第29話 野営地
護衛隊長は、同じ野営地へ入ってくる馬車を見ながら、昼間から感じていた違和感を思い出した。
街道で妙に近い距離を保っていた商隊が、ここでも足を止めた。小川があり、馬車を並べる場所もあるのだから、野営地として選ぶのは不自然ではない。それでも隊長は、しばらく後続の動きを見ていた。
「隊長、馬車の配置はこれでよろしいでしょうか?」
声をかけられ、隊長は振り返った。自分たちの馬車は、開けた土地の中央に集められつつある。暗くなる前に済ませることは、まだ多い。
「ああ。馬の世話が済んだ者から、薪と石を集めてかまどを作れ。急がないと日が落ちるぞ」
商隊の者たちが返事をして動き出した。護衛たちも周囲へ目を配りながら、手の空いた者は準備に加わる。
アオイは、皆が石を探しに散っていくのを見て、地面に視線を落とした。
「かまど……こんな感じかな」
土が盛り上がり、形を変える。鍋を載せる場所と、薪を差し込む口。アオイが見慣れたかまどを思い浮かべると、地面から一続きのかまどが出来上がった。
「……え?」
石を抱えて戻ってきた商隊の男が立ち止まった。腕から石が滑り落ち、足元でごとりと音を立てる。
アオイは男の顔を見た。
「……ダメだった?」
「いや、そんなことはないが……」
男はかまどの前にしゃがみ込み、表面へ手を伸ばした。指先で確かめても、崩れる様子はない。
音を聞いて振り向いた隊長も、しばらく言葉を失った。
「お前が作ったのか?」
「かまど、要るんでしょ?」
隊長は薪を入れる口を覗き、鍋を置く部分を確かめた。
「……ああ、要る」
「よかった。あとは薪だっけ?」
アオイは野営地を見回した。馬車の数も、人の数も多い。少し拾っただけでは足りなさそうだった。
「結構な人数いるよね」
小川の脇に立つ木へ目を向ける。アオイの周囲で土が細長く伸び、幾つもの刃になった。
「おい、何を――」
隊長が呼び止めるより早く、刃が木へ向かった。枝が落ち、幹が切り分けられる。さらに細かく割られた木が、かまどのそばへ整然と積み上がった。残った切り株の周りには、散った枝葉が落ちている。
隊長は呆れた顔で、積まれた薪を見た。
「お前な……生木を切っても、すぐには薪に使えんぞ」
「大丈夫。すぐに乾かすわよ」
アオイが積み上げた木へ手を向ける。木から水分が抜け、割れた面の色が少しずつ変わっていった。アオイは一本を手に取り、重さを確かめて隊長へ渡す。
「これならどう?」
隊長は受け取った薪を見下ろした。先ほどまで生木だったとは思えないほど軽い。
「……噂どおりというか、何というか」
呆れた声だったが、使えないとは言わなかった。
騒ぎを聞いて代表も馬車から降りてきた。かまどと、その横に積まれた薪を見るなり、顔を輝かせる。
「これは素晴らしい! 野営の準備をこれほど早く済ませられるとは」
代表は薪を眺め、さらにアオイへ目を向けた。その表情を見て、アオイは近くにいた女性冒険者に尋ねる。
「野営の準備も護衛の仕事よね?」
「手伝うことは多いけど……そういうことじゃないと思うわ」
女性は切り株と、山になった薪と、地面から生えたかまどを順に見た。
「普通は、木を一本まるごと薪にして、乾かしたりしないのよ」
「……みんなで小枝、集めたかった?」
「違うわよ!」
「ならいいじゃない」
女性が言い返す言葉を探している間に、隊長は石を落としたまま立ち尽くしている男へ声をかけた。
「かまども薪も足りている。集めに行った連中を呼び戻してくれ」
男は足元の石とかまど、その横に積まれた薪を見比べた。
「……分かりました」
まだ何か言いたげな顔のまま、石や薪を集めに行った仲間を呼び戻しに向かった。
◇
日が落ちる頃には、野営地のあちこちに火が灯っていた。
アオイたちの商隊でも食事の支度が終わり、護衛たちはかまどの近くで温かい料理を受け取った。アオイも器を手に、女性冒険者や隊長の近くへ腰を下ろす。
食べ始めて間もなく、別の火のそばにいた恰幅の良い男が近づいてきた。後から同じ野営地に入った商隊の一つにいた男だ。
「先ほどは見せていただきましたよ。素晴らしいお力ですね」
男は愛想よく笑い、アオイの手元の器へ目をやった。
「お食事中に失礼。どうですか、今の報酬の倍をお支払いします。我々と一緒に行きませんか?」
「何を言っている」
代表が声を上げた。
男は代表のほうを向いたが、笑顔を崩さなかった。
「ご本人の意向を伺っているだけですよ」
アオイは器を置き、男を一瞥した。
「いま、商隊を守ってるんだけど?」
「ええ。ですから、その倍の報酬を――」
「分かってないわね」
男の笑みがわずかに固まる。それでも「まあ、そう言わずに」と言いながら、アオイたちへ一歩近づいた。
その足元で、地面が持ち上がった。
低い土の壁が男の進路を塞ぐ。男は足を止め、目の前に現れた壁を見下ろした。
「これ以上近づくなら、敵として排除するって言ってるのよ」
アオイの声は静かだった。男はアオイと土の壁を見比べ、顔を強張らせた。
「……失礼しました」
そう言いながらも、小さく舌打ちして背を向ける。男は自分たちの商隊へ戻っていった。
しばらく誰も口を開かなかった。女性冒険者が、アオイの横顔を見て言う。
「意外と義理堅いのね」
「私のこと、どう思ってたの?」
「世間知らずの新人?」
近くにいた護衛たちから笑いが起きた。アオイは器を取り直したものの、どうにも納得がいかない。
「まぁ、とりあえず食べれば?」
女性冒険者は自分の器を持ち上げて、からかうように言う。アオイも釈然としないまま、冷めかけた料理を口に運んだ。
◇
男は自分の天幕へ戻ると、人当たりのよい笑みを消した。
「小娘が。舐めおって」
ともに天幕へ入った護衛らしき男が、黙ってその顔を見る。
「おい。夜になったら、あやつを攫ってしまえ」
「……あれをですか?」
護衛の男は眉をひそめた。
「木を一瞬でばらばらにするような相手ですよ。先ほどの壁も、ご覧になったでしょう」
「伯爵様に頼まれたから下手に出てやったというのに、わしにあのような態度を取るとは」
男は椅子へ腰を下ろし、苛立たしげに肘掛けを叩いた。
「言われたのは連れてこい、だけだ。結果が同じなら構わんだろう」
「向こうには護衛もそれなりの数がいます。難しいと思いますが……」
「だから寝込みを襲えと言っておる。大勢で野営しているから油断もするだろう。人質を取って脅すなり、方法はいくらでもある」
護衛の男は、なおも何か言いかけた。しかし、男の表情を見て口を閉じる。
これ以上話しても、考えを変えるつもりはないらしい。
「……承知しました」
護衛の男は頭を下げた。
◇
アオイたちの商隊でも、天幕の準備が進んでいた。
護衛隊長がアオイへ声をかける。
「お前は夜の見張りをしなくていいぞ」
「どうして?」
近くで天幕を張っていた護衛の男が答えた。
「野営準備で楽をさせてもらったからな。見張りは俺たちがやる。ゆっくり寝てくれ」
アオイは少し離れたところで野営する商隊へ、一瞬だけ視線を送った。
「そう。それなら、そうさせてもらうわ。ありがとう」
そう言うと、野営地の端へ向かって歩き出す。
「おい、どこへ行くんだ? 天幕はこっちだぞ」
「近くに人がいると寝付けないの。何か来れば気づくと思うし、大丈夫よ」
「それじゃ、見張りを代わった意味がないじゃないか」
「一人旅が多かったからね。性分よ」
アオイは振り返らず、手をひらひらと振って歩いていった。




