第28話 同行者たち
護衛依頼を受けた翌日の昼過ぎ、アオイの部屋にリシアとゾルムが来ていた。リシアの護衛として、クレインも壁際に立っている。
「どうして突然、帝国へ行くことになったのですか?」
リシアが不安そうに尋ねた。
「まだ勇者の魔法も再現できておらんぞ」
「いや、そんな約束をした覚えはないけど」
アオイはゾルムに答えてから、リシアへ目を向けた。
「商隊の護衛依頼を受けたのよ。街を離れるときは伝えてって言われたから、伝えただけじゃない」
宿の少女に、城の関係者へ出発のことを伝えてほしいと頼んだだけだった。二人がわざわざ訪ねてきて、何を聞きたいのか、アオイには分からない。
「それはそうですが……戻って来ますよね?」
「……そのつもりよ。少なくとも、ギルドにお金を預けてるから、一度は戻ってくる予定」
リシアの目に涙が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと。なんでそんな顔するのよ。おじいちゃん、何とかしてよ」
アオイが助けを求めると、ゾルムは呆れたように言った。
「依頼を断ればよかろう? 依頼を受けるにしても、そんな遠くまで行かずとも仕事はあるじゃろうに」
「はぁ……最近、面倒なのよ。食堂にいても話しかけられるし、浴室も好きに使えないし」
アオイは指を折るようにして続けた。
「やたらと寄ってくる人もいれば、怯えたように見てくる人もいるし」
「なるほどな」
ゾルムは短く答えた。アオイの言葉を聞いて、何か納得したらしい。
「そ、それでは、王城で過ごされるのはどうでしょうか?」
リシアが遠慮がちに尋ねる。アオイは首を振った。
「それは、何か違う気がするのよね」
「いっそ、王宮勤めになるのはどうじゃ?」
ゾルムが言った。
「周りは、お主とどう接すればよいのか分からぬのじゃろう。立場が決まれば、少しは変わるかもしれん」
「いや、それはもっと違うし。おじいちゃんに毎日付きまとわれる未来しか見えないわ」
「チッ」
ゾルムが舌打ちした。
「まあ、しばらくいなければ収まるかなと思ってね」
「なら、仕方がない。わしも同行させてもらうかの」
「できるわけないでしょう」
壁際に控えていたクレインが、間を置かずに言った。
「はぁ、分かりました。我慢します」
リシアがため息をついた。
何を我慢するのだろう。アオイは少し気になったが、聞いてはいけない気がした。
「それで、出発はいつですか?」
「明後日の朝らしいわ」
「それでは、お見送りに……」
「やめようね。王女に見送られる護衛なんておかしいから。ただでさえ注目されてるのに」
「あ……そうですね」
リシアは言いかけた言葉を引っ込めた。クレインがそろそろ戻る時間だと告げ、二人を促す。
アオイは部屋の戸口まで見送った。リシアはもう一度何か言いたそうにしたが、結局、軽く頭を下げて廊下を歩いていった。
◇
出発の日の朝、門の前には旅支度を整える商隊がいくつも集まっていた。
アオイは受付の女性から聞いた目印を頼りに歩き、目的の一団を見つけた。馬車が何台も連なり、人や荷が行き交っている。
「アオイ様でしょうか。この商隊を任されている者です」
アオイに気づいたらしい男が近づき、丁寧に頭を下げた。
「私は護衛を引き受けた側なんだから、そんなに丁寧にしなくていいと思うけど?」
「いえいえ。今や、あなたと懇意になりたい者は大勢おります。我々としても、ぜひこの機会を活かしたいと思っておりますので」
またその話か、とアオイは思った。街を離れたくて選んだ依頼なのに、出発前からこれでは先が思いやられる。
とはいえ、依頼を受けた以上、相手は雇い主だ。必要なことは、はっきりさせておきたい。
「どんな噂を聞いたのか知らないけど、私が受けたのは護衛依頼だけよ」
「ええ、承知しております」
男は笑顔で答えた。それ以上は踏み込まず、出発の指示を出すためか、商隊のほうへ戻っていった。
「噂の新人さんは、ずいぶん優遇されてるみたいね。いっそ馬車に乗って、護衛される側になったらどう? あの代表と同じ馬車に乗るって言えば、向こうも喜ぶんじゃない?」
背後から、気の強そうな女性の声がした。
アオイが振り返ると、旅装を整えた冒険者らしい女性が立っている。受付の女性が話していた、Bランクになったばかりの冒険者だろうか。
「出発前に揉め事は困るぞ」
年季の入った男が、二人の会話に加わった。
「この商隊の護衛隊を仕切っている」
男はアオイへ目を向けた。
「お前が噂の新人か。どうする、馬車に乗るか? あの様子なら、代表も喜んで席を用意するだろう」
そう言いながら、男はさりげなく周囲へ目を配る。
「妙な視線が多い。何を狙っているのかは分からんが、馬車にいてくれたほうが、こちらも守りやすい」
「自分の身くらい、自分で守れるわよ。この変な視線、やっぱり私?」
「気づいていたのか」
「変な視線を向けられるのはいつものことだけど、今はやたらと多いわね」
アオイは門の前を行き交う人々へ目を向けた。
「危険を増やす護衛っていうのもおかしいし、私を護衛から外して同行させないのが一番じゃない? 目的が私なら、だけど」
「安全を考えれば、そうだな。だが、代表がお前の同行を望んでいる。お前自身が嫌だと言うなら別だが、俺からは外せんよ」
「そう。なら、護衛はちゃんとやるわ。安心して」
「Cランクになったばかりなのよね? それも飛び級で、冒険者になったこと自体、つい最近でしょう?」
女性冒険者が横から口を挟んだ。
「その自信はどこから来るのかしら。冒険者を舐めてない?」
「別に。守れるから守るって言ってるだけよ」
アオイの答えはシンプルだった。この手の相手は、言葉で説明しても納得しないだろう。アオイはそれ以上、言い返さなかった。
「はぁ……」
隊長は二人の間に入ると、女性冒険者へ向き直った。
「お前は弓士だな。先頭で索敵を兼ねて、周囲を警戒してくれ」
次にアオイを見た。
「お前は隊列の中央、代表の馬車のそばだ。そろそろ準備が終わる頃だろう。行くぞ」
隊長は二人の返事を待たず、馬車の列へ歩き出した。
やがてアオイたちの商隊が王都を発つ。それに合わせるように、ほかの商隊も次々と門を抜けていった。
◇
王城では、国王が宰相から報告を受けていた。
「数名を偵察につけております。ご指示どおり、アオイ殿たちには接触せず、見聞きしたことだけを報告させます。ただ、何か起きても姿を見せないということで、よろしいのでしょうか」
「よい。アオイ本人の身に、そう簡単に危険が及ぶとも思えぬ。それに、こちらが偵察をつけたと知られるほうが厄介だ」
国王は少し間を置いた。
「道中で誰と接触するのか。王国へ戻ってくるのか。まずはそれを把握しておきたい」
「かしこまりました。それと、我々以外にも、何やら動いている者たちがいるようです」
「ふむ。どこの手の者か、把握しておきたいな。そちらも調べさせてくれ」
「かしこまりました」
◇
アオイは隊列の中央、代表が乗る馬車の横を歩いていた。
馬車への同乗も勧められたが、乗ればまた何か頼まれそうな気がした。「護衛を引き受けたので」と言って、歩くことにしたのだ。
隊列の後ろには、別の商隊も続いている。それぞれに護衛がついていた。
その中には、一台きりで進む馬車もあった。護衛を雇う余裕がないのだろうか。
大きな商隊の後ろを進めば、道中は多少安全かもしれない。合理的ではある。けれど、行き先が違って途中で分かれたら、そこからどうするつもりなのだろう。
アオイはしばらくその馬車を見ていたが、自分の護衛する商隊ではない。気にしないことにして、前へ向き直った。
同じ方向へ向かう商隊がまとまって進むこと自体は、珍しくなかった。襲撃を避けるには、そのほうが都合がいい。だが、立ち寄る町や荷の重さ、隊の規模が違えば、道中で少しずつ間隔は開いていくものだ。
護衛隊長は後方を振り返った。
出発してしばらく経つというのに、妙に近い距離を保っている一団がいくつもある。
「……今日は、ずいぶん連れが多いな」
隊長は小さくつぶやいた。
街道が林のそばを通ったとき、アオイは木々の奥に何かの気配を感じた。
意識を向けると、その気配はすぐに遠ざかっていく。
「これだけ大人数で動いていれば、獣も気配で逃げていくか」
アオイは林から目を離し、馬車の横を歩き続けた。
日が傾き始めた頃、先頭の馬車が速度を落とした。
街道から少し外れたところに、馬車を並べられそうな開けた土地がある。近くには小川が流れ、林までは少し距離があった。
護衛隊長は馬を進め、地面の状態と周囲を確かめた。それから代表の馬車へ戻り、野営地に使えると伝える。
代表がうなずくのを見て、隊長は声を張った。
「今夜はここで野営する! 暗くなる前に馬車を入れてくれ!」
指示が後ろへ伝わり、隊列はゆっくりと街道を外れた。
後ろを進んでいた商隊のうち、何隊かはそのまま街道を進んでいった。だが、別の数隊はアオイたちに続いて街道を外れ、同じ野営地へ馬車を入れ始めた。
護衛隊長はその様子を見て、昼間から感じていた違和感を思い出した。




