第33話 噂の値段
アオイたちの商隊が王都を発つ数日前。
王都の貧しい地区にある酒場で、一人の男が似たような話を三度聞いた。
帝国へ向かう大きな商隊が、値の張る品を運ぶらしい。
二度目は、王家から帝国への贈り物だという話だった。三度目には、表に出せない親書が荷に紛れていることになっていた。
男は杯を置き、話を持ってきた手下を見た。
「誰から聞いた」
「市場に出入りしている運び屋です。そいつは、別の商人から聞いたと」
「親書の話は?」
「酒場で聞きました。言っていた奴は、王城に勤める知り合いがいるそうで」
男は鼻を鳴らした。その知り合いが本当にいるかも怪しい。
貴重な品、贈り物、親書。話の中身は違うのに、帝国行きの商隊だけは一致している。誰かがわざと噂をばらまいているように思えた。
「ほかにも同じ話をしている奴はいるか」
「何人か。荷の中身を見たって奴はいませんけどね」
「だろうな」
男はこの辺りの盗賊たちをまとめている。運び屋が酒の代金欲しさに作った話なら、放っておけばいい。だが、違う場所から似た噂が流れてくるのは気になった。
「商隊を調べろ。誰が出るのか、どこの馬車か。噂を聞き集めるだけじゃなく、自分の目で確かめてこい」
手下は頷いて、酒場を出ていった。
◇
二日後、手下が戻ってきた。
「帝国を拠点にしている商隊です。馬車も護衛も多い。王都を出る準備を進めていました」
「それだけなら、いつもの商隊だ」
「妙なのは護衛です。女の冒険者が一人加わります」
手下は、王都で聞いた話を続けた。
その女はギルドに登録したばかりで、宮廷魔術師ゾルムと行動を共にしていた。泊まっていた宿には王女も訪ねている。王城の者が家具を運び込み、長期の宿代まで支払ったという。
「王女が宿へ来たのか」
「ええ。見た者が何人もいます。魔術師の爺さんも、しょっちゅう出入りしていたそうです」
噂の親書を見た者はいない。荷に高価な品があるという証拠もない。それでも、王家と関わりのある女が帝国行きの商隊に加わるのは事実らしかった。
「ほかに、その女のことは分かったか」
「空を飛ぶ、傷を跡形もなく治す、地面から杭を出す……そんな話ばかりです。魔物を山ほど狩ったとも」
「噂ばかりだな」
男は手下の報告を聞きながら、机を指で叩いた。飛行も治癒も、まともに信じられる話ではない。だが、女が普通の護衛ではない可能性はある。
親書を秘密裏に届けるつもりなら、王家の使者を堂々と出さず、普通の商隊に託すことも考えられる。その女が護衛として同行するのかもしれない。
だが、わざわざ王女が宿へ足を運び、人目を集めるだろうか。
「親書だと決めつけるな。荷を見てから判断する」
「では、見送りますか」
「誰がそう言った」
男は手下を見上げた。
「王家の品なら高く売れる。親書なら、その中身を欲しがる者もいるだろう。何もなくても、大きな商隊の荷だ。ただし護衛が多い。俺たちだけでは手を出せん」
男は立ち上がり、壁に掛けた古い地図へ近づいた。
王都を出た商隊は、いくつかの町を経て帝国へ向かう。最初の数日は、同じ方向へ進む商隊や旅人も多い。人目のある場所で襲うつもりはなかった。
「周りの連中に声をかける。獲物の話はするが、荷の中身を見たとは言うな。人数と取り分は先に決めておく」
「親書の噂は?」
「聞かれたら話せ。本当かどうかは知らん、と付け加えろ」
「女の冒険者の話もしますか」
「王家と関わりがあることだけでいい。飛ぶだの地面から杭を出すだの、馬鹿げた噂は話すな」
手下は意外そうな顔をした。
「そんな言い方で集まりますかね」
「噂を本物だと言い切って、何も出なかったら揉める。連中が欲しいのは王家の話だけじゃない。馬車の荷もだ」
男は地図の街道を指でなぞった。
「まずは行き先を確かめる。見張る馬車を一台出せ」
◇
出発の日、王都の門前には多くの馬車が集まっていた。
盗賊団の手下が乗る馬車も、その中に紛れている。積んであるのはありふれた荷だけで、護衛はつけていない。同じ道を行く商隊の後ろにつけば、街道を一台で進むより目立たずに済む。
御者を務める手下は、離れたところから目当ての商隊を見た。大きな馬車が何台も並び、護衛が前後につく。隊列の中央には、代表が乗るらしい馬車があった。
その横を、一人の女が歩いている。
「あれが例の女冒険者か」
隣の手下が小声で言った。
頭には深いフードをかぶっていた。特別な荷を持っている様子はない。代表の馬車のそばという配置だけでは、何を任されているのか分からなかった。
商隊が門を抜ける。ほかの馬車が続き、二人も間を空けて出発した。
彼らの役目は襲うことではない。進路を確かめ、馬車と護衛の数を見て、頭へ知らせることだった。
道中、護衛隊長らしい男が何度か後ろを振り返った。二人は距離を詰めすぎないよう、ほかの商隊を間に挟む。街道には同じ方向へ向かう馬車がいくつもあり、一台だけを見分けるのは難しいはずだ。
夕方、目当ての商隊が小川のそばで野営を始めた。
「どうする。俺たちも止まるか?」
御者が尋ねると、隣の手下は首を振った。
「道は分かった。先へ行って知らせる」
二人は野営地へ入らず、街道を進んだ。暗くなる前に次の宿場へ着き、待たせていた仲間に報告を託す。
「あの商隊は予定どおりの街道を進んでいる。町で補給すれば、その先へ出るのは数日後だ」
連絡を受けた仲間は、馬を替えて走り出した。
◇
報告を受けた頭は、地図の上に小石を置いた。
最初に示した襲撃場所は、町を越えた先の街道だった。左右に林があり、見通しが悪くなる区間がある。商隊が町で食料を補ったあと、次の宿場へ向かう途中に通るはずだ。
「護衛が多いぞ」
呼び集めた盗賊団の一人が言った。
「だから、お前たちにも声をかけた」
「王家の荷は本当にあるのか」
「あるとは言っていない。だが、王家と関わりのある女が代表の馬車のそばについている。そこまでは確かめた」
頭は集まった者たちを見回した。
「荷を奪えれば、取り分は決めたとおりだ。親書があれば、勝手に開くな。俺が買い手を探す」
頭は代表の馬車の前後に、ほかの団の者を置いた。自分の手下は馬車の列が止まってから荷へ向かわせる。配置を聞いた者が取り分について尋ねたが、頭は決めたとおりだと答えた。
親書などなければ、馬車の荷を分けるだけ。その危険に見合わないと思う者は、今のうちに抜ければいい。頭はそう告げて話を終えた。
ほかの団の者が去ると、頭は自分の手下だけを呼び止めた。
「代表の馬車のそばにいる女には近づくな」
「噂を信じるんですか」
「信じちゃいない。だが、ほかの連中が女を相手にしている間に、俺たちは荷を押さえる。万が一、あの噂が本当でも同じだ」
手下は頷いた。頭は地図へ視線を戻す。取り分を約束した以上、ほかの団が何を奪ったかも見ておく必要がある。まずは馬車を止めることだった。
数日後、見張りから知らせが届いた。
商隊は町に入った。馬車は門の近くの宿に分かれ、翌朝には出発する見込みだという。
頭は地図の小石を指で押さえた。
「先に場所を押さえろ。馬車が通ってから慌てて集まるなよ」
盗賊たちが夜のうちに動き出す。
町では、アオイたちが明日の道中に備えて宿で休んでいた。自分たちを待つ者が、すでに街道の先へ向かっていることは知らない。




