第27話 依頼の山
受付の女性とともにギルドへ着いたアオイは、そのまま奥の部屋へ通された。
「こちらに依頼書をお持ちしますね」
受付の女性はそう言って部屋を出ていった。
ほどなくして、大量の書類を抱えて戻ってくる。
「……こんなにあるの?」
「はい。アオイさんへの指名依頼です」
受付の女性が机の上に書類を置いた。アオイは積み重なった依頼書を見て、早くも気が重くなる。
「はぁ。とりあえず、確認すればいいのね」
「はい。私は受付に戻っていますので、終わりましたら声をかけてください」
受付の女性が部屋を出ていく。
「どれどれ……」
アオイは一番上の依頼書を手に取った。
『手押しポンプの作り方を教えてほしい』
「勝手に作ればいいじゃない。理解できるかどうかは知らないけど、原理は魔法と関係ないんだから」
とはいえ、一から教えるのは面倒だ。アオイは依頼書を脇へ置き、次の一枚を取った。
『手押しポンプを共同で販売したい』
「王国中に? 私が作って回るの? 却下ね」
それも最初の依頼書の上に重ねた。
次の依頼書に目を通す。
「これは……要するに荷物運び? 馬車があるんだから、馬車で運べばいいじゃない。なんで私に頼むかな」
アオイは依頼書を横に置き、残りをぱらぱらとめくった。
「これもそうね。あ、これもか。結構、運んでっていうのが多いな」
ギルドへ魔物を運び込んだときの台車を、見ていた人がいるのだろう。あれなら馬を使わずに荷を運べる。だからといって、アオイが荷運びを引き受けたいわけではなかった。
「まあ、私じゃなくてもできるなら、勝手に頑張ってって話よね」
荷運びの依頼書をまとめて、脇へ置いた。
中には、仕事そのものよりも、アオイと接点を持つために出された依頼もあった。だが、依頼書だけを見ているアオイに、そんなことが分かるはずもない。
「次は……ああ、これは飛べるから、急いで届けてほしいってこと?」
アオイは依頼書に書かれた届け先を見た。
「さっきのもそうだけど、決まったところを行ったり来たりして、何が楽しいのかしら。これ、受ける人なんているのかな?」
定期的に仕事があり、報酬も保証される。危険も少ない。依頼者は好条件のつもりで提示しており、大半の冒険者なら羨む内容だった。
けれど、アオイは少しも心を動かされず、その依頼書も脇へ置いた。
「んん? 希少食材の専属調達係?」
アオイは依頼書から顔を上げた。
「いや、知らないわよ。市場で買え」
だが、簡単に市場で買えるものなら、わざわざアオイを指名していない。
以前、アオイが大量の魔物を持ち込んだとき、その中には一頭からごく少量しか取れない部位が大量に含まれていた。依頼者は、同じものをまた手に入れられると考えたのだ。報酬も通常の討伐依頼よりかなり高い。
アオイは報酬欄を見ることもなく、その依頼書を却下の山に重ねた。
依頼書はだいぶ少なくなった。だが、残っているものほど、どうも癖が強い。
アオイは次の一枚を取った。
『戦争で失った足を治してほしい』
「うん……それ込みで参加したんでしょ。却下」
依頼書を脇へ置き、次に手を伸ばす。
そこには、怪我をした人々をともに治し、世の中を救いたいと書かれていた。
「いや、お前は何をするんだ?」
アオイは依頼書を裏返したが、相手が何をするつもりなのかは分からなかった。
「そんなことがしたいなら、一人でやるわ」
それも却下の山へ置いた。
次の依頼書には、原因不明の病にかかった娘を治してほしいとあった。
「原因不明なのに、なんで私なら治せると思ったのかしら?」
アオイはもう一度依頼書を見たが、病状について分かることは少ない。これも脇へ置いた。
「専属護衛として雇う、か……」
アオイは差出人を見て、続けて別の依頼書をめくった。
「これも専属護衛。こっちも……護衛っていうより、何かあったときの治療係が欲しいのかしら?」
貴族らしい名の差出人から届いた依頼には、同じようなものがいくつもあった。
「なんか、貴族っぽいところから来てるのは、これが多いなあ。まあ、護衛をちゃんと雇えば、私じゃなくてもいいでしょって話よね」
アオイは専属護衛の依頼書を重ね、脇へ寄せた。
ここ数日の居心地の悪さで、アオイの心はささくれていた。
そもそも、大抵の仕事は、その人でなければ絶対にできないわけではない。それでも依頼者は、アオイの能力を見込んで名を挙げている。中には、話をする口実として出された依頼もあるが、すべてがそうではなかった。
だが今のアオイには、頼まれたというより、また何かを求められているようにしか感じられなかった。
「一緒に新しいものを発明しましょう、って……馬鹿なの? 勝手に発明すればいいじゃない」
アオイは依頼書を脇へ放った。
実際、アオイの力を使いたいだけではないかと思える依頼も混じっている。そうしたものを読むたびに、ほかの依頼まで同じように見えてきた。
「はぁ、これはなんというか……」
『神から与えられた力は正しく用いられるべきです。私が導いて差し上げます』
アオイは依頼書を持ったまま、しばらく黙った。
「……これ、依頼なのか?」
結局、最後まで目を通しても、受けてみたいと思う依頼はなかった。
金が必要なら、報酬を見て選んだかもしれない。だが、今は困っていない。わざわざ気の進まない仕事を引き受ける理由もなかった。
アオイは机に積まれた依頼書を見た。
これを全部断っても、また新しい依頼が届くのだろう。宿に戻っても、食堂で落ち着いて食事ができるとは思えない。
「……いっそ、しばらく街を離れるか」
アオイは部屋を出て、受付の女性を呼びに行った。
一緒に奥の部屋へ戻ると、受付の女性が机の上の書類を見た。
「それで、どの依頼をお受けになりますか?」
「どれも受けない」
受付の女性は、書類を見たまま固まった。
「えっと……条件の良いものもあったかと思いますが。それに、お断りしづらい方々からの依頼も……」
「それは頑張って断って。受けなきゃいけない義務はないんでしょ?」
「アオイさんは、まだCランクですので。依頼を受ける義務はありませんが……」
「え? 上がると義務が発生するの?」
「Bランクからは高位の冒険者として扱われます。その方々にしか解決できない依頼もありますので、何度も断り続けると、降格になることも……」
アオイは、机に積まれた依頼書を見た。
「……Cランクのままでいいわ」
「でも、えっと……」
「受けないわよ」
受付の女性は口を閉じた。アオイが考え直す様子はない。
「それより、しばらく街を離れたいんだけど、何かない?」
受付の女性は驚いて顔を上げた。
「え? 街を離れるんですか? 仕事にも困らないのに?」
「だって、なんか面倒なんだもの」
「普通は皆さん、仕事を必死に探すんですよ? わざわざ危険な旅をしなくても……」
「でも、お金には困ってないし」
「はぁ……分かりました。依頼書を見てきますね」
受付の女性はそう言って、部屋を出ていった。
しばらくして、受付の女性が一枚の依頼書を持って戻ってきた。
「あまり良いことではないかもしれませんが……できれば、受けていただきたい依頼があります」
「どんな依頼?」
「帝国へ戻る商隊の護衛です。指名依頼と比べると、報酬は相場どおりなのですが」
受付の女性は依頼書を机に置いた。
「帝国と王都の間で交易をしている商隊で、護衛に欠員が出たため、補充を募集しています。先日Bランクになったばかりの女性冒険者が応募しているのですが、彼女には初めての国外依頼で……」
「商隊には護衛がいるんでしょ?」
「はい。帝国までの行きは、商隊の護衛隊と一緒です。ただ、仕事を終えたあと、彼女がどうやって王都へ帰るかは決まっていません」
「冒険者なんだから、その辺りは自己責任よね?」
「はい。ですから、ギルドの受付として言うべきことではないのですが……」
受付の女性は少し言いよどんだ。
「彼女は王都の孤児院の出身で、今も院を援助するために頑張っているんです。ずっと見てきたものですから、どうしても気になってしまって」
アオイは机の上の依頼書を見た。帝国へ行くなら、しばらく王都を離れられる。
「まあ、いいわ。ただ、その子が帝国に着いてからどうするかまでは、責任持てないわよ?」
「はい。それはもちろんです」
「ところで、私はCランクになったばかりなんだけど。そっちは心配してくれないの?」
「え? 要ります?」
「……」
アオイは受付の女性を見た。受付の女性も、アオイを見ている。先に目をそらしたのは受付の女性だった。
「それで、私はどうしたらいいの?」
「商隊には、追加で応募があったとこちらから伝えます。補充人数にはまだ空きがありましたので、大丈夫だと思いますが、顔合わせが必要でしたら宿へ連絡しますね」
「出発はいつ?」
「日取りも確認してお伝えします。おそらく、数日以内になるかと」
「分かったわ」
アオイは受付の女性に依頼書を預け、ギルドを出た。
宿へ戻る足取りは、来たときより少し軽かった。




