第35話 持ち場へ戻る
アオイは薙刀を肩に乗せ、背後の土壁へ目を向けた。
半分くらいには減らした。これなら、隊長たちも先へ進めるだろう。
魔力を緩めると、商隊を囲んでいた壁が低くなり始めた。盛り上がっていた土が地面へ戻り、隠れていた馬車や護衛たちの姿が現れる。
壁の内側で剣を構えていた護衛と、外で様子を窺っていた盗賊が、互いの顔を見た。
一瞬、誰も動かなかった。
「おい! 何してる!」
隊長の声に、アオイは振り返った。
「半分くらいにしたわよ」
「壁を消すなら、先に言え!」
「でも、これじゃ進めないって言ったじゃない」
隊長が何か言い返そうとしたとき、林のほうから怒鳴り声が飛んだ。
「女には構うな! 荷を押さえろ!」
木の陰にいた男たちが、馬車へ向かって走り出した。アオイのいる先頭側を避け、隊列の横へ回り込んでくる。
「ふざけんな! まだ来るじゃねえか!」
近くの護衛が盾を持ち上げた。
「馬車から離れるな! 横を押さえろ!」
隊長が剣を抜き、駆けてくる男の前へ出る。護衛たちも馬車の間から飛び出し、盗賊を迎え撃った。
剣と盾がぶつかる音が続いた。御者が馬をなだめ、荷台のそばにいた者が慌てて馬車の下へ潜り込む。
アオイは倒れた盗賊たちを避け、隊列へ戻った。
代表の馬車まで歩くと、肩に乗せていた薙刀を下ろす。
窓から顔を出した代表が、彼女と街道を交互に見た。
「アオイ様、あの、まだ戦いが……」
「そうね。半分なら何とかなるんじゃない?」
代表が口を開きかけたが、すぐ近くで剣のぶつかる音がして、窓の奥へ引っ込んだ。
アオイは馬車の横に立ち、周囲を見回した。
盗賊たちは、彼女のいる場所を避けている。こちらへ走ってきた男も、目が合うと急に向きを変え、別の馬車へ向かっていった。
「そっちにもいるわよ」
声をかけると、槍を持った護衛が振り向いた。男は慌てて足を止め、護衛と向き合う。
「お主は加わらぬのか」
竜王が尋ねた。
「半分にしたじゃない。馬車のそばにいろって言われてるし」
「壁の外へは出ていったではないか」
「あれは頼まれたからよ」
アオイは代表の馬車へ手を添えた。
少なくとも、この馬車には誰も近づいていない。ほかの護衛も、それぞれ持ち場で戦っている。自分が動いてよいのか分からないまま、あちこちへ行くよりはいいだろう。
少し離れたところで、女性冒険者が弓を引いていた。
矢が盗賊の肩へ刺さり、男が剣を取り落とす。その前にいた護衛が踏み込み、盾で男を押し倒した。
「あなた、そこで何してるの!」
次の矢を取りながら、女性冒険者が叫んだ。
「馬車を守ってるわよ」
「見れば分かるけど!」
「じゃあ、何を聞いたの?」
女性冒険者はアオイを睨んだが、近づいてきた別の盗賊へ弓を向け直した。
◇
林の縁に立つ頭は、馬車の間へ入り込んだ手下を見ていた。
壁は消えた。女も戻った。
荷へ近づくなら今しかないと判断したが、護衛はほとんど減っていない。手下の一人が荷台へ手をかけても、すぐに槍で追い払われる。別の馬車へ回った者も、護衛に押し返されていた。
ほかの団の者は、女から離れることばかり考えている。こちらが前へ出ても、続いてくる者は少なかった。
「頭、引いたほうが」
戻ってきた手下が言った。
頭は歯を食いしばった。
街道へ出た仲間が、また一人倒れた。女が何もしなくても、残った護衛だけで押し返されている。
「……散れ。街道へ戻るな」
手下が頷き、近くの者へ合図を送った。
頭も木々の間へ下がろうとした。そのとき、馬車の横にいた女が、こちらを向いた。
◇
アオイは林の縁で動いた男へ目を留めた。
さっき、女には構うなと叫んでいた男だ。周りの者へ何か言い、今は背中を向けている。
「隊長、逃げちゃうよ」
隊長は盗賊の剣を受けていた。
こちらを見る余裕はなさそうだったので、アオイは足元の小石を浮かせた。
小石が街道を横切り、男の脚を貫く。
男は声を上げて倒れた。木の幹へ手をつき、立ち上がろうとしたが、片脚が折れて地面へ崩れる。
近くにいた二人が振り返った。倒れた男とアオイを見比べ、そのまま林の奥へ走っていく。
「止めておいたわよ」
隊長は相手の剣を盾で押し上げ、胴へ斬りつけた。盗賊が倒れると、ようやくアオイへ顔を向ける。
「何をだ!」
「あそこで指示してた人。話を聞きたいんでしょ?」
隊長は林の縁へ目を向けた。
男が這って逃げようとしている。近くにいた護衛へ声をかけると、護衛は盾を構えたまま、そちらへ走っていった。
アオイは小さく頷き、馬車の横へ戻ろうとした。
その途中で、一人の護衛が腕を押さえているのが見えた。
指の間から血が流れ、袖を濡らしている。それでも剣は離さず、目の前の盗賊へ向けていた。
盗賊が斧を持ち上げる。
護衛は盾を上げようとしたが、顔を歪め、片膝をついた。
アオイは二人のそばへ歩いていった。
斧を持った男が、彼女に気づいた。
振り上げた腕が止まる。男は護衛から離れ、一歩、二歩と下がった。
護衛もアオイを見上げた。
「助かる。そいつを――」
「腕、見せて」
「え?」
アオイは護衛のそばへしゃがんだ。
押さえていた手をどけると、袖の裂け目から深い傷が見えた。傷口へ手をかざし、魔力を流す。
護衛が息を呑んだ。
血が止まり、開いていた傷が塞がっていく。アオイは残った血を指先で払い、腕を確かめた。
「これでいいわね。動く?」
護衛は盾を持つ腕を上げた。痛みを確かめるように肘を曲げ、驚いた顔でアオイを見る。
「あ、ああ。動くが……」
「よかった」
少し離れたところで、斧を持った盗賊が固まっていた。
アオイは立ち上がり、腕を治した護衛へ声をかけた。
「じゃ、頑張って」
そのまま代表の馬車へ戻っていった。
護衛と盗賊が、彼女の背中を見送る。
先に動いたのは護衛だった。盾を構え直し、剣を持ち上げる。
盗賊は斧を握り直したが、アオイが振り返らないことを確かめると、今度は護衛の剣先を見て後ずさった。
「……治しただけかよ」
護衛が呟いた。
アオイは馬車の横で薙刀を立て、残る戦いへ目を向けた。
◇
やがて、街道で武器を振るう者はいなくなった。
残った盗賊たちは林へ逃げ込み、護衛たちは深追いせずに馬車の周囲へ戻ってくる。隊長が人数を確かめ、負傷者を集めた。
アオイがそちらへ行こうとすると、隊長は片手を上げた。
「待て。まず、怪我をした奴をこっちへ連れてくる」
「分かったわ」
腕を治された護衛が、仲間に何か説明していた。聞いていた男が自分の肩を見てから、半信半疑の顔でアオイへ近づいてくる。
治療を済ませるころには、街道に倒れた盗賊や武器も、馬車の通れるところから片づけられていた。
生きたまま捕まったのは、林の縁で脚を撃ち抜かれた男だけだった。
護衛に腕を縛られ、引きずられるように連れてこられる。男がほかの盗賊へ指示していたことを確かめた隊長は、最後尾で見張るよう命じた。
「そいつの脚は、そのままでいい」
アオイが男を見ると、隊長が先に言った。
「話を聞く前に、また逃げられても困る」
「そう? 分かったわ」
男は何か言いかけたが、護衛に背中を押され、最後尾へ連れていかれた。
隊長は御者たちへ出発の準備を命じた。
馬具が確かめられ、荷台の縄が締め直される。護衛たちも持ち場へ戻った。
アオイは薙刀を地面へ戻し、代表の馬車の横に立った。
これで、ようやく出発できそうだった。
馬車の扉が少し開き、代表が隊長を呼んだ。
隊長は近づくと、扉の陰へ身を寄せた。アオイのほうを一度見てから、声を落とす。
「代表。あれはまずいです」
「……ええ」
「強いのは間違いありません。怪我人まで治してくれました。ただ、あれに合わせて指示を出すのは……」
隊長は言葉を切り、額を押さえた。
「専属は無理です」
代表は、馬車の横にいるアオイへ目を向けた。
彼女は待ち時間に退屈したのか、欠伸を噛み殺している。視線に気づくと、いつもどおりの顔で尋ねた。
「まだ出ないの?」
「いえ、間もなく出発いたします」
代表は扉を少し引き寄せ、隊長へ向き直った。
「そ、そうですね。少し独特過ぎますね」




