた。

 弓を取り、天幕から出ようとして、一度振り返る。


「本人に聞いたらいいんじゃないですか。聞かれたことには、普通に答えそうですけど」


「そうですね。ありがとうございます」


 代表が礼を述べると、彼女は軽く頭を下げて出ていった。

 入口の布が下りる。

 隊長はしばらく、その布を見ていた。


「盗賊だけの作り話ではないようです」


「ただ、同じ噂を聞いているだけかもしれませんね」


「ええ。王女や宮廷魔術師が、本当に何をしに通っていたのかは分かりません」


 代表は椅子へ座り直した。

 外から、食事ができたと知らせる声が聞こえた。護衛たちの足音が火のほうへ集まっていく。


「王家が、冒険者を使って何かしようとしているのでしょうか」


 代表が呟いた。

 隊長は答えず、続きを待った。


「王家の者を送り込めば、帝国側も気にします。しかし、護衛として雇われた冒険者なら、商隊と一緒に入れます」


「そのために、うちへ加わったと?」


「分かりません。ただ、王女と宮廷魔術師が何度も会いに行く人物です。何の役目もないと考えるには、少し気になります」


 隊長は昼間の戦いを思い返した。

 半分にしたと言って壁を消し、まだ盗賊が残っているのに持ち場へ戻る。怪我人のそばへ歩いていって、傷だけ治して帰ってくる。

 こちらが次の行動を考える前に、本人の中では話が終わっている。


「あれが密命を受けて動いているようには、見えませんが」


「私も、そう思います」


 代表は頷いたが、表情は晴れなかった。


「ですが、何をするつもりか分からないのも確かです」


 隊長は腕を組み、少し考え込んだ。


「あの力です。王家が使おうと考えても、おかしくはありません」


 代表が入口へ目を向ける。


「こちらが知らないまま、何かに使われているのでなければよいのですが」


 隊長は立ち上がり、入口の布を少し持ち上げた。

 火のそばでは、護衛たちが器を受け取っていた。

 アオイもその中にいる。鍋を覗き込み、料理をよそっている男へ何か尋ねていた。

 男が答えると、アオイは頷き、器を差し出す。

 隊長は布を下ろした。


「……食事のあとで、本人にも聞いてみましょう」


 代表は膝の上で組んでいた手をほどいた。


「ええ。そのほうがよさそうですね」

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